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第3話 ゼーレヴェ

 

 

「……くっくっく!いーひっひっひ!

 いっやぁーまったくまったくぅ!

 これが笑わずにいられますかってもんでがすよ!

 予想以上に上手く行ったもんだね若。

 まさかあのチートな爺さんがあれほど上手く騙されてくれるとは」


「騙したっていうわりには脳みその中が筒抜けだったけどな。

 ていうかまーた一昨日のこと思い出してんのかお前……」


 和気あいあいとした雰囲気で談笑しながら馬車の荷台に揺られる二人の男女がいた。

 二人とも外套のマントのフードで顔を隠しているが、一人は銀髪の少年、一人はブロンドの髪の上に狐の耳を生やした美しい少女なのがわかる。

 俺こと、姓を失ったこの世界におけるキリエと、つい二日前までロクスホート家のメイドだったのに何の因果かそれに付いてきたソシエッタ・ラナハイムである。


「どんだけあの爺さん騙せたのが嬉しいんだよ。

 これで何度目だその話?」


「ばぁか、あのヴァルキサスの灰鷹をあざむける人間なんて国中探しても滅多にいないんだぜ?

 それをやったのが自分の選んだ主人だなんて、こんなに愉快な事があるかよ若ぁ。

 わかる?このお姉さんのトキメキ」


「わからん」


 膝を叩いて大笑いする元メイドを冷めたジト目で見てやる。

 ソシエは俺の視線など構わず笑いながら小突いてくるが、俺の話など聞かないのはいつものことなのでやりたいままにさせておく。


「そもそも結果的には貴族の家を追い出されただけだからな。

 端から見れば馬鹿なことをしただけだろ。

 これから上手くやらねーと意味ねえっての」


 自分を諌めるように冷静な意見を出すが、ソシエはからからと笑って否定する。


「んなもん死なない程度に適当でいいんだよ冒険者なんて!

 筋道立てて生きるんなら貴族で良かったろーが。

 自由に生きたくて冒険者になるんだから、上手く行ってる間は馬鹿みたいに笑ってていいんだよ!

 笑えってホラ、うりうりうりぃ」


「ぐおぉ、止めろバカ!」


 人の首根っこひっつかまえて抱き寄せ、拳骨でぐりぐり攻撃をしてくるソシエ。

 今ではすっかり慣れてしまったが、前世の俺からすればこんな美人が横に居て俺をおもちゃにしているなんて考えられない事だ。


 ソシエッタ・ラナハイム。

 亜人種デミヒューマンの一つで希少種である狐に似た獣人フォークテイル族出身で人間の父とフォークテイルのハーフである。

 このヴァルキサス龍皇国のフォークテイル族は魔族領との境界線にあったアミラ大森林と付近の山間部に暮らす少数部族だったが、“黄昏の災厄”と呼ばれる魔族の大進攻以来、森を追われ人間と暮らすようになった。

 しかしヴァルキサス領内での亜人種に対する差別は根強く、ソシエは冒険者になっても苦労していたところをガイスト爺さんや俺の親父クロードに拾われメイドになったらしい。

 この12年間でおそらく俺と一番会話した人間であり、まぁそれはそれは色々ばれちまってる間柄だ。


 俺のチートがバレて以来、共犯者に近い形で剣や簡単な魔法など色々と教えてもらっていたが、ついには俺が家を飛び出す事を決めても付いてくると言い出した。

 彼女は剣の腕も立つし俺としてもこの世界の事情に詳しい協力者は有難いのだが、本心で何を考えてるのかはよくわからない。

 本人は面白ければそれでいい。

 俺についてくるのは面白いからだと言っているが……。

 何にせよ、いつの間にか一人で冒険者になってチーレム作る予定だった俺の奇妙な連れ合いとなってしまったのである。


「キリエ様、ゼーレヴェの街に着きました」


 ソシエと雑談しながら今後の事を考えていると、馬車を運転していた商人が声を掛けてきた。

 ふくよかな体格に柔和な表情という、この世界の商人代表みたいな容姿をした彼は、ロクスホートに出入りしている御用商人である。

 俺とソシエの冒険者道具を彼の店から買う代わりに、街から少し離れたロクスホート邸から冒険者協会の支部があるこのゼーレヴェの街まで載せてきてもらったわけだ。


「ありがとう、ポワロさん」


 馬車を降りて礼を言うと、彼はにっこりと笑って御用の際には何でもお申し付け下さいと言って去っていく。

 ポワロ氏はヴァルキサスに広く顔の利くエルキュール商会の人間だ。

 普通の店で売ってないような品物が欲しければ頼る事もあるかもしれない。

 深くお辞儀しながら支店に帰っていく姿を見送った。


「さて、早速だけど協会に向かうかい若?」


「そのつもりだけど、だから若はやめろソシエ。

 俺はもう貴族じゃないし、誰かに聞かれると面倒だ。

 そもそも元からお前が若様と呼ぶべき人間は、俺じゃなくて次の当主であるアインだったろうが」


「いやいや、私はもうロクスホート家のメイドじゃなければましてや冒険者でもなく、今や名もなきキリエ家の専属メイドですから、何でもどうぞ若旦那。

 朝飯の用意から夜伽まで貴方の暮らしを完璧にお助けします!」


 ニヤリと悪戯っぽく笑ってソシエは言った。


「解雇」


「あ~んそんないけずなこと仰らないでェ」


「くねくねするな気持ち悪い。

 冗談は置いといて、俺は協会に行ってくるからソシエは宿の手配を頼む。

 お前は冒険者に復帰するつもりはないんだろ?」


 ソシエは元冒険者であり、俺の剣の師匠の一人だ。

 少なくとも現時点では俺よりも断然強い。


 だが付いてきたのはあくまでも俺の身の回りの世話をするためであり、冒険者として働くつもりはないらしい。

 

「ああ、私はか弱い非戦闘要員だ。

 戦闘で味方が欲しけりゃさっさと望み通りきゃわいい女の子奴隷にして、一緒に戦ってもらうこった」


「そこまで知ってて本当にどうして俺なんかについてくるかね・・・・。

 まあいいや。それじゃ頼んだぞ」


「お任せ下さいご主人様~」


 ソシエがスカートの代わりにマントの裾を持ってメイドの一礼をするが、冒険者の格好でやると違和感バリバリだ。

 ま、誰かに見られてもジョークでやっているだけで、本当に貴族のメイドだったなんて夢にも思われないだろう。


 やれやれと頭を掻きながらソシエに背を向けて歩き出す。

 言ったとおり目的はこの街の冒険者協会の支部だ。

 スキルに記憶していたゼーレヴェの地図を取り出し、石造りの堅牢さと富の集う場所特有の優雅さの入り混じった町並みを眺めながら一路協会を目指す。

 その間暇なのでこの街について紹介しておこう。


 このゼーレヴェの街は大領主のロクスホートが選んだ市長が委託を受けて統治する一大交易都市だ。


 リザードマンやダークエルフの暮らす魔族領であるアミラ大森林を見張る要所ヴァスティ要塞から近く、要塞へ送る物資はもちろん、兵士だけでは手が回らない近隣の農村を襲う魔物の退治や、魔族領に侵入して素材の収集やダンジョン探索を請け負う冒険者も集まってくる。

 ヴァルキサス龍皇国のあるパンジア大陸の中央部アースラ地方を南北に流れるホルム大河の支流を利用して作られているため、砂漠の近くにも関わらず水が豊富で水の都の異名がある。

 ゼーレヴェの東の氾濫原にある農村地帯は皇国人の主食となる小麦の一大生産地の一つだ。

 また、大河を運行する船によって港町から魚や他国との交易品も届く。

 それらはゼーレヴェ周辺で消費されるほか、さらに内陸にある皇国の皇都アンジェリアに送る中継地点の役割も果たす。

 魔族領にほど近いが、それ故に危険を顧みず資源と富を求める命知らず達が集まってきて賑わう冒険者と商人の街であると同時に、大河を使った交易の要衝でありロクスホート家の、ひいては皇国西部の戦略的重要地点である。


 もしもヴァスティ要塞とこの街が魔族の手に落ちることがあれば、それは皇国にとって存亡すら危ぶまれる一大事を意味する。

 仮にそうなった場合、魔族を押し返すだけなら皇国の国力をもってすれば不可能ではないだろう。

 が、西部に兵力を集中すれば動乱につけ込もうとする近隣の大国の格好の的になる。

 一撃で致命傷を負うことはないにしても、皇国本土の混乱に乗じた他国の侵攻で植民地を係争する勢力図が塗り変わり、龍皇国が大きく弱体化される事態になりかねない。

 だからあのガイスト爺さんが睨みを利かせているわけだ。


 皇国にとっての心臓ではないにしろ、大動脈の一つと言っても過言ではない。 

 ま、そんな大都市の一つで魔物の被害も絶えない場所となれば、大量の冒険者が成り上がりの夢を見て集うのも必定だろう。


 さて、噂をすればというやつで、俺の前には一つの大きな建物が見えてきた。

 このゼーレヴェの冒険者たちを取り仕切る、冒険者協会の支部である。


 

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