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8 犬養征彦

「……麟太郎りんたろう君の言ってることはもっともだよね」

「事情を話してくれるのか?」

「ちょっとした昔話だけどね」

「それってもしかして、電話中に言ってたことと関係があるのか?」

「涼くんは鋭いね。あの時は三年前の事件のことを思い出して、少し混乱しちゃってた」

「一体何があったんだ?」

「……三年前に月島つきしま大学で起こった失踪事件を覚えてる?」

「ああ、当時はかなり騒がれてたからな」


 月島大学男子学生失踪事件。三年前、陽炎かげろう市内にある月島大学で起こったこの事件は、その不可思議な状況から現代の神隠しと騒がれ、ワイドショーなどでもかなり話題となっていた。

 月島大学の四年生だった男子学生(当時二十一歳)が大学の敷地内で突如行方不明となり、その消息は未だ不明のままだ。

 失踪するほんの数分前までは構内で友人達と談笑する姿が目撃されているが、トイレに行くと行ったきり姿を消し、大学内の誰からも目撃されること無く、男子大学生は忽然と姿を消してしまった。

 男子大学生には失踪するような理由は何も無く、財布や携帯電話も大学構内のロッカーに残されままとなっていた。それらの状況から警察は事件性有りと判断し捜査を開始したが、有力な手掛かりは何一つ発見されることはなかった。


「……あの事件で行方不明になった男子大学生ってね、私の従兄なの」

「えっ……」


 衝撃的な告白に涼は言葉を失い、麟太郎も動揺を隠しきれない様子で眉を顰めていた。


「名前は犬養いぬかい征彦ゆきひこ、母方の従兄で、当時は隣町で一人暮らしをしながら月島大に通ってた。凄く頭が良かったら、私もよく部屋に遊びに行って勉強を教えてもらったりしてたんだ」

「全然知らなかったよ」

「まあ、わざわざ言うことでもなかったからね」

「確かその従兄――征彦さんはまだ見つかってないんだよな?」

「うん、それどころか手がかり一つね」

「そうか……」


 栞奈は無理をして笑顔を作っているようだったがそれが逆に痛々しく、涼は質問したことを少し後悔した。


「栞奈、あの事件の裏には一体何があったんだ? おおやけには不可思議な失踪事件ってことになってるけど、お前に都市伝説や呪いの存在を信じさせる程の何かがあったんじゃないのか?」

「征彦兄さんね、昔から都市伝説とか超常現象の話が大好きで、大学に入ってからは民族学を専攻して、地域伝承と近代の都市伝説の関連性というテーマで研究をしていたの。そんな征彦兄さんが、ある日私に言ったの、『今調べている都市伝説は本物だ。この全容を解明したらきっと凄いことになる』って……行方不明になったのは、その三日後よ」

「征彦さんは、一体どんな都市伝説を追っていたんだ?」

「……私には、神隠しに関係がある、とだけ言っていたわ」

「じゃあ、神隠しを追いかけた結果、自分自身も?」

「そういうことなんだと思う」


 栞奈は俯きがちに肯定した。その声は微かに震えているようにも聞こえる。


「兄さんは都市伝説について語る時にいつも言っていた。大概は嘘や作り話だけど、極まれに本物が紛れ込んでいることもある。しっかりとそれを見極めていかないと、いつか闇に飲み込まれることになるって。皮肉な事に征彦兄さん自身がそれを証明することになってしまったけどね」

「本物を見極めていかないと、闇に飲み込まれるか」


 重みのある言葉だと感じ、麟太郎は静かに復唱した。


「……これが、私が呪いや神隠しを信じる理由。少なくとも私の周りでは一人、都市伝説関わって不可解な失踪を遂げた人がいる。だからこそ、雫ちゃんの失踪と暗黒写真の都市伝説の関連性を、私は否定することが出来ない」


 栞奈の告白を聞き終えた涼と麟太郎は、頭の中を整理する時間を求めるようにしばし沈黙した。


「……悪かったな、辛いことを語らせてしまって」


 最初に栞奈に呪いを信じる理由を問うた麟太郎が、彼女を労うように優しく肩に触れた。


「ありがとう、栞奈」


 続けて涼が、膝を折り栞奈の目をしっかりと見つめて感謝の意志を伝える。


「いつか、話そうとは思ってたことだし」


 憑き物が落ちたような晴れやかな口調で栞奈はそう言う。心の奥に秘めていた秘密を涼と麟太郎に告白したことは、栞奈にとってもプラスに働いていた。


「だけど、雫が暗黒写真の呪いで消えちまったんだとしたら、一体どうやって捜し出したらいいんだ。神隠しだっていうのなら、少なくとも闇雲に近場を捜せば見つかるってものではないだろうし、それに万が一……」


 雫の失踪を呪いによる消失だと考えるならば、それは通常の失踪よりも遥かに難題なものになってしまう。何処にいるのか分からないという点では通常の失踪と変わらないが、神隠しによる失踪となれば、現実的に捜し出せる場所に存在しているかも怪しい。兄としては絶対に考えたくはない可能性ではあるが、呪いなどという危険な方法で存在が消されてしまった人間が無事でいられるのかどうか、最悪な状況だって想像出来る。


「涼、最悪な想像なんてのはするだけ時間の無駄だ。今はとにかく、出来ることを考えることが大切だろ」


 口ではそう言っても、麟太郎も決して内心穏やかではいられなかった。涼に向けて発したこの言葉は、自分自身に言い聞かせるものでもあった。


「そうだよ、出来ることはある」


 栞奈が励ますように涼の両手を優しく握った。誰かを気遣うことが出来るという意味では、現状一番冷静なのは栞奈であった。


「……当たり前だ、誰が諦めるかよ」


 そう言うと涼は、手元に置いていたお茶を一気に飲み干す。空になったコップを勢いよくテーブルへと置くと、甲高い音がリビングへと響いた。


「俺は絶対に雫を見つけ出す。例えどんな手を使ってでもな」


 涼の瞳からは、執念にも似た力強い感情が滲み出ていた。


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