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龍さんと茉奈とワガハイと

 ニュースで桜の開花宣言が発表された。この関西の下町、尼崎あまがさきの桜はどこへ行っても八分咲き、まだまだ、桜満開とは程遠い。


 日中、書斎に引きこもってパソコンへ向かう作家の茶川龍太郎さがわりゅうたろうはこの日も煮詰まって川縁公園かわべりこうえんへ気晴らしの散歩へ出た。


 手には花より団子。近所のスーパーで買った赤、白、緑の三色団子と、ゆるい酒ほろよいのモモをぶら下げて、ベンチへ腰かけた。


 龍太郎は年間通じても数えるほどしか酒は飲まないのだがこの日は飲まずにはいられない心境なのだ。



 昨日、晩御飯に少し遠出して百貨店にある大好きなコロッケの専門店中村屋で、定番の男爵コロッケと、店員おすすめのチーズコロッケ、龍太郎の狙いのすき焼き風コロッケを買って帰ってきた。


茉奈まな、入学式どうだった? 新しい友達はできそうか?」


「うん、龍さん。運良く今年も、佳奈と一緒のクラスだったよ」


「おお、それは良かった。今日は奮発してな、お祝いに中村屋へ行って来たんだ茉奈も好きだっただろう?」


 と、茉奈は紙袋から、コロッケを一つ掴んでつまみ食い。


「ここのコロッケはお母さんの味に似てるから昔から好きなんだよね」


「母さんの作るコロッケは天下一品だったからな」


 と、龍太郎は目を細めて数年前に交通事故で亡くなった妻、ふみさんの味を思い出す。



「にゃ~ご、にゃ~ご」


 玄関口で猫の鳴き声がした。


「おお、ワガハイ殿がお帰りのようだぞ、茉奈、ちょっと玄関を開けてお迎えして上げてくれないか」


 茉奈が玄関を開けると、そそそと、白と黒のハチワレ猫のワガハイ殿が茉奈の足元へゴツンゴツンと頭をこすりつけて甘えて来た。


「お帰りなさいワガハイ~、今日はどこへ冒険へ行ってたの?」


 茉奈は膝を折って、目をしっかり合わせて微笑んだかと思うと、「鼻」っと、鼻のふくらみが鼻っ柱を境にシロとクロで分かれているワガハイの鼻をつまんで、挨拶にも似たイタズラをした。


 ワガハイは別段イヤがる様子もなく、茉奈とのおかしな挨拶を受け容れているようだ。


「にゃ〜ご」


 ワガハイが挨拶をした。真菜は、ワガハイを抱き上げて、頬に顔と顔を擦り付けてた。


「こんにちは茉奈ちゃん」


 ワガハイの後から妙齢な女性が袋を抱えて顔を見せた。


「あ、緑子叔母さんこんにちは」


「茉奈ちゃん、高校入学おめでとう。これ、お土産よ」


 と、緑子は中村屋のコロッケを渡した。



 食卓で山と積まれたコロッケをつつく龍さんと緑子、そして、足元のワガハイも入学式をむかえた茉奈からお祝いに大好きな焼きカツオをあずかった。


 茉奈は、ワガハイの皿へ食べすぎないように少しずつ入れてやる。


 ワガハイは、皿の焼きカツオをペロッとたいらげ、まだ物足りないように、伸ばした茉奈の手をクンカクンカと嗅いでペロペロやった。


 食卓の龍さんと緑子は、真剣な真剣な表情で向き合っている。


 緑子が、カバンから女性が二、三人写った写真を広げて、


「龍太郎、文さんも亡くなって10年になるから、茉奈も高校生になったことだし、そろそろ新しい女性ひとでもと思って今日は縁談の話をもってきたのよ」


 緑子が見合い写真を広げるなり龍太郎は即座にパタリ!と閉じた。


「お断りします。ボクの心に居るのは文ただ一人です。まだ、茉奈は高校へ入学したばかり、これからの高校生活と、進学して大学と大事な時期です。それに、ボクは茉奈との二人の生活に満足しています。緑子叔母さんの気持ちは嬉しいけど、この話はなかったことにして下さい」


 緑子は、もう一度、一人、二人、三人と、丁寧に見合い写真を開いて龍さんに見せた。


「いいかい龍太郎、あんたもまだ若いんだし第二の人生を考えてもいいんだよ。茉奈だって、やがて成人して誰かイイひと見つけて嫁に行くんだ、その時、あんたが独り身でいつまでもいちゃあ心配で安心して嫁へ行けないじゃないか」


 龍太郎は、緑子が開いた見合い写真を、一人、二人、三人と順番に丁寧に閉じて、


「いいえ、まだ茉奈が嫁へ行くのはずーっと先です。現代は、緑子叔母さんの時代と違って、学校を卒業したらスグに嫁に行くもんじゃない。最近はじっくり相手を選んで結婚生活をプランニングして行くもんなんです」


 緑子は、龍さんが閉じた見合い写真を、また、一人、二人、三人と写真を開いて、今度は話を茉奈へ向けた。


「茉奈、お前は、新しいお母さんになる人はこの中だったら誰がいい?」


 茉奈は、緑子から見合い写真を受け取ると、写真を品定めして尋ねた。


「緑子叔母さん、このボブカットの口の大きい活発そうな女性ひとはどんな人?」


 緑子は、カバンから老眼鏡を取り出して目を凝らした。


「え~っとね、その娘は、24歳の阪急百貨店に勤めている名前を広瀬亜紀と言ってね、なだ若いけど、機転が利いて客あしらいもできる娘だよ」


「ふ~ん、(二人目の写真を開いて)この目鼻立ちがハッキリした沖縄っぽい人は?」


「その娘は、伊集院ふみさん、同じ24歳の看護師。命を扱う職場務めだからか、腹が座った女は度胸っていうのかしら、しっかりした娘だよ」


「ふ~ん、(三人目を見て)この優しそうな女性ひとは?」


「その娘は、綾波はるかさん。少し行き遅れた33歳で学校で国語の先生をしているわ。今回紹介する三人の中では龍太郎には一番ピッタリ釣り合いがとれる娘だね」


「綾波さんいいわね。龍さんにピッタリかも」


 龍太郎は迷惑そうに立ち上がって、茉奈から見合い写真を取り上げると、自分で風呂敷へ包んで緑子へ突き返した。


「緑子叔母さん、ボクにはまだ茉奈をしっかり育てると文と約束した使命があります。こんなお節介は迷惑です。もう、帰って下さい」


 と緑子を追い返した。





 その夜――。


 机のスタンドライトで机に向かう龍太郎が、コロッケをつまみながら、亡くなった妻、文の写真を眺めている。


「文、ボクには君しかいないんだ。きっと、茉奈はどこへ出しても恥ずかしくないレデェーに育ててみせるよ」


 と、コロッケを一口ほうばった。


「うっ!最近、歳のせいか脂っこいものを食べるとキリキリ胃が痛むようになった。そろそろ、一度、医者へ行って検査を受けないといけないか……」





 つづく




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