第6話 初戦闘
「……ぜぇ……く、くそ……当たらん……。
ちくしょう……なんでだ……!」
「ウキャ、ウキャ!」
山菜採りにきただけなのにどうやら不幸と踊っちまった俺はゴブリンさんと死闘を演じていた。
実際のところ俺がぶんぶん剣を振り回してゴブリン先輩に華麗に回避されてるだけだが。
それでも6年以上剣振らされた御曹司かと自分に問いたくなるザマだ。
くっそ無駄にぴょんぴょん跳ね回りやがって、ごちうさ難民かてめーはよォ!
しかしよく考えたら俺が貴族の家で剣振り回してた間、こいつだって今日まで自分で獲物狩って食ってたんだからこの結果も残当な気がしなくもない。
家畜じゃないんだから、生き物を殺すってのが相応に大変なのは当然か。
「キキィイ!」
「がぁっ!ちんちんそよそよぶらぶらさせながら調子乗ってんじゃねぇぞこのハゲ!!」
威勢よく吠えながら細かくちまちま剣を繰り出すものの、間合いを見切られてるのか、かすりもしない。
反撃されてない、つまり隙は晒してないから剣技としては間違いではない。
が、思い切りが足りないから決定打にかける感じだ。
踏み込みが足りん!というやつだろう。
まさかあんだけ練習したのにゴブリンごときに言われるとは思わなかったが。
このままだと泥沼の体力勝負になりかねない。
負けるとは言わんけど勝つ保証もない。
もし仲間でも居たらヤバいし、そろそろ決着をつけたいところだ。
まぁ策はある。
そこまでしないとゴブリンにも勝てないのは癪だが。
俺はこれまでより大きく飛び込んで、剣を思い切り横向きに凪ぎ払った。
「ギャギャッ!」
今まで繰り返してきた攻撃より確かに一歩深い、反撃も覚悟の上の攻撃に焦った声をあげるゴブリンだが、それでも大きく仰け反るようにしながら後ろに跳ばれて空を切る。
だがそれを予測していた俺は、態勢を立て直すふりをしながらゴブリンの首元に剣を投げつけた。
「ギャっ!?」
さすがにこの攻撃は予想外だったのか驚きの声が聞けた。
無理な回避で大きくバランスを崩したゴブリンは飛んでくる剣まで回避できない。
弾けるタイミングでもないだろう。
慌てて両腕を交差させ剣の飛んでくる部位をガードする。
剣はその腕に深々と突き刺さった。
右腕は浅いところで止まったようだが、左腕は完全に貫通している。
「ウギィイィッ!?」
痛みに咆哮をあげるゴブリン。
なんとか致命傷は避けたようだが、片腕はもはや使い物にならないだろう。
血も容赦なく流れ出し、すぐに止血しなければいくら生命力に長ける魔獣とはいえ命に関わるはずだ。
しかしこれで俺は丸腰、持っていても短剣のはず。
ゴブリンにはまだするどい鉤爪のある片腕と獲物の喉頚を食いちぎれる牙が残っている。
剣さえなければ手負いだろうとこの人間ぐらい食い殺せる、と。
逃げないということはそんな計算をしたはずだ。
当然勘違いだが。
所詮ゴブリン、やはり知恵がたりない。
その一手で勝てる確信もないのに、ダメージを与えるためだけにわざわざ一つしかない武器を投げ捨てる人間などいない事にさっさと気付くべきだったな。
交差した腕のガードを下ろして、塞がっていた視界の先に俺の姿があったゴブリンはさぞ安心したことだろう。
距離を詰めるなり回り込むなり、いくらでも状況を有利に運べる選択肢はあったはずだバカめ!
そんなことを思ったかもしれない。
だが何故俺が目の前に棒立ちでいたのか理解したときには、その頭の中は絶望一色で染まったはずだ。
ついさっき武器を投げ捨てたはずのニンゲンが、何処からともなく背負ってもいなかった弓を装備し、きちりと矢を引き絞って自分を狙っていたのだから!
「――――ギャ?」
困惑の声はこの状況に対するものか、それとも自分の腹に突き刺さった弓矢の感触へのものだろうか?
まあどちらにしても俺には関係ない話だな。
腹に矢が刺さっていて次の矢を機敏に回避できるはずもない。
俺は人間のように腹を抑えて立ち尽くすゴブリンの胸へともう一本矢を打ち込んでから、最後にその醜悪な顔に目掛けてとどめの一本を放った。
「ふう」
倒れるゴブリンを見届けてから、俺はようやく腕で目元に滴り落ちる汗をぬぐい安堵のため息をつく。
終わってみれば無傷だ。
チート抜きでもゴブリンぐらいには勝ちたかったが、初戦闘にしては及第点をもらいたいものだ。
さすがの俺でも剣で戦闘していた距離から棒立ちの的へなら狙った部位に当てられるらしい。
できるだけ近距離から弓矢を放つような馬鹿な真似はしたくないが。
それで妨害されずに当たる状況なら既に九分九厘勝ってるといっていいだろう、今回のように。
「剣もだけど弓はやっぱ要練習かな。
止まってる相手狙ってんのに手が震えたわ」
邪魔なのでスキルを解除すると、空気に溶けるように光となって手の中の弓とゴブリンに刺さってる矢が消え去る。
とほぼ同時にゴブリンの死体も黒い霧へと変わり、すぐに風に乗ってどことも知れぬ場所に消えた。
別にゴブリンには俺が何かしたわけじゃない。
この世界では、死んだ魔獣は素材を残して魔素と呼ばれる魔力の塊に還元されるだけの話だ。
フォルクロアにはスキルとかレベルアップとかそういう話とか、ゲームの設定を思わせる自然のルールが多々ある。
が、生きてる人間にとってはそれでも紛れもない現実なので、そういうものなのだと受け入れるしかない。
何故なのか考えても俺にはわかるはずもないし、それを研究するよりはやりたいことがたくさんある。
俺は一度軽く周囲を見回してあのゴブリンの仲間が隠れて狙ったりしてないのを確認してから、死体のあった場所へと歩を進めた。
そこには小指の先ほどの濃紺色の小石と、見覚えはある気がするのだが一見しただけではなんなのか判断に困る黒っぽい石のようなものが落ちていた。
黒っぽい方の石は人間の人差し指ほどの大きさがある。
「さすがゴブリン、全然魔力が残ってないな。
で、魔力片はわかるけどこっちの素材はなんだ。
えんがちょな物質じゃないだろうな」
二つを拾い上げるとスキルで空き瓶を二つ生成し、それぞれを別々に入れてコルクの蓋をした。
持って帰って素材として協会に引き取ってもらう。
ゴブリンの素材なんぞ二束三文確定だが。
荷物が一杯ならどこのパーティでも真っ先に捨てて帰られる品だな。
「あ、もしかしてこれあいつの鉤爪か?」
少しの間眺めているとそれがゴブリンのどの部位なのか見当がついた。
ていうかゴブリンの素材として残りそうな部位なんぞせいぜい毛皮かあの爪ぐらいしか思いつかん。
素材として残る部位はモンスターごとに決まっていて、その魔獣の体で最も魔力が強いと考えられている部位からいくつかが素材として残る。
要するにそのモンスターの体でもやたら硬かったり、特徴的な攻撃に使ってくるようなそのモンスターを象徴する部位だ。
例えば狼の魔獣なら牙や毛皮、ドラゴンなら牙もそうだが鱗や火炎を吐くための火炎嚢と呼ばれる内臓なんかが残るとか。
一般的に出回る素材なら協会に持ち帰れば引き渡す際に名前ぐらいは教えてくれるが、今はせっかく初めて自分で手に入れた素材なので鑑定してみようと思う。