十九、野良犬は二度寝したい
意識が戻って見えた風景は、見たくも無い迎賓館の天井だった。
迎賓館と言ってもなんのことはない、普通の宿屋と同じ木の天井が見えるというだけだ。
迎賓館の部屋にもランクがあり、俺は下から二番目という部屋をあてがわれ、無理矢理閉じ込められている客の筈の俺は料金を滞在日数が伸びるたびにむしり取られ、その金額が最高級の部屋と一緒という嫌がらせまでも受けているのだ。
勝手に恋敵だと俺を憎んでいるだろう、あの側用人の小ささに笑うばかりだ。
あの婚礼の日、俺は王宮内で不可解な襲撃も受けていたのだ。
暗殺者でも衛兵の姿をしている人間を殺したとあれば、それも王宮内での出来事であれば、俺は反逆罪と名指しされる恐れがあった。
目撃者となったセレニアの侍女達は現状を把握するや誰も騒がず、それだけでも俺を驚かせたのだが、このまま暇を取って適当な所にこれを捨てると、遺体の処理まで請け負ってきたのである。
もちろん、彼女達にそんなことをさせられないと遺体の処理には俺の部下達を使ったのだが、彼女達は姫のいない宮殿はつまらないと、そのまま全員職を辞してぞろぞろと宮殿を出て行った。
俺が姫との婚礼を全うできたのは、すべて彼女達のお陰であろう。
彼女達のお陰で俺は婚礼の儀に間に合い、当時には真犯人だと解らなかったが、俺が来なければ自分が夫になろうと画策していたあの男は俺に場所を譲らされ、そうだ、あの時のあの男の顔はなんと間抜けだったものか。
俺はそいつの間抜け面を思い出して、ささくれ立っていた自分の気を慰めた。
絶対に奴に姫は渡さない。
それから、あの田舎貴族。
あんな卑怯な奴にも姫は渡さん。
「目が覚めましたか?」
俺は寝転がったまま決意を持って握った右腕を振り上げたところで、間が悪い副官に全て見られていたと恥ずかしくなりながら身を起こした。
牛のように唸りながら。
「元気そうで良かったですよ。どうぞ。」
「皮肉か?」
マクレーンが差しだしたマグカップには、香しい香りを放つ真っ黒い液体が注いであった。
身を起こした途端に襲われた眩暈に俺は一気に気分が悪くなっており、この気持ちの悪さを解消するには一番良いと直ぐに口を付けた。
「熱っ。あぁ、マクレーン。俺は生きているようだが、何の毒だったんだ。」
「睡眠薬です。眠らせた上で路上で強盗に見せかけて殺す、でしょうね。」
「毒じゃなかったのか。」
「伯爵家で、あるいは玄関先であなたが死んだら、普通に伯爵が下手人だと責められるでしょう。しっかりしてください。」
「いや。普通にあいつの家の前で倒れこんだら、睡眠薬でもあいつが責められないか?」
「あなたが倒れたのは家の前じゃ無いですよ。旨い具合に貧民街の手前で倒れたそうですよ、アーニスとセシルによると。自分で歩いていたことも覚えていませんか?」
俺は伯爵家を辞してから、最初は伯爵自身への怒りで、体に変調を期してからは絶望で、周囲など何も見ていなかったと思い出した。
「全く。」
「薬だけでなくひどく酔ってもいましたからね。吐いた事は覚えていますか?」
「覚えていない。俺は酒に強くも無いが、たったワイン三杯だぞ。」
「酒精強化ワインだったのでは?あれは保存性を高めるためにブランデーをぶち込みますから、アルコール度数がかなりありますよ。」
「あぁ、馬鹿に甘かった。それをゴブレットで三杯だ。畜生。――それで、あいつらを向かわせたのはお前か。よく二人で行動したね。」
「仕方がありません。あの二人しか咄嗟に動ける者がいませんでしたから。」
「あとの奴らは?待機中だったんじゃないの?」
「待機している部下を置いて一人でふらふら出掛けた上官がいる場合、部下はどうすればいいでしょうかね。他の者はあなたを探しに行って不在。あの二人は、私が緑ケ原伯爵からのあなた宛ての手紙を見つけた時に、こちらに丁度戻っていたってだけです。内緒にして出て行く必要のある相手ですか?」
俺はマクレーンに出来る限りの笑顔を見せつけて、そして、寝直した。
「ちょっと、他にも話がありますから!」