十一、白い花と記憶の中の誰か
「姫様、起きてください。」
私を揺り動かしたのはエーデンが手配していた小間使いのミナである。
そばかすの散る肌であるがそこが健康的で、てきぱきと動き回る様を見て、さすがエーデンの眼鏡にかなった人物だと感嘆した。
「姫様、あの、この花はどこに飾りましょうか。あの、旦那様が奥様にと。」
小間使いがおずおずと差し出した小さな花束は萎れかけていたが、私は花を貰うという行為が嬉しく、彼女から花を受け取るとそっと花の匂いを嗅いだ。
「いい香り。ジャスミンなんて、一体どこに咲いていたのかしら。」
この国では夏によく見かけるが、今はまだ季節外れだ。
「おそらく、でも、あの。」
「どうしたの、口ごもって。いいから言ってごらんなさいな。」
「あの、男の人相手のお店があって、そこの店の中ではジャスミンが一年中咲いているって、あの、この宿街では有名で。」
私は途端に手の中の花が汚らわしいものに思えてきたが、手の中で萎びている花が哀れにも見え、その花を縛っている紐を解くとそっと手近にあった洗面器の水に浮かべた。
白い花は洗面器一杯に広がり、その光景をどこかで同じように見た様な気がした。
「あぁ、噴水だわ。ダヤン修道院の噴水。あそこにはジャスミンが沢山咲いていて。そうだ、私はこの香りが好きだって、王都に戻るまで昼は庭に出ていたんだわ。」
昨夜見た夢とジャスミンが重なり、だが、違和感もあった。
後にエーデンからイーオスが大尉にしたかった男がバルドゥクだと聞くことになったが、二年前のあの時にも確実に私達は邂逅の機会などなかったはずだ。
「単なる、偶然?まぁ、エーデンがイーオスに語れば全て筒抜けかって、あ!」
庭には勿論目隠し塀というものがあるが、塀には狭間も空いていた。
城にある矢や銃撃するためのものでなく、小さな半月型の飾り窓のようなものだ。
この狭間から修道女が恋人と禁断の愛を囁き合っているのだと、滞在しているうちに噂好きの修道女達に色々と吹き込まれてもいたのである。
私はその日、ほんの出来心で塀の狭間に顔を向け、誰もいないと思いながら囁いたのだ。
「そこにいるのはわかっているわよ。」
はたして、息をのむ音と走り去る音で、私はそこに誰かがいたのだと知ったのだ。
「あれが、彼、だった?」