11:古くから女児の夢には必ず、お嫁さんになる事が含まれている
モヤが私の体を覆っていることに、私はついに許してしまった。
私の体の異常をようやく感じ取った。
ナツキが寝ている間に出ていたモヤの肌寒さを覚えてからという物、ハチの体は弱っていた。
初めてナツキの完全なモヤを見たとき、ナツキが治療に失敗したとき……あれは私からではなく、ナツキから出ていたものだ。
当初の彼女の体からは、何の異常もなくいたって平常だった。
元々彼女の体は鈍感で、強かった。
病を打ち負かすだけの力は持っていたのだが、教えられてもいないのに本を読んだだけで行った治療を行ったためだろうか。
疲れた彼女の体に、病が侵入するのは容易かった。
ナツキが外に出てからずっと眠り続けた。
気のゆるみで病気に負けるとよく聞くが、実際そのような感じで彼女が寝ている間に病は急速に蝕んでいった。
だが、彼女のモヤは不思議と次の段階にならなかった。
簡単に説明すると、ハチのトラウマとなる部分が心象風景の様になる事だ。
ナツキの場合、ローラという女性の葬式だったように、必ずそういった風景が発現するはずなのだ。
しかし、彼女からはそれが起きない。
端から彼女はそういったものがないのだ。
悲しさや楽しさ等……喜怒哀楽が無い、人間の形をした機械人形。
例えるのであれば彼女はそういった存在だ。
誰に何といっても彼女は何とも思わないし、礼を言われてもうれしくもない。
助けを求められればそのように動くし、自分のするべき必要性があることは行動する。
ただ、人間に似せているだけなのだ。
だから、彼女に思い出と呼べるものは存在していないし、彼女にトラウマや恐怖に陥った経験はない。
唯一怖いことと言ったら、このモヤが何なのか分からないこととでも言うのではないだろうか……
分からない、という感情で第二段階になるかは不明だが……
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目が覚めると、私のでこに冷たい物が乗せられていることに気付く。
隣にはナツキがいた。
心配そうな顔を初めて見た気がする。
彼は私が目を覚ましたことに気付かないまま私を見つめている。
紫に光る眼をみて、私の中の「病原性心象群」を治そうとしているのだろう。
残念だがそれは難しい。
医者が自分で手術をする人はそうそういない。
実際に自分で手術をした人間もいるらしいが、それは船の中などの緊急事態の時であったからだ。
ましてや自分の記憶を操作する治療を自分で行う人間など見たことがない。
どうして彼女がナツキの病を治す事が出来たかは謎が解けないが、彼女自信がその病を治すことは出来ないだろう。
ひとつの救いは、彼女のおかげで不治の病が不治で無くなったという事だろうか……
「結局、約束を守れなかったな……」
無意識に言葉が漏れた。
「約束?」
ナツキの反応に私は説明をする。
「以前、私に妹がいるって話をしたと思うんだけど……」
ナツキは相槌を取る。ルーカスの治療の際に、ハチは妹の事を話していた。
「この国に来るまで妹は元々の出身国だったロシアから、私の住んでいる国に来る予定だった……と言っても、私と妹に深い接点があるわけではないのだけどね」
ハチの両親は彼女たちが幼い時には既に離婚をしていて、久しぶりに再会をすることを約束していたらしい。
だがハチの病を機に、この国に送還された。オマケに治療が終わるまで国から出ることは出来ないので、妹との再開はほぼ不可能に近い。
「すまない……私のせいだ」
ナツキは意味の無い謝罪をする。
元々では、私は病原性心象郡にかかっていたわけだし、謝られたところでどうする事も出来ないのだ。
「今の私を外の世界に連れていったらどうなる?」
もしもの話を私は始めた。
空想の話なんて元々は好きではなかったのだけど、こうして手に届かない事を理解してしまうと……どうしてもしたくなってしまうのだ。
「多分……死ぬ」
ナツキは現実的な意見を言う。
嘘ではなく、本当に死んでしまう。
無断で外の世界に出た経験者が言うのだから、恐らくそうなるのだろう……
叶わない夢に手を伸ばす事をやめてしまおうか……
私らしくない弱々しさが出る。
「約束を果たせるならば……もう死んでもいいって思ってる?」
不意にナツキはおかしな質問をする。
だが、発言の意味は通じていた。
彼は私を、外の世界に連れていこうと考えている。
「頭でもおかしくしたの?」
苦笑した私はナツキの目を見る。
冗談や嘘といった物が入り交じらない、真っ直ぐな目をして私に提案をしている。
戸惑う私にナツキは続けた。
「君の病は私たちで治すことは出来ない。これは多分確定してる……対象を見て治す技術だから、君が自分自身を見て治すというのも出来ない。ハチを治すことは申し訳ないけど出来ない。」
「それは、わかっている。私を治すというのは不可能だ」
「でも、ハチはこの国にいる限り、病の進行は遅くなるのも確かだと思う。君は死ぬまでこの国にいることを強制されるだろう。」
それは、嫌だなと思った。監獄みたいに出ることが無く、死ぬまでこんな退屈な所にいるなんて生殺しだ。
「だから、もし……ハチがそれでもいいなら私がハチを外の世界へ連れていこう。」
ナツキのその発言に私は炭酸を開けた時のような弾ける喜びを感じていた。
彼は無断で外の国に出た事があるのだから、彼は外の世界へ出る抜け道を知っているはずだ。
「因みに妹と会う約束はいつ?」
「あと2週間後」
「そうか……この国を出るか、出ないかは」
「出る、こんな所で退屈に死ぬのはゴメンだから」
ナツキが最後まで言う前に答えを出す。
どうせ死ぬなら迷う必要は無い。
「……分かった。準備を始めよう、なるべく早く支度したい主義なんだ」
ハチの答えを聞いてナツキの表情が和らぎ、私達は久しぶりに2人で街に行った。
次でラストとなります。
書くべきことはもっとあったはずなのですが、今年中に終わらせることを4月に決めていたのに今年は色々な事が多すぎて中途半端な形になってしまいました……本当に申し訳ないと思っています