6広瀬亜紀さん
浅草今半の前へ立つと、上品な美人そろいの百貨店の店員の中で一際、美しい女性が立っていた。
龍さんは、思わず緊張して、注文もぎこちなくなってしまった。
すると、美人の店員さんから声をかけて来た。
「もしかすると、茶川龍太郎さんではございませんか?」
「はい、そうです。もしかするとあなたが?」
「そうです。はじめましてワタシが広瀬亜紀です」
すかさず龍さんの背中に隠れていた娘の茉奈が、
「こんにちは、はじめまして、娘の茉奈です」
と、挨拶した。
「あら、娘の茉奈まなさんもご一緒でしたか、高1って伺っていたから、まだ、小柄かしらと思っていたら、茉奈さんずいぶん高いのね私より背が高い」
「わたし165cmあります。朝礼で並んだら、そうだな~、女子では真ん中あたりかな」
龍さんが目を丸くして、
「茉奈、お前この前お母さんと同じ158cmになったっていってたじゃないか。ずいぶんだな」
「令和を生きる女子高生は成長が早いのよ龍さん」
「う~ん、そんなもんかな」
龍さんと茉奈のやり取りを聞いていた亜紀が、微笑んで、
「仲良しなんですねお二人は」
龍さんは何となく照れ臭くて「えへへ」と頭を掻いた。
茉奈は、龍さんの掻いた頭をなんとなく目で追うと、
「あ~!龍さん寝ぐせついたまんまだ」
と、跳ね上がっている寝ぐせに手を当てて抑えてやる。
ピョン!
「ダメね、手アイロンじゃムリみたい。ちょっと、お手洗いに行って水でなおしてきたらどう?」
「コラ!茉奈、そういうことはレデーの前で言うもんじゃないだろ。寝ぐせなんか言わないと分からないもんだぞ」
「だって、寝ぐせついてるんだもん」
二人のやりとりを聞いていた亜紀は、関西の夫婦漫才を見せられているような気になって可笑しくなった。
「うふふ、おもしろい。やっぱり茶川さんは思った通りの男性だったわ。もうすぐ、休憩に入りますからご一緒にお茶でも」
広瀬亜紀さんは洗練された女性だった。
同じ阪急百貨店の洋菓子のフロアを巡ると、ユーハイムの白い砂糖クリームで木の幹のようなバームクーヘンやモロゾフのしっとりしたチーズケーキや、ヨックモックの葉巻のようなシガールを詳しく説明してくれた。
まあ、龍さんも大阪梅田の阪急百貨店本店にもあるから知っているのだが、久しぶりに、茉奈以外の若い女性とのデートなので、はじめて、妻の文と出会った頃のようで鼻の下が心なしかのびている。
「そうだなあ、迷っちゃうなあ、茶川さんと茉奈ちゃんは、スイーツ何が食べたいですか?」
と、突然問われたものだから、鼻の下がのびてる龍さんはおもわず鼻の下を隠した。
すかさず茉奈が、
「亜紀さんのおすすめはなんですか?」
と、助け舟をだした。
「今日は、アンリシャルパンティエのクレープ・シュゼットの気分かな」
「クレープ・シュゼット?」
「クレープをバター、オレンジ果汁に浸し、最後に、リキュールで炎を上げるんです」
「うわあ~それ、インスタ映えしそう。それにしよう、龍さんいいでしょう?」
と、茉奈は龍さんの腕にすがってお願いした。
銅の鉄鍋に手仕上げのクレープをおいて、バターとアイスを、つづいて、もぎたてのオレンジをナイフで半分にきって、そのまま果汁をしぼりだす。そこへグラスに注いだリキュールに火をつけ注ぐ。蒼い炎で熱して、アイスが少し溶けだしたら食べごろだ。
茉奈は、自分のインスタグラムに投稿しようと写真をパシャパシャスマホで撮っている。
「すごいな~、すごいな~」
ふだん買っては帰るが店では食べない引きこもり同然の龍さんも子供の用にキラキラ目を輝かせている。
その様子を、ほほえましい光景でも見るように、見守る亜紀は、もはや家族のようだ。
「実は、ワタシ母子家庭でお父さんとこんな風に仲良く父娘でデートした記憶がないんです」
「お父さんは?」
「早くに亡くなりました」
「それは残念なことですね」
「ワタシ、お父さんのいる家庭に憧れていて、茶川さんならばあったかい家庭が気付けるんじゃないかとビビときたんです」
痛いところをつかれた。龍さんは不埒にも、自分の余命が長くないんじゃないかと思って、自分がたとえ死んだとしても娘の茉奈を一人ぽっちにしないために今回の見合い話に乗ったのだ。まさか、相手の広瀬亜紀が家族の団欒に憧れていると聞かされるとは思ってもみなかった。
龍さんは自分本位の軽い気持ちで見合いをしたのを後悔した。そらそうだ、広瀬亜紀さんはまだ24歳の若い娘さんなんだ。そら、将来の明るい家庭計画もあるだろう。もちろん、自分の我が子だって産みたいだろう。そう思うと、龍さんはやっぱり頭を掻いた。
「あら、龍さんやっぱり寝ぐせが気になるんじゃない、ちょっと、お手洗いに行って直してらっしゃいな」
と、茉奈が言ったことを幸いに気まずい龍さんは、お手洗いへ立った。
鏡に映る自分と向き合う龍さんは、「オレの独りよがりな望みに叶う女性はいるものだろうか」と思案してみた。それに、先が短いかもしれない男の嫁に来て長い人生を棒に振るかもしれない女性の人生を思うと不憫な様な気がする。
龍さんは、じっと、鏡をみつめて思案に暮れた。
「おじさん、ナルシストっすか?」
と、前髪をクネクネさせる若い青年が洗面台を独占する龍さんに声をかけ手を洗って去っていった。
「まあ、考えすぎはよくないな」
と、龍さんは開き直って、寝ぐせも直さずお手洗いを出て行った。
つづく