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8おめざは鴻池花火

「ワガハイただいま~」


 すっかり日も暮れて東京から帰ってきた龍さんと娘の茉奈は、玄関を開けるなり飛び出したワガハイの出迎えを受けた。


 ワガハイは長い時間自分だけ置いてけぼりされたのが不満なのか、茉奈へしきりに足元に体をぶつけながら「にゃ~にゃ~」文句を言っている。それが、龍さんにいたっては、「シャッーー!」と歯を剥いて敵意むき出しに威嚇する始末だ。


「おいおい、ワガハイそりゃないぜ。お前のカリカリも、おやつのチュ~ルもだれの財布から出てると思ってるんだい?」


 と、龍さんが嫌がるワガハイの脇を抱き上げて顔を覗き込むと、身をよじって抵抗し、龍さんの手から逃れ、茉奈の背後に隠れた。


「あらあら、龍さん、ワガハイに嫌われちゃったわね。後で、チュールでもあげてワガハイに許してもらわなくちゃね」




 ――翌日。


 朝早くから娘の茉奈のために、お弁当を作って持たせる龍さんは、執筆は夜型タイプだから昨晩は徹夜だ。


 そのまま冴えた頭で、クックパッドを参考にモダンなお弁当を作る。


「そうだな今日のメインはちくわとベーコンの肉巻きにしようか」


 そう言うと龍さんは、ちくわを二等分で切り、次いで、輪の中に枝豆をマヨネーズで詰めた。それに、クルクルクルとベーコンを巻き付け、トースターへ入れた。



「龍さんおはよう~」


 そうこうしてると茉奈が起きて来た。


「今日のおめざは、五条堂の鴻池花火だ」


「ああ、だから昨日、ちょっと阪神百貨店へ寄ったのね」


「そうだ、ついこないだまでは五条堂と言えばJR住道まで行かないと買えなかったからな」


 茉奈は、鴻池花火大福をポテっと口にほうばり、


「う~ん、たまらん」


 龍さんは、まるで自分が作ったでも言わんばかりに自信満々に、


「そうだろう、そうだろう、常夏のブルーベリー、オレンジ、バナナ、ラズベリー、パイナポーが入っているからな、ほっぺたがこぼれ落ちちゃうだろう」


 クンカクンカ。


 テーブルに飛び乗った鴻池花火の盛られたを興味深そうに匂いを嗅ぐワガハイがペロッと一口なめた。


「これこれワガハイ、これはチュールじゃないわよ」


 と、茉奈が優しく抱きかかえて床へ降ろしてやる。


 尻尾をくゆらせて、茉奈の足元に体をぶつけていたかと思うと、ピョコンと、ワガハイがまたテーブルへ飛び乗る。


 パチンッ!


「こら、ワガハイ!」


 龍さんがいきなりワガハイのお尻を叩いた。


 ビックリしたワガハイは、ピョンと飛び退って、


 シャッーーー!


 と、龍さんを威嚇した。


 茉奈が呆れて、


「あらあら、龍さん。昨日仲直りしたばっかりなのに、またワガハイを怒らせちゃってしかたないわね」


「ワガハイは男だから厳しく躾けないとだめなんだ」


 茉奈は、ワガハイを抱きかかえて顔を近づけ鼻と鼻をつけて挨拶した。


「ワガハイ、龍さんを許してあげてね。龍さん作家だから偏屈なのよ」


「コラ!茉奈、世界一やさしいお父さんとして近所でも評判の龍さんをつかまえてなんたる暴言だ」


「うふふ、ワガハイ、龍さんも反省しているから許してね」


 ブーーブーーブーー!


 茉奈のスマートフォンが鳴った。


「いけない、今日は朝練だから早く出なくちゃだ」


 と、茉奈はカバンを引っ掴んで飛び出そうとする。


「おい、茉奈。お弁当!」


「ありがとう龍さん」


 茉奈は、龍さんから弁当を受け取ると出て行った。


「フ―――。一段落か」


 茉奈を送り出した龍さんが、ドカっと椅子に深く腰掛けて、茉奈の残した鴻池花火を口に放り込む。


 すると、それを見ていたワガハイがヒョイっと、龍さんの膝の上に乗ってきて甘えてゴロゴロ喉を鳴らし始めた。


 龍さんは、ワガハイの背中をさすって、


「おいワガハイ、こんな暮らしがずっと続けばいいんだけどな」


 珍しく、しんみりした事を龍さんが言うものだからワガハイもキョトンとして、とりあえず「にゃ!」と、小さく鳴いておいた。


「おお、ワガハイ分かってくれるか心の友よ~~~」


 と、龍さんが抱き上げた。


「にゃ!」


 その龍さんの愛情はワガハイには受け入れがたいものだったのか、必死で身をよじって逃げ出した。


「行くなよ、ワガハイ……やっぱりオレ一人か……」




 龍さんは、なんとなくさみしい気持ちになったので仏間で微笑む亡くなった妻、文の遺影に手を合わせた。


「文さん、オレにもしもの事があっても茉奈のことは任せておけ、絶対に一人にはしないよ」


 ウダウダ、ブツブツ、訳の分からないことを遺影にむかって約束していると、


 リンリンリン!


 と、家の黒電話が鳴った。




「もしもし、龍太郎、起きてるざンすか?」


 緑子叔母さんだ。


「なんだい緑子叔母さん、昨日の今日で藪から棒に?」


「せっかく昨日の内にお見合い相手の二人に会ったんだし、不平等があっては角が立つからね、最後の一人、綾波はるかさんへ連絡しておいたんだよ」


「へえ、それで?」


「綾波さんは神戸の高校へお勤めだから、お勤めの終わった6時から神戸三ノ宮で会うように連絡しておいたから、龍太郎、しっかりオメカシしていくのざンす」


 電話を置いた龍さんは、洗面所の鏡の前へ立ち、しっかり歯を磨き、水で寝ぐせを直してから、徹夜明けの睡眠不足を調整すべくベッドへ入っていった。





 つづく

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