第7話 鑑定
俺はスキルを使って二枚の小さな木の板を生成した。
トランプほどの大きさの薄いが硬い木板に呪文と魔法陣が描かれたそれは魔法符と呼ばれるマジックアイテムで、使うと魔法が使えない戦士などでもカードに込められた魔法が一回だけ使える優れものだ。
冒険者協会や魔術師協会、錬金術師協会などでもこぞって量産されているが、作る際に魔法相応の魔力を消費するのと製作者に知識と技術が求められるので需要に供給が追いついてない。
そのため簡単な魔法のスペルカードでもそこそこの値段がする。
例えば回復魔法を込めたカードよりポーションの方が安い。
だから基本的に回復魔法のカードは作られない。
滅多に見られないような大回復魔法を込めたカードはあるが、値段も笑える感じなので実用品というよりはコレクションアイテムの域だ。
攻撃魔法も基本的には火炎魔法を込めたカードより発火作用を持つポーションのが安い。
だが鑑定作用のあるポーションなどはないので、魔術師も鑑定士もいない時の鑑定はカードが使われる。
おそらく鑑定のスペルカードが一番よく売れて一番生産されているカードのはずだ。
俺が生成したのも鑑定カードである。
俺は一枚のカードを濃紺色の小石が入った瓶にかざし、頭の中で効果の対象を小石に指定する。
瓶の鑑定なんかしたくないからな。
昔ロクスホートに置いてあったどこにでもある普通の素材瓶だ。
で、そうすると魔法が発動して小石が淡い黄緑色の光に包まれ、俺の前にドラクエの吹き出しとかステータスウインドウみたいな半透明の枠が出現した。
その中に鑑定結果が書いてある。
『魔力片』
魔獣の体内で生成される魔力の結晶。
魔獣を殺すことで素材と共に残る。
魔術師などに伝わる技法によって中に残る魔力を取り出し、他の魔石やアイテム、人間などに移すことができる。
魔力量:1
『ゴブリンの爪』
オークと並んで精力に溢れ、時には人間さえ犯すゴブリンの爪。
装備の材料にするには脆く、魔法の薬や触媒にするには魔力が弱い粗悪な素材。
しかしよく消毒してから削って食事や薬に混ぜると精がつくため、強壮剤の材料などにされる。
ついでに黒いのも鑑定してみた。
やっぱり爪かあれは。ていうか使い道ワロス。
イッカクの角みたいなもんか。
そう考えると高そうだが所詮はゴブリン素材、手に入りやすいし絶対安い。
このフォルクロアで一日に何匹のゴブリンが生まれ殺処分されていると思っているのか。
二束三文。これはもはやゴブリン素材の宿命と言っていいだろう。
……うん、どうでもいいな。
別にゴブリンぐらい狩られ過ぎて絶滅したところで、世界に大した影響もないだろう。
素材も特に用途がないから、そんなに喜び勇んで狩られることもないだろうが。
連中はもっぱら暮らしの役に立たない単なる害獣だ。
死にたくなければ森の奥に引っ込んでてもらいたい。
ええと、それで何の話だっけ?
ああ、そうそう。カードね。
ご覧の通り手に持って発動を念じるだけで、術者の魔力を消費することなく魔法を発動できる。
俺の異世界生活の要と言っても過言ではないアイテムになるはずだ。
回復ポーションと共に今後多用することになるだろう。
あ、ちなみに鑑定の文章は誰が書いてるのかというと、シルメリアという知恵の女神を崇拝する神殿が作ってる百科事典の項目が表示されるらしい。
まぁそんな感じで説明の流れだし、俺が薬草探しで暇してる間にそろそろ俺のチートについて説明しておこうか。
散々詳しい説明を勿体ぶった上で何度も能力を使ったので、もうどんな能力かあらかた想像がついてる人も多いかもしれないが。
俺があの時もらったスキルの名前は『無限増殖』。
手に触れたものを記憶して、記憶したもののコピーを作り出す能力だ。
それのどこが最強だ、よくある能力じゃないか。
と思った方もいるだろう。
ではこの能力を天界がどうしてそこまで問題視するのか、天使サリエルが俺に向けた説明を引用しよう。
『レアリティ黒、禁忌級の能力とは、一言で言えば世界に発生したバグです。
ある世界に突然現出し、大きな災厄を引き起こした能力を天界が封印したもの。
願うだけで現実を作り変えられるような力を持つ能力なのです。
では何故この能力がそれほど恐ろしいと言われているのか。
最も大きな理由として挙げられるのは、この能力が“対価を必要としない”能力だからです。
通常、何かを作り出す為には世界に既にある物質やエネルギーを作り変える必要があります。
魔法やスキルも自分や世界の魔力、生命力をカタチにしているだけ。
ですがこの能力は違います。
質量保存を完全に無視して、魔力を消費せずに術者が願うだけでいくらでも物質のコピーを作り出せるのです。
故にこの能力は“無限”増殖と呼ばれます。
もし小さな女の子がこの能力を手にした時のことを想像してみて下さい。
どこにでもある小さな街に絵本から飛び出したお菓子の国が出来上がるでしょう。
その程度なら可愛いものですが、それでも質量保存という世界の絶対律を破壊しているわけですから、天界がこの能力を危険視する理由としては十分です。
術者が際限なく能力を行使した場合、世界にどのような影響があるのか我々にもわかりません。
空気を足され続けた風船がどうなってしまうかはわかりますね?
余計なものを付け足されることで何か大事な歯車が狂ってしまえば、それが元で宇宙が崩壊する可能性さえあります』
長い話な上にまだ続くのだが、俺も聞かされたので我慢して聞いて欲しい。
『我々にとって最も危惧するところはそこですが、人間界を崩壊させたり支配するだけならもっと簡単に可能です。
例えば金塊を増殖させれば、世界経済が簡単に崩壊するでしょう。
飢餓に苦しむ民に食料を配れば、民は貴方を神と崇めるでしょう。
いいえ、もっと単純に世界を支配する方法もあります。
この能力の恐ろしいところは文字通り無限の生成力を持つだけではありません。
一つ、コピーしたものの持つ価値が劣化しない。
偉大な力を持つ神剣だろうと宝珠だろうと、いえ、極論してしまえば惑星だろうと術者が手に取って能力に記憶してしまえば記憶した時のその物質とまったく同じ能力、性質を持つ物をいくらでも作り出せるのです。
一つ、記憶できる対象の制限は術者が手に触れられるという効果範囲のみ。
つまり、生物はおろか人間もコピー可能です。
まぁコピーしたところで、作り出したものを自由に操れるわけではないので貴方の言うことは聞きませんが。
しかしこの二つの性質を組み合わせると何ができるかお分かりですか?
無限増殖というスキルを持った自分を、無限にコピーして作り出せます。
実行するのは狂人だけでしょうけどね。
そして真に恐ろしいのはこの能力を持つものが自分の意のままに動く軍隊を作る方法を得たとき。
術者の命令に従う心のないゴーレムに強力な武器を持たせれば、魔王さえ敵になりません。
世界はその日から貴方のものになるでしょう。
なにせ、術者が全滅しないかぎり兵力は文字通り無限なのですから』
寒気がした。
自分のことよりも、天界はどうしてそんな能力を一人の人間に与えるつもりなのか意味がわからなかった。
『私だってさすがに何かの間違いである事を祈ってましたよ。
けれど、残念ながら間違いじゃありませんでした。
私と貴方の予想通り、このシステムを作った神々は思ったよりも病んでいるということでしょう。
永遠に倦んで破滅をどこかで期待している。
陳腐な筋書きですね。
ですから霧杖さん、この能力の使い道は貴方の良心にかかっています。
天界は貴方が世界を混乱させるような能力の使い方をしたとき、総力を挙げて排除します。
が、この能力の使い方によっては天界にすら勝利できてしまう可能性もあります。
結局は貴方の意思一つと言えるでしょう。
どうか私がこの能力の危険性を貴方に説明した意味を忘れないでください』
こうして俺は分不相応なチートと共に黒スキル所持者の特例として天界製の精神抵抗の指輪と前世の記憶を与えられ、あのフォルクロアに転生した。