第4話 冒険者協会
ギルドに入るとまずカウンターの受付嬢に声をかけ、書類を作成することになった。
字が書ける旨を伝えると羽ペンと羊皮紙の契約書類を渡されたので軽く目を通してからサインする。
契約は守れ。協会の斡旋する仕事で協会の信用を損なうような行為をした場合は罰金の発生や、最悪協会からの捕縛あるいは討伐令が出される。
協会を通さず冒険者として依頼を受けた場合、依頼主とのトラブルは自分で解決すること。協会は一切関知しない。
などといった内容をはじめとして、半分は冒険者としての心得みたいなものが書いてあった。
他も現代の契約書と対して変わらない。
素材取得の権利や違約金についてが書いてある。
さすがに現代ほど高度で厳密な書かれ方をした契約ではないが。
だいたいソシエが言ってたのと同じだな。
ソシエもめんどくさいからちゃんと読まなかった、大したこと書かれてないからなんとかなると言っていた。
実際それでも問題なさそうだ。
「では協会の定めるランクについても軽くご説明させていただきますね」
「お願いします」
協会の定めるランクはS級からG級までの8段階に分かれている。
受付嬢が冒険者マニアらしくやたら長くて熱い解説をされたので、縮めて俺翻訳で簡単に説明すると。
S:世界に数人。国家最強の騎士や筆頭宮廷魔術師を凌駕するとさえ言われる人類の切り札レベル。
一言で言えば英雄とか勇者。
あるいは規格外。どこぞのドラまた女級。
十数年に一人認定されるかされないか。
ダンジョン探そうものならダンジョンが逃げる。
協会から与えられるようなS級に適した仕事などほぼ存在しないに等しいので、もはや名誉称号や勲章に近い。
ていうか冒険者なんかしてないで国家機関で働いてやれ、人類のために。
でも過去にS級もらってる奴らが何人もいる世界の不思議。
個人戦闘力をドラゴンで例えるならエルダードラゴン。
A:一般的な人間の基準で測れる最強レベル。
国家の最強騎士や魔術師クラスに相当。ヒカセン。生身のドモン。
一年に一人か二人ぐらいは認定される。
ダンジョンの主から「帰って」と丁重に賄賂渡されそう。
国から表彰状とかもらえるレベルだからそのまま祖国に就職してあげたらいいんじゃない。
うちではまともに扱えません。
ドラゴンで例えると普通のドラゴン。
B:普通の人が常識的に想像する冒険者の最強レベル。
パーティ組めば国家最強に立ち向かえるだろう。
B級とか言われてるけど君らが悪いわけじゃない。
上のクラスが頭おかしいだけ。
目を付けられたダンジョンの主が冷や汗をかいて気を引き締める。
協会の運営に差し支えるんで他所に就職を試みるのはやめてください。
ドラゴン診断、ドラゴンゾンビ。
C:準冒険者の最強。
パーティ組めば普通のダンジョンの最下層も夢じゃない!
一つの支部に一人はいるかなってレベル。
頑張れ、君らは協会の星だ。
その分無理難題も押し付けられるけど。
再就職目指すと家に支部長がやってくる。
ドラゴンで言えばリオレウス。
D:中堅冒険者達。
そろそろ普通に暮らす分には生活に困らなくなる。
たどり着くのに才能も必要。
パーティのリーダーやると喜ばれる。
引退を決意すると受付嬢が別れを惜しんだ涙を流す。
ドラゴンで言えばワイバーン。
E:巷に溢れる冒険者。
リーダーやらすのはちょっと危なっかしい。
才能のない一般人の限界。
新人いびりとか始める。
辞めると言えば受付嬢がため息ぐらいはついてくれる。
ドラゴンでいうと鱗半枚分。
F:仕事を覚えてきた人たち。
ちゃんとリーダーの言うことは聞きましょう。
ここまではみんななれる。
ここから死んで減る。
身を引くと受付嬢が「しょうがないですね」と言う。
ドラゴンならドラゴンの胃の中の肉。
それが奴ら。
G:新米。駆け出し。ぶちスライム。
村一番の力持ちの方が頼りになる。
仕事代はポーションで消える。
辞めるとか言っちゃうと嬢に「何しにきたのお前?」と言われる。
ドラゴンさんが例えられるのを嫌がる。
映す価値なし。
・・・・・大分受付嬢と俺の主観とジョークが混じったが、まあこんなところだろう。
上の方が若干インフレ気味だがおおむねゲーム的な想像通りって感じのはずだ。
A級以上はむしろ協会長が頭下げるレベルというのが受付嬢の主張だが、本当か嘘かは知らん。
ランクを上げる方法は半年に一回ある協会の査定でこれまでの仕事結果やキャリアからランクを上げ下げする判断を受けるか、たまに発行される協会からのランク査定を兼ねた依頼を成功させるかだ。
ランク査定の依頼は珍しいモンスターを倒して素材を持ち帰るなどで、現在のランクに関係なく受けられる代わりにそのランクに推奨される通常の依頼より難易度が高い。
つまり、今のランクより明らかに実力の高いものが半年を待たずにランクを上げるための依頼だ。
さて、とっくに契約書にサインし終わってひたすら受付嬢の話を聞いていると、横から眼鏡をかけた男が声をかけてきた。
「リナくん、君の情熱は買うが説明はその辺にしてやりたまえ。
いくら彼が聞き上手でもそろそろ限界を感じる頃合いだ。
それとちゃんと仕事しなさい」
「し、支部長!
すいません仕事しますぅ!!」
(げっ!)
受付嬢だけでなく俺の顔が引きつったのは、男に見覚えがあったからだ。
砂色の髪を七三分けにして眼鏡をかけた一見インテリのくせに、左目にヤクザみたいな大きい刀傷があるせいで台無しなこの男。
受付嬢も言ってるが、ゼーレヴェの冒険者協会の支部長であるキースとかいうおっさんだ。
何度かガイスト爺さんに挨拶に来たことがあるので、間違いない。
こんな奴を見忘れるか。
「ふむ、随分と若い志願者だな。
農村の出かね」
農村や商家の丁稚奉公なら普通に働いてる歳だが、さすがに冒険者を志すには幼いからだろう、わざわざ支部長自ら声をかけてくる。
ロクスホート出身だとバレたくないから顔を合わせたくないのだが、支部長と目を合わせない志願者など余計に印象に残るだろうから嫌々そちらに顔を向けた。
「い、いえ……田舎の没落貴族の出です……」
農村出身にしては装備が調いすぎてると思ったので、多少は金を持っててもおかしくなさそうかつ子供でも冒険者を志す理由がありそうな身分を考えた。
そしてぎこちなくも笑顔を返すがしかし……。
「ロクスホートを田舎の没落貴族と呼ぶのは君ぐらいのものだろうな。
お爺様とご当主は息災かね、キリエくん」
こ、この鉄面皮野郎、覚えててわざとトボケやがったな!?
俺は笑顔のまま石像のように固まった。
いくらロクスホートの子供とはいえ最後に会ったのが数年前の六男坊の顔と名前までしっかり覚えてんじゃねーよ!
一瞬連絡が行ってるのかと疑ったが、あのガイスト爺さんがわざわざ孫が行くからよろしくな、なんて言うはずもないのだ。
さすがにゼーレヴェの支部長はやり手だった。
「な、なんの事だか……」
冷や汗を流し目線を反らしながら無駄と知りつつも否定する。
「その銀髪でこの街の権力者にロクスホートを連想させないのは無理というものだ、キリエ君。
おおかた冒険者になりたいなどと言ったせいで、お爺様にロクスホートを名乗ることを禁じられたのだろう」
こいつ一部始終録画でもしてやがったのかよォ!?
キース支部長の状況察知能力の高さに戦慄する俺。
これ以上何を言われるものかと怯えたが、予想に反して支部長は背を向けた。
「確認のためつい声を掛けてしまったが、私は君を特別扱いするつもりはない。
そんなことをすればガイスト様から余計なひんしゅくを買うのが目に見えているのでね。
だが、これだけは老婆心から言わせてもらおう。 冒険者など大貴族の子供が目指すものではない。
間違った憧れや我が儘には早めに見切りをつけて、相応しい道を探したまえ。
ではな」
言いたいことだけ言って去っていく支部長だった。
俺はバレていたのが恐ろしいやら、その上で下手な芝居をしたのが恥ずかしいやらで頭の血が急速に上下している気分だ。
赤くなったり青くなったりとはこういうことを言うのだろう。
「あの、支部長とお知り合いなんですか……?」
「……いえ、人違いだと思います……」
不思議そうな受付嬢の質問を否定するものの、震える声で言っても説得力皆無だ。
「え、ええと。
と、とりあえず書類上の手続きは終わりです。
後はランク証明用の名前入りメダルを発行いたしますので、また明日お越し下さい。
あ、もし急ぎで今日中に受けられる仕事をお探しであれば私が対応しますので、あちらの掲示板の中からお選び下さい」
そう言って受付嬢が指し示す先には、何人かの冒険者が集まっている大きな掲示板があった。