第5話 未知との遭遇
「ぎゃはははは!
早速キース支部長に目をつけられたのかよ若!
チョーウケる、スキル貰うときに運使い果たしたんじゃないの!」
「……うっさい。
不吉な事を言うな……」
早速依頼を受けると協会近くの広場でソシエに合流した俺は、協会で起こった一部始終を話すと爆笑されてげんなりする。
「で?最初の依頼は何を受けて来たんだ?」
「なんてことない協会からのハーブの採取依頼だ。
協会が販売するポーションの材料集めだよ」
「はぁ?おいおい、そんなんじゃ宿代にもならないぜ?
もっと派手に村を襲うトロルの討伐とか引き受けてくれないと、ロクスホートからの餞別もすぐに尽きちまうぞ?
ただでさえわざわざ買う必要もない装備をちゃんと自分の懐から金だして買ったんだから」
「トロルとかDランクがパーティ組んでやっと安定する仕事じゃねーかふざけんな!
お前は主人を初依頼で殺す気か!」
「ひひ。冗談だっての、冗談。半分は。
まぁ最初ぐらいはハーブの採取もいいんじゃない?
私もかけだしの頃の小遣い稼ぎによくやったわ。
こっちは一人なのに仲間連れてきたゴブリンに追い回されて赤字になりかけたりな。
いやー懐かしい。
でも実際若ならトロルぐらい余裕だろ。
純粋な剣の腕だとゴブリンも危ないけどにゃ?」
「予想だといけるつもりだが、予想は予想だ。
頼むから少しずつレベルアップさせろ、死ぬ。
あと戦闘以外はできるだけチートは使わないって言ってるだろうが。
天使にも止められてるんだから俺は」
俺よりはるかに戦闘経験の多い人間とは思えないソシエの楽観的な口振りに、騙されねーぞと心を強く持って否定する。
こいつの場合笑顔で俺を死地に送り込みそうだからな……。
「はいはい、めんどくさい縛りだねぇ。
その気になれば一夜でこの国乗っ取れそうな能力のくせに。
美少女の奴隷だって金塊でも出せばあっさり買えるぞ?
今日の夜にも昨晩はお楽しみでしたねができるぞ?
やわやわでぬぷぬぷですよ?
ヤリたくないの?美少女と」
「ええい、元々人一倍多いひとの煩悩を誘惑するな!
そりゃヤリたいわ俺だって!
けどそれをやったら異次元の天界から天使が総出で俺を殺しにくるっつってんの!」
「はいはいわかってますよ。
私としても可愛い可愛いキリエ坊っちゃまが他所の世界の天使に槍で凌辱されるのなんざ見たくないからね。
我慢できなくなったら言うんですよ?
お姉さんがやさしくシてあ・げ・る・か・ら」
「てめーマジでいつか犯す!」
「やだー坊っちゃんこわーい!
鬼畜ショター!」
俺も前世を含めた実年齢で言えばなんとかこいつより年上のはずなのだが、全く口喧嘩で勝てる気がしない。
ちなみにフォークテイルはエルフと同じで人間よりかなり長命な種族で、見た目もなかなか年を取らない。
ソシエも12年前から全く変わらない姿のままだ。
「宿の場所もわかったし、俺はもう行くぞ。
さっさとハーブ見つけて今日のうちに帰りたい。
できればいきなり野宿とかしたくない」
「そう言うなよ。
野宿と飢え死に寸前の空腹は冒険者の醍醐味だぜ?
若も存分に堪能しろよ」
「嫌だ。俺は異世界で美少女奴隷とニートするって決めてるんだ。
野宿も飢え死にもしたくない」
「くくっ!ならせいぜい頑張って薬草見つけてきな!私は宿屋で昼寝しながら待ってるから」
「なんだこの主従逆転!?」
ジョークもほどほどに、俺はまたソシエと別れてゼーレヴェの北門を目指す。
目的はゼーレヴェの街から三時間ほど歩いた丘に原生するハーブの採取。
ま、早い話が回復薬作るための薬草採りだ。
この程度なら街娘でもできそうだが、この丘にはたまに森から出てきた狼やゴブリンが出没する。
運が良ければ歩いて薬草見つけてくるだけの簡単な依頼だが、当然その分報酬も安い。
採取した数に応じて報酬が上乗せされるのと、出来上がった回復薬を分けてもらえるのがせめてもの救いだ。
回復薬を売って冒険者に払う依頼料を捻出しなければならないので、協会にとっても大して旨味のない依頼だが、戦闘や採取を通して駆け出しの冒険者を育成するのが目的らしい。
協会の職員が丘に出没するゴブリンを養殖してるなんてジョークもあるぐらいだ。
本当だったら間違いなく職員が一番の被害者である。
昼間なので門には沢山の通行人がいた。
日が落ちると鎖が巻き上げられて門が閉じられ、10メートル以上はある外壁の中と外が完全に分断される。
つまり夕暮れまでに帰れないと野宿確定だ。
実際昔この街に来た時に馬車の中で寝かされたことがある。
夜には閉門に間に合わなかった人々によって門の周囲にテントが張られて、ちょっとした被災地の炊き出しみたいな光景になるのだ。
ぶっちゃけ徒歩で閉門までに帰れるかは微妙なラインだ。
最悪馬でも呼び出そう。
ソシエに笑われるのがムカつくので意地でも夜までに帰りたい。
北門を離れ街道を一人寂しくのそのそと歩いて薬草採りに向かう。
丘に用のある人間は少ないので、すぐに人の気配は少なくなった。
退屈だ。田舎でハイキングやスローライフを楽しむタチの人間じゃない。
煩悩にまみれながら家に引きこもってゲームしてんのが人生で最高にハイな時間だ。
そんな人間でも突き動かす性欲とは偉大である。
「やっぱ早いとこ可愛い女の子と並んで歩きたいわ……」
人間はどうして分不相応な望みを抱くのだろう?
三時間強真面目に歩いて丘にやってきた。
シヴィライゼーションなら一マス分にも相当するか怪しい距離だが、ヒキオタ転生の貴族のボンボンにとっては辛い距離だ。
既に戦うまでもなく疲れている。
ゲームでは戦闘のない依頼などせいぜいチュートリアルか無理難題の前フリなのだが、実際やると安い依頼料の為に荷物背負って片道三時間かけて歩くだけでもダルいよな。
で、運が悪いと戦闘が発生すると。
おまけにランクが上がれば何日もかけて化け物の跳梁跋扈する暗い穴蔵を探索する羽目になる。
……生きるって大変だわ。
ヒキオタは生の苦しみを実感した。
「これからこの坂登るのかよ」
しかして目の前には岩だらけの坂道がある。
むしろ人の踏み固めた道があるだけでも温情的だが、前世の俺ならこの時点で家に帰るレベルだ。
それでもなんとか坂を登る体力が残ってるのは前世と違って体重が軽いからと、ロクスホートで毎日毎日強豪高校の部活みたいに半日近く剣の訓練でしごかれたからだろう。
それでも剣の才能がないと怒られるとか現実は厳しいね。
確かに俺は純粋な剣技の腕や才能で言えば、長兄であるアインが同じ年齢だった頃と比べても足元にも及ばない。
横から見てもキレッキレな兄の動きと比べて、自分の鈍重さは同じ人間だろうかと思う。
体育で一人だけ跳び箱が跳べなかったり逆上がりができない男の子のようなコンプレックスを感じる。
確かに何時間も練習するので着実に上手くはなる。
同じ時間で畑を耕していた子供たちよりは断然剣を扱えるようになっていたはずだ。
しかし前を行く人間はそれより遥かに駆け足で進み、俺を置いていってしまうのだ。
正直チートが無ければ心折れて性格が歪んでいてもおかしくなかったと思う。
「はぁ、ポーションでも飲も」
ま、このぐらいで泣き言を言って根をあげるにはいいもん貰いすぎてるから。
ほっといても野心が心を支えてくれる。
スキル的な才能の話で言えばこの世界で俺が一番チートな自信があるし、地道な努力で強くなる人間に俺が不満を言ってもしょうがない。
努力しても報われない連中に比べれば、努力せずとも強くなれる俺は間違いなく憎むべき敵側だろう。
まあ知ったことじゃない。
せいぜい踏み潰していくさ。
人目を気にしなくてすむので、スキルを使って体力回復用のポーションを生成した。
淡い光と共に明るい青汁みたいな色をした瓶詰めの液体が俺の手の中に現れた。
コルク抜いて中身を煽ると、雑草煮込んだみたいな強烈な生臭さと苦みがして顔をしかめる。
が、良薬口に苦し。
飲むだけでトニック系の制汗剤スプレーでも使ったように体の熱がすっと取れ、同時に体の重みや疲労が一緒に抜けていくのがわかる。
効き目の早さも効果の大きさも、栄養ドリンクなんて目じゃない。
気休めではなく、明らかに体が軽くなっていた。
自然の精霊って奴の力がこもってるらしいからな。
俺が生成したのは道具屋で売ってる一番安い回復ポーションだが、それでもこんな安い依頼にホイホイ使ってると赤字確定だ。
そもそも上に行きたい冒険者は装備や技能へ投資するために資金を貯めておく必要がある。
ゲームでも回復アイテム買いこむぐらいなら我慢して強い装備を買うだろ?
それにこのポーションはもともと疲れを取るためじゃなく、戦闘で負った傷を癒す為のものだしな。
貴重な原料とそれを作る人間が必要なわけで、それなりの相手を倒すために使わないと元が取れないのも当然だ。
だが俺に限ってはその心配はいらない。
そういうチートだ。
息を乱しながらひとまず丘陵の一部を登りきった。
剣とはまた違う筋力をつかっているようだ。
明日は筋肉痛確定の気配がする。
「いかん……日暮れまでに帰れる気がしない……」
岩を背にして座り込む。
影になった部分が当たるとひんやりして心地よい。
天然の保冷剤だ。
もしこれでパーティでも組んだら、体力バカに置いていかれそうな気配がするな。
魔術師とかもいるだろうから流石に大丈夫か。
パーティ組むときは出来るだけインテリ組と組むべきか。
肉盾も捨てがたいが。
魔術師と組んだら逆に俺が前衛の肉盾だもんな。
そんな耐久力ねえよ。
そんなしょうもないことを考えながら一息ついていると、なにやら不穏な気配がした。
頭上から声がしたのだ。
猿の雄叫びに聞こえるが、この世界のそれは別の事を意味する。
冷や汗と共に慌ててその場から飛びのくと、丁度俺がいた場所に岩を蹴って何かが飛び降りてくる。
どうやら聞き耳ロールに成功して不意打ちは避けられたようだ。
躊躇わず腰の剣を抜いてそいつと相対する。
「……あーあ、出会っちまったか……」
どこぞで聞いたような台詞を溜め息と共に吐き出しながら、俺は飛び降りてきたそいつを出来るだけ冷静に観察する。
実際は心臓がバクバクいってるが。
今の俺と同じぐらいのサイズで、腹の出っ張った深緑色の毛のない猿みたいなそいつと似た姿を俺はロクスホートにあった図鑑の絵で見たことがあった。
「ウギィイイイ……!」
牙を見せて獲物を見つけたとばかりにやりと笑うその生物の名はゴブリン。
このフォルクロアで最弱の名を冠する魔物の一つである。