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第2話 爺さんとメイドとヒキオタ

 

 

「キリエや、出立の準備はできたか?」


「はいお爺様。

 諸事万端調えてあります」


 目の前にでんと座る、白髪にカイゼル髭のゴツい爺さんがそう聞いてきたので俺は行儀よく返事をした。


「相変わらず返事だけは才児よのう」


 髭を撫でながら俺を見る目付きは、齢70に迫ろうかという爺さんとはとても思えない鋭さだ。

 体つきも10年前と比べれば少し痩せたが、未だ筋肉は衰えておらず、手練れの暴漢の一人や二人簡単に制圧できる力を感じさせる。

 この爺さんの名前はガイスト・ゼラフ・ロクスホート。

 隠居の身でなお絶大な影響力を持ったままこのロクスホート家を取り仕切る、この世界での俺の祖父である。




 あの後、俺がスキルを手に入れこの世界フォルクロアに転生したときから、早くも12年が過ぎていた。

 俺の名前は灰崎霧杖改め、キリエ・ゼル・ロクスホートとなり、貴族の六男坊として出生することとなった。


 名目上は家長である父親は現在王都に出張中。

 母親もそれにくっついて家にはいない。

 留守を預かるのがこの厳格を絵に描いたような爺さんである。

 そして俺はこれからこの爺さんと、家を追い出され晴れて冒険者になるための最後の交渉をしなければならないわけだ。

 ま、交渉というよりも、本気で貴族の家名を捨て冒険者なんかになるのかという最終確認の感じだが。

 俺としては貴族の六男坊なんかよりも、唯の名もない冒険者の方がよっぽど動きやすい。


「知っての通り、六男であるお前に当家を継承できる可能性はない。

 お前に儂の目を盗んで兄達をこぞって毒殺できる知謀でもない限りはな」


「お戯れを、お爺様」


 のっけからいきなりのおっかないジャブに静かな返答を返す。


 そう、貴族の息子ではあるが俺に継承権など全くない。

 ハナからんなもんに興味もないが。


 貴族というのはあれで遊んでるように見えて、きちんと領地の経営や外交をやらないと簡単に没落するものだ。

 なにせ人間の上に立ってるわけだ。

 搾り取るだけでケアできない奴は、いずれ破綻するのは目に見えてる。

 確かに他人がほいほい言うことを聞いてくれるのは便利だが、どんな劣悪な政治のアホ貴族でも上が居る分気苦労もそこそこ多いだろうし、俺の能力との相性も悪い。目立ちすぎる。


 というわけで、この家に生まれた瞬間から爵位を継承する野心などない。

 むしろこちらから願い下げる。


 どっちかと言えば、この頭の固い爺さんがこの家から冒険者になる人間が出る事を了承する為に小細工をする羽目になった分、貴族に生まれたのはマイナスに近い。

 まぁその分、この世界にしては高度な教育を受けられたと思うのでプラマイゼロか。

 農民の家に魔術について書かれた本が置いてあるとは思えないし、剣の使い方を教えてくれる上等の教師だって運が良くなければいなかったろう。


「通常であれば継承権のない貴族の子弟は、騎士を目指すか修道院に入るのが定め。

 しかしお前はそれを拒んだ」


「私にも私の考えがあります」


「その考えとやらが冒険者か?

 ふん、だが元より止める気などない。

 お前には魔術の素養も剣を扱う才覚もない。

 大商人と成りうる機転もない。

 お前の願いを遮って無理にこの家に留める理由は一つもないというのが、お前が生まれてより見続けた我々の下した判断だ」


 我々、というのは親父やお袋も入ってるんだろうが、大方はあんたの判断だろう。

 というかあの親父たちは六男のおかしな思想なんぞにさして興味もないってとこか。


 腹の中ではそう考えるものの、口には出さない。

 この爺さんに嫌われる事には意味もあるが、怒らせることには何の得もない。

 無能だと呆れられて興味を無くすのが一番いい。


 ま、仮に修道院にでも入れられても逃げ出すが、万が一追っ手でも差し向けられたら面倒だ。


 互いに納得の上で円満に出家できるなら、それが最良だ。

 メイドを一人連れてく話も通ったしな。


「本当に良かったのかソシエ。

 こやつについて行っても当家から給金が出ることはないぞ?

 貴様にとってはそれ以前の問題だろうがな」


「もちろん承知しております御隠居様。

 私は坊っちゃまの成長を見届けたいのです」


 声を掛けられて、入り口に控えていた狐耳のメイドが爺さんに向かって恭しく頭を下げた。


「お前がただの情なぞで付いていく人間を決めるとは露とも思えぬのだがな。

 かといって、こやつにそれほど入れ込む理由もわからん。

 わしも歳か、目が曇ってきたかのう」


 そう言って俺とメイドを見比べる爺さんの目はやはり、自分で言っているように老齢で衰えてきているようにはとても見えない。

 まぁ、俺という人間は爺さんのいう通り本来ただのボンクラで、スキルに将来性があるだけなのだから見誤るのも無理はないだろう。


「近隣諸国や魔族を震え上がらせたヴァルキサスきっての猛将、ガイスト様が何を弱気な事を仰います。

 私はただ、長年お世話してきた坊っちゃんが一人立ちするのが不安なだけですよ。

 こんなことを言ってはなんですが、手のかかる子ほど可愛いと申します」


「お前がそんな殊勝なことを言い出すタマではないことは、儂が一番よくわかっておる。

 だが、まぁよい。

 どの道家督は余程の事がない限り長子が継ぐものであるし、アインは十分以上に優秀だ。

 あの馬鹿息子の子供とは思えんほどな。

 その点はむしろキリエの方が奴との血の繋がりを感じるわ」


「僕の前でお父様を貶すのは止めて下さいお爺様」


 わりと真っ当な事を言ったつもりなのだが、ガイストは隠すつもりもないと言わんばかりのしかめ面を浮かべた。


「臭い芝居をしおってからに。

 孫を前に言うのは大人気ないが、儂はお前のそういう小賢しいところが好かんのだ。

 だからクロードと似ておると言っておる。

 あれは母似だ。

 いつでも自信満々のようで、己の為すべき事に一心に向かう前に、まず他人の顔色を伺うところがな。

 それは結局腹の据わってない、自分に自信を持てぬ者がやることだ。

 それでは他人の根深きところにある信用は取れぬ。

 己を信じきれぬ者に、誰が本当に命を預けられる?

 ……だのに理解しあえる似た者同士であるはずのキリエが父を敬わず、アインが敬愛しておるとは人間とは不思議なものよ。

 ソシエも性分は儂に似ておるはずだが、何故目をかけるのがアインではなくキリエかのう」


「私はご当主様もけして嫌いではありませんよ。

 ガイスト様も本心は同じなはず。

 むしろ可愛いが故に余計に目線が辛くなってしまうのでしょう。

 こればかりはヴァルキサスの灰鷹といえども人の親ですから」


「むう……」


 まだ何か言いたげだが、まるで奥歯が痛いかのように眉間を寄せて唸りながら髭をさするガイスト。

 この爺さんを言葉で丸め込めるのは御用商人かソシエぐらいのものだろう。

 親父達が俺を止めないのに、付いていくと言ったソシエを止めたぐらいだからな。

 もしガイストが激昂することがあれば、これからはますます大変だろうなこの家。


「とにかく、ガイスト様がお認め下さるなら、私はキリエ坊っちゃんに付いていくことに異論も不服もございません」


「ううむ、こればかりは感心するのぅ。

 キリエよ、どうやってこのじゃじゃ馬をここまでたらしこんだのだ?」


「それは僕にも、姉代わりだったから可愛がられてるとしか… 」


 珍しく目を丸くして剽軽な顔を浮かべるガイストに、頬をかきながら苦笑いを返しておく。

 たらしこんだというより、手綱を握られているの間違いだ。


「ふむ、まぁよい。

 このロクスホートから冒険者を出すなど胆を嘗める思いじゃったが、今の貴様らを見ておると存外に面白いのやもしれぬな。

 ただし、キリエが今後ロクスホートを名乗ることは許さぬ。

 冒険者になるというなら、あくまでこやつの立場は我が家からの追放じゃ。

 無論何かあろうとも、この家が貴様へ助け船を出すことは金輪際ないと思え……!!」


 爺さんが俺を睨み付ける。

 ビビりの俺でなくとも胆が冷えるような視線だが、ごくりと唾を飲みながらも俺は予測していた台本通りに言葉を紡いだ。


「心得ております。

 それでも我が儘を聞き入れて頂き、感謝します」


「ふん、こればかりはあながち嘘ばかりでも無さそうじゃな。

 ではもうよい、行け!

 ロクスホートの名を捨て冒険者になりたい等と抜かす孫の顔など、これ以上見たくないわ!」


 爺さんの一喝を聞くと勢いよく立ち上がり、俺とソシエは深く頭を下げて部屋から退出する。

 俺が部屋から出るのを待って下がろうとしたソシエに、ガイストは最後に声をかけた。


「ウォッホン!これ、じゃじゃ馬。

 何を考えているのか知らぬが、そこの出来損ないの孫を頼むとは言わぬ。

 じゃが己の博打の結果ぐらいは派手に咲かせてみせい。

 息子でも嫌がった儂のチェスの相手を努めていた人間ならな」


 咳払いしてそう言うと片目でちらりとソシエの目を覗きこむガイストに、ソシエは何も語らぬままにこりとメイドらしく優雅に微笑み、一礼して古強者の書斎から退出するのだった。

 

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