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1 消失

 それはいつもと変わらぬ、兄妹の平凡な朝だった。


「おはよう、りょうちゃん」


 重たいまぶたを擦りつつ洗面所へと向かう津村つむらりょうに向かって、双子の妹のしずくは快活な朝の挨拶を飛ばした。

 起床したばかりで部屋着のティーシャツと短パン姿の涼とは対照的に、雫はすでにブレザータイプの制服姿だ。


「おう、おはようさん……ってあれ? 何で制服なんて着てるんだ?」


 歯ブラシに歯磨き粉を付けながら、涼は不思議そうに首を傾げた。


「ちょっと涼ちゃん、何寝ぼけてるの? 休みなのはそっちの学校だけで、うちの学校は普通に授業あるから」

「あっ、悪い。自分が休みだから勘違いしてた」


 確かに涼は寝ぼけていて正常な判断を欠いていた。涼の通う陽炎かげろう高校は開校記念日のため、木曜日にも関わらず休校なのだが、雫は涼とは違う高校に通っているので、平日である今日は当然学校へ行かなければならない。


「そういうこと。それじゃあ私、そろそろ行くね」

「おう、気をつけてな」

「朝ごはんは作っておいたから、好きな時に食べてね」


 歯磨きを開始していたため、涼は左手でOKのサインを作り返答した。


「じゃあ、行ってきます」


 挨拶と、玄関の扉を開閉する音が、雫の出立を告げた。

 

 この時はまさか、あのような事件が起こるとは誰も思ってはいなかったことだろう。

 いつも通りの日常を過ごし、そしてまた明日がやってくると、そう信じていた。


 涼はもちろん、雫自身も……。

 

 その日、雫は帰ってこなかった。

 普段なら遅くとも午後8時前には帰ってくるし、友人宅に外泊するにしても連絡を忘れたことは一度もなかった。そんな雫が家に戻らず、連絡の一つもよこさない。

 涼も最初の内は、気分転換にハメを外して友達と遊んでいるのだろうと楽観的に考えていたのだが、午後10時を回ったところで流石に心配になり、雫のスマートフォンへと電話を入れた。

 その電話は雫に繋がることはなかった。何度かけても通話が出来ないことを知らせる音声メッセージが入るのみであり、直接連絡を取ることは叶わない。


「……どうしたってんだよ、雫」


 言い知れぬ不安が涼を襲い、スマートフォンを握る手にも自然と力が籠る。

 雫はきっと気まぐれで無断外泊をしたんだ。帰って来たら叱ってやらないと。

 妹がそういうことをするタイプでないことは涼自身が一番よく知っている。だけど雫だって年頃の女の子だし、何か抱え込んでいる物があったのかもしれない。そう自分自身に言い聞かせて、涼はひたすら雫の帰りを待ち続けた。


 しかし、どんなに待ち続けても、雫の「ただいま」という声と共に、玄関の扉が開くことはなかった。


 この日、津村雫の存在は消失した。

 

 普段通りに学校に登校し全ての授業に出席。午後5時過ぎに下校し、繁華街方面へと向かったところまでは同じ学校の生徒に目撃されているが、それ以降の消息は一切不明である。

 翌朝には津村涼の手によって、最寄りの警察署に雫の捜索願が出されたが、家出の可能性があり事件性は低いとして、本格的な捜索活動には至っていない。


 共に生まれた双子の妹。いつも一緒だった大切な家族。雫の消失した日常など、涼にとっては異常な光景でしかなかった。

 雫の部屋にも、台所にも、共に囲んだ食卓にも、雫の姿は何処にも無い。当たり前だった存在が、もうそこには存在していないのだ。


「……絶対に俺が見つけ出す」


 自分自身の手で雫の居るいつもの日常を取り戻す。そのためならどんなことだってしてみせる。涼の決意は固い。


 雫の失踪に隠されたある秘密、そしてそれが、自身の運命をも大きく変える出来事になるということを、この時の涼はまだ知らない。


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