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龍さんの病気

「茶川龍太郎さん、あなたの胃から悪性腫瘍が見つかりました」


 最近、脂っこいものを食べると胃もたれを起こすので、ドラックストアの胃薬でスカッと胡麻化していたのだが、娘の茉奈も高校生になったことだし、ここらでもう一度、体調不良を改善して成人式の振袖をレンタルではなく心行くまでに選別してやろうと、やる気をだして近所の胃腸科へ行った。


 問診、バリウム検査、ついでに胃カメラを飲んで、2週間後の診断で見つかったのがこの悪性腫瘍だ。


「先生、ワタシは死ぬのですか?」


「まだ、CTを撮ってほかに転移がないか見てみないとなんとも言えませんな」


「先生!私には高校生の一人娘がいるんです。妻を早くに亡くし、彼女の身寄りは私一人きりなんです死ぬ訳にはいかない」


「いやいや、茶川さん。何度も申し上げてる通り、検査をしてみないとわからんのです。確かに腫瘍は大きいが、他に転移がなければ、胃を丸ごと切除して食道と腸を繋いでしまえば生きてはいける」


「先生、それじゃダメなんです。わたしは娘の茉奈を日本一のレデェーに育てると、亡くなった妻と約束したんです。それに、20歳の成人式の振袖姿も見たい。結婚して、ウェディングドレスや白無垢。孫が、男の子か女の子かも見なくちゃいけない。お爺ちゃんになっても100歳まで生きて、孫の子供も見たい。私にはたくさんの夢と希望の未来が待ってるんですよ」


「う~ん、茶川さん。すべては精密検査の結果しだいですな、今は、私からはなんとも言えません。総合医療センターへの紹介状書きますんでそちらの先生に相談ください」




 ――尼崎城天守閣。


 ついこないだ戦国乱世も今は昔、時代は平成も終わり令和へ移ろうと言うのに尼崎に城が出来た。なんでも尼崎出身の大手家電量販店だったミドリ電気(現、エディオン)の創業者が、尼崎城を築城するのならと、ポ~ン!と7億ばかり寄付したというのだ。


 悪性腫瘍を告知された龍さんは、小説の締め切りは迫っているけれどそれどころではない。心ここにあらず、家の書斎へは帰らずに、フラリフラリと、気づいたら真新しい鉄筋コンクリート、窓はアルミサッシの尼崎城の天守閣へ登っていた。


 眼下へ広がる尼崎の城下町、阪神電車の線路を挟んで右に、プロ野球開幕から阪神タイガースの六甲おろし高らかな商店街。左に、落ち着いた11寺も軒を連ねる寺町が広がっている。


 龍さんは、天守閣の窓からぼんやり城下を眺めて、ポツリと、


「な~んも興味わかへんわ~」


 と、ツイートした。


 ピロリン!


 すると、無精でフォロアーも少ない龍さんのツイートに反応があった。


「どうしました元気がなさそうですね?」


 と、同じ尼崎の作家の宮里賢治からのリプライだ。


 この宮里くんは、龍さんと境遇が似ていて、こちらは高校生の娘、あちらは小学生の男の子。どちらも早くに妻を亡くし男手一つで子供を育てている。龍さんも、宮里くんも、この尼崎商店街へ根を張り、小説家を生業にしているのは同じだが、あちらは文壇でも名を馳せる新進気鋭のミステリー作家。こちらは細々とネット小説から這い上がたライトノベル作家だ。


 龍さんが42歳、宮里くんが30歳と干支が一回り違う。二人がどこで知り合ったかというと、長い間、お互いに存在は知ってはいたが話す機会がなくて疎遠だったのだが、大阪の脚本家の師匠の傘寿やそじゅのお祝いで弟子一門が集まった時に、互いに、阪神尼崎に住んでいるとわかって意気投合した。


 龍さんは、宮里くんならちょうどいい。と、リプライを返した。


「宮里くん、今から会えないかな?」


 と、病気の心配と心の置き所のない心境を誰かに話さずにはいられない龍さんは、知り合って間もない宮里くんにそんなリプライを飛ばした。


「いいですね。では、駅前の鳥光はどうでしょう?」


 と、スグに宮里くんから返事が来た。




 ――鳥光。


 創業明治25年、阪神尼崎の老舗焼き鳥屋の鳥光。


 龍さんが約束の時間に暖簾をくぐると、


「やあ!」と手を上げて宮里くんが待っていた。


「すまないね宮里くん、急に呼びつけたようで」


「構いませんよ茶川さん、同じ一門の木曜会のメンバーなんですからいつでも呼んでください」


 二人は、焼き鳥屋へ入ったが酒は飲まない。酒を注いでナンボの焼き鳥屋で、創業以来つぎ足しつぎ足しして来た秘伝のタレであぶった焼き鳥をおかずにあったかい釜めしをいただいた。


 悪性の腫瘍が見つかり不安で押しつぶされそうな龍さんの打ち明け話に、宮里くんは、


「結果はどうあれ、人生の締め切りがあるのなら主人公にどんな彩ある人生を歩ませるかが作家じゃないですか」


 と、龍さんはアドバイスをもらって帰ってきた。



 ――茶川家。


「ワガハイ、帰ったよ」


 日暮れてかえって来た龍さんが玄関に立つと、散歩に出ていた愛猫ワガハイがトコトコ表れて足元でごろんと横ばいになった。


 龍さんは膝を折ってワガハイのお腹をこそばした。


 ワガハイはゴロンゴロンと身を振って、はじめは可愛くかわしていた。が、あんまり龍さんがしつこいので、前足で龍さんのこそばす腕を掴んで噛みついて後ろ足で猫キックを食らわせ反撃した。


「およよ、やめろワガハイ痛いって!」


「あら、ワガハイ、龍さんに遊んでもらってるの?」


 娘の茉奈が帰って来た。


 厳禁なワガハイは、すぐさま、龍さんとの遊びをやめて、ヒョイッと飛び起きたかと思うと、茉奈の足元へ体をぶつけてお出迎えだ。


 茉奈は膝を折って、さきほど、龍さんがしたようにワガハイのお腹をこそばす。


 しかし、ワガハイは茉奈がいくらこそばしても腕を掴んで噛みついたりはしない。


 龍さんは、猫も相手が男と女でこんなにも違うのかと、人生の扱いの違いを味わいつつ、こんな暮らしがずーっとつづけばいいのに……と、ぼんやり願うのだった。




 つづく


作中に登場する作家の宮里賢治は拙作

「秘密結社KJラボ☆」

のメインキャラクターです。

https://ncode.syosetu.com/n2251dk/ #narouN4327FD #narouN2251DK

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