警鐘 remind
注意:この物語は”夢”なので描写がメチャクチャなことがあります。
僕はある日、夢を見た。とても不思議な夢だった
夜、夕飯を食べて風呂も済ませた頃には、もう眠くなっていた。疲れていた僕は、決して睡魔に抗おうとせず、眠気に任せて眠ることにした。いつ寝たかなど覚えていない。無論覚えれるはずもないが...。
僕は家族と旅館に来ている。山奥の小さな旅館だ。車を後にし、荷物を運び、僕らの部屋に着くと、もうお昼が用意されていた。うまそうな魚の刺身が盛り付けてある。何時だったかはわからないけど、たいそう腹が減っていたので、僕はかなりの勢いでがっついた。魚は脂が程よく乗っていて、まさに食べごろという感じだった。今まで食べた中で一番だったかもしれない。とても新鮮でいくらでも食べられそうだった。満腹になった僕らは、少しの間部屋で休んだ。そこら辺は覚えてないから、もしかしたら寝ていたのかもしれない。夢の中で寝るというのもおかしな話だが...。
しばらく経ってから僕は兄さんと釣りに出かけた。旅館の近くにそこそこの広さの湖があった。僕ら2人は取り敢えず湖まで降りていく。そこに着くと、船が一艘も止まっていない、まさに釣りのためだけに作られたような桟橋があった。しばらくの間桟橋でぷかぷかと浮きを漂わせていると小さい振動が竿に伝わって来た。魚がエサを突っついているようでつっついていないような感覚だった。それは何度か起こってから、ふと止まり、しばらくの間静寂が続いた。逃げられたか?そう思った時、急に湖面が大きな音とともにせり上がった。何かが湖面から飛び出し、そして桟橋の先っちょにどすんと乗っかった。それはでっかい魚だった。そいつは桟橋に乗っかると、しばらくの間目をぎょろぎょろとさせ辺りを見回している。僕が驚いてそいつを見つめていると、突然その両目が僕の顔で止まる。まずい、目が合ってしまった。僕の背中に冷や汗が走る。そいつは僕があっという声を上げる間もなく、怒ったように僕に突進してきた。僕は当然逃げる。もう今までに体験したことが無いくらい本気で走った。それでも魚は追いついてくる。何故だろうか、陸までの桟橋が異様に長い。ドスンドスンというあいつの振動がもう僕のすぐ後ろで聞こえてくる。僕はもう逃げ切れないと覚悟を決めて、道具箱のそばに置いてあるエサを切るためのナイフを取った。魚は口をがばっと開いて突進してくる。ぼくは片手にナイフをしっかり握ると、魚のあたまを狙ってもう何も考えずに飛びかかった。ぐさっとナイフはいとも簡単に魚にささった。キィッという奇声をあげると魚は倒れた。僕が恐怖と興奮でへたり込んでいると、
「おう、そっちも釣ったのか。こっちも一匹取ったぞ。」
急に後ろから声をかけられて、僕はかなりびっくりした。兄さんが居たことを完全に忘れていたようだ。魚に目を戻すと、魚はなぜか小さい”普通の”魚の大きさに戻っていた。なぜかその時は不思議に思わなかった。
「そしたらここで捌いてしまおうか」
兄さんはそう言ってナイフを僕に渡す。当然僕は魚などさばいたことは無い。しかし、このときの僕はなぜかできるような気がしていた。僕はナイフを受け取ると、まな板の上に魚をのせた。魚はまだ動いている。さっき殺したはずなのにまだ生きていた。しかも無傷で。僕は魚の尻尾をつかむと、えらのあたりから切ろうとした。しかしなぜかその時、魚と目が合ってしまった。その目を見た瞬間、僕は硬直した。その目は泣いていた。怯えてもいた。その瞬間僕は魚を切るのを怖く感じた。ただえらの下で切るだけ、そんな単純な作業だ。でも僕はできなかった。しちゃいけないような気がした。兄さんが聞いてきた。どうしたのか、と。僕は何も反応ができない。さっき館でたべたのとおんなじ魚じゃないかと自分を納得させようとした。でもだめだった。僕は人が怖くなった。そう感じた瞬間、僕の足は逃げ出す事を選んでいた。僕は兄さんがいる事などおかまい無しに、ナイフを放り捨てると走り出した。走りにはしって、旅館の前を通り過ぎ、裏山まで来た。走っているときはとにかくひたすら逃げようと考えていた。今までに感じたことのない、何か見えないものに追われている感覚だった。
裏山をある程度登ると、少し開けた場所に来た。そこからは、旅館や湖、近くの街などが一望できた。街は車が頻繁に行き来しており、人で賑わっていた。しかしそれはなぜか周りの森に比べて酷く暗く見え、森の中に一箇所だけ穴が開いたようだった。しばらく町を見ていて、そこでふと何かの音が聞こえているのに気づいた。ごぅごぅといいながらそれはだんだんと大きくなってくる。音がかなり大きくなって来たときには、僕はそれがなんの音なのかわかっていた。後ろを振り返ると、まさにその時、巨大な飛行機、それも裏山をまるごと覆い尽くせるぐらいのが10機ぐらい裏山のかげから飛び出してきた。それらはまっすぐ旅館や街の方に飛んで行くと、自らが通った後に、大きな鉄のかたまりを大量に撒き散らしていった。僕が唖然と見ていると、すぐに街は爆発、煙、轟音と炎に包まれていった。旅館にも何発か爆弾が落ちた。えらいことだ。そう思った瞬間、僕は今度は急いで旅館に駆け出していた。ところどころ崩れては居たが、まだ原型をとどめていた旅館は、それでも人のいる気配の一切をなくしていた。誰の人影も無かった。旅館の中に入って何度か呼びかけてみても誰も答える人はいない。防空壕にも誰もいない。一体旅館の人たちはどこに行ってしまったのか、僕の家族はいったい...。僕は誰かいないか探そうと、こんどは街に走っていった。街は旅館から1キロぐらいだったので、走れば割りとすぐだ。もう僕の頭のなかにはさっきの人が怖いなどという感情は無く、ただ誰か生きている人に会いたいと願っていた。だがその思いとは裏腹に、街についても人は一人もいなかった。ここに来る前見えていた自動車や人力車などはそのままになっている。そして何故か全ての建物には苔や蔓が生えていたり、木が建物を貫いていたりしていた。もうこの世界に人間はいないのかもしれない。どうしよう、そんな事を考えていたちょうどその時、後ろで僕を呼ぶ声がした。振り返って見ると、それは兄さんだった。兄さんが生きていた、という安堵にかられ、僕は兄さんをめがけて駆け出す。しかし兄さんは、僕に何かをつぶやくと、彼もまた森のなかに消えようとしていた。
「待って兄さん!」
僕はそう叫んだ。必死に走り、兄さんにつかまろうと必死で手をのばす。その手が森に消え行く兄さんの背中に手が届くその直前で、僕のその世界は突然終わった。
気がつくと僕は泣いていた。枕はかなり濡れていた。いつから泣いていたのだろうか。ただ僕にとってそんなことはどうでも良くなっていた。最後に兄さんは確かに僕に「がんばれよ。」と言っていた。何に対してがんばれよと言っていたのかはわからない。ただ僕がその一言で大きく変わったのは間違いない。僕は布団から出ると、顔を洗いご飯も済ませ、身支度を整えた。今日は兄の一周忌、1946年夏の広島だ。
推敲