第二夜
「今夜は先代の話をするとしよう」
魔王は普段と変わらぬ調子で話始めた。
創造主の話と聞いて隣のゴーレムはどこか嬉しそうにも見える。
私も記録に残る部分については粗方確認したが、弟子の立場からはどのように見えていたのかは興味があるところだ。
「当たり前の話ではあるけど、彼は非常に強力な王だった。古今の魔法・魔術に精通し、その道に於いては歴代の王達と比較しても頭一つ抜けた存在だったよ」
魔王は静かに話し始めた。
「その中でも最も長けていたのが疑似生命の創造だった。前の夜にも話したけど、彼も先代の作り出したゴーレムの一人だ」
傍らの巨人を見上げながら続ける。
「そもそもゴーレムは、作るだけでも膨大な魔力と時間を必要とする。やっと完成しても、主の命令以外には従わないという制約や暴走の危険が付いて回るし、ごく簡単な命令しか遂行するこが出来ない。そういった背景もあって、魔族の間では手間に見合わない道楽と見なされていた。しかし先代は、素材と工程の簡易化及び学習するゴーレムを作り出すことに成功、これにより従来の弱点を克服し、日々数を増やす上に死を恐れぬ部隊として軍の中核を担うまでになったという。これが先代にとっての転機になったようだ」
魔王はその後の事についても教えてくれた。
これにより先代は次期魔王と目されるまでになったこと、自分が弟子となったのはその頃であること、戦場では非常に恐ろしい存在だったが日常は穏やかで優しい人物であったこと、攻め落とした人間の都市でもそれは変わらず魔族でありながら人々から慕われてもいたこと等、話の種は尽きない。
「先代は人間の作る道具や技術に強い関心を抱いていた。『こんなに便利な物があったとは』なんて日頃から良く言っていたよ。そうやって色々と学んでいたけど、それを良しと思わない者も居たし、既に重要な立場に就いていたから、あまり大っぴらに研究することは出来なかった。勉強の為と言って若輩者だった私に代行させることも多かったな」
懐かしそうに語る魔王、彼の脳裏には当時の情景が浮かんでいるようだ。
そうして私は書庫にあった数冊の本のことを思い出したが、やはりあれは先代の著した本なのだろう、と一人納得し口に出すことはしなかった。
話が落ち着いた頃合いを見て、私は前の夜からの疑問点を魔王に聞いてみた。
「先代が魔王の座に就いた時、当時の魔王はどうされていたのでしょうか」
どの文書を見てもこの部分に関する記述が見つからないのだ。
歴史的に見ても、魔王の交代は先代の死によってしか起こっていない。
しかし、魔王の死という大事がどこにも残されていないというのは不自然ではないだろうか。
先代の弟子という立場にあった魔王ならば何か知っているのではと思っての問いだった。
私の問いに対して魔王は答えた。
「その問いにはいつか必ず答えると誓おう」
表情こそ変わらぬものの有無を言わせぬ雰囲気を発している。
「わかりました」
私はそう返すことしか出来なかった。
しばらくの沈黙の後、もう遅いから休みなさいという魔王の言葉を受けた私は素直にそれに従った。
自室へ続く廊下を歩きながら思う。
師がそう言うのだからそれ以上踏み込むことなど出来ないが、そのような言葉で納得出来る筈もない。
当時一体何が起こったのか、なぜ答えられないのかという考えは自室に着いた後も離れることはなかった。