第一夜
「人間は我々とは違うからね」
粗末な椅子に腰かけ、彼は静かに言った。
「人間は、個体差はあるだろうけど基本的により多くを求める。1を手にすれば10、10を手にすれば100と現状に満足することがない。魔族は無欲と言うのかな、生きていく上で問題がなければ多くを求めることがない。その点では動物というか人間よりも野生寄りだ」
その向上心は見習うべきかも知れないね、と笑っていた。
私の前で穏やかに笑う男は魔族の王、所謂魔王だ。
今この世界は魔族と人間という勢力に2分されているが、御伽話のような血みどろの争いは無く双方が必要以上に干渉もすることも無く平和な状態が続いている。
魔王の師つまり先代魔王にあたる人物が、疲弊する民や失われる命を見かねて、古より続く争いに終止符を打ったのだという。強大な力を持ちながらも驕らない、文武共に優れた偉大な王だったよ、と懐かし気に語る彼はどこか嬉しそうだ。
そんな先代の教えの為か、彼も研鑽を怠らず魔王としての職責を果たしている。
「最近は機械仕掛けの乗り物まで作られているらしい、もう馬や牛に車を引かせたりする時代ではなくなったんだね。ついこの間までは徒歩か、良くて馬だったのに」
机に積まれた書類を読みながら興味津々に輝く瞳はまるで少年のようだ。
「だけど、複雑な機械仕掛けを我々が取り扱うのは無理かもしれないな。ゴブリン達の腕は確かだが頭の方が少し、ね。この辺りは今後の課題だ」
「魔王様ならば、素材さえあれば魔力を用いて動かすことが出来るのでは?このゴーレムも理屈は同じですよね」
魔王の横に立つ巨人を見ながら問う。
私が幼い頃より常に魔王の傍らに在り続ける者、過去の戦いによるものなのか全身に大小様々な傷が残っている。
「彼は先代が生み出したゴーレムだからね。通常、物に宿した魔力はその魔力の主と共に消えるものなんだ。それが未だ活動を続ける時点で奇跡だけど、さらに彼は命令を遂行するだけの人形ではなく心が宿っている。まさに万に1つの奇跡だよ、とても真似出来ない」
こと魔力に於いては世界に並ぶ者のいないと言われる彼が真似出来ぬ芸当、先代は一体どれ程の人物であったのだろう。
私の考えを読み取ったのか魔王は続ける。
「先代については次の夜にまた話をするよ。さあ、今日はもう遅い時間だ。休みなさい」
「はい」
挨拶をしてから扉へ向かう。
窓の外は闇に包まれ何も見えない、人間の機械仕掛けならば篝火が無くとも闇を照らすことが出来るのだろうか。
そんなことを考えながら部屋を出る瞬間、呟くような魔王の声が背中から聞こえた。
「期待しているよ、次代の魔王」