第1話 俺は人間をやめるぞ
「灰崎霧杖さんですね。
私は貴方の輪廻を担当させて頂く担当、下界で言う天使にあたるサリエルと申します。
まずは手続きについて色々と説明させて頂きますので、そちらの椅子にお掛けください」
「・・・・・・ええと」
目を覚ましたら知らない場所にいた。
市役所の窓口みたいな感じで、小分けされたカウンターに色んな人が並んでいる。
その中の一つに並んでいた俺は、自分の順番になったらしく、カウンターのお姉さんから声をかけられた。
「すいません、つかぬことをお聞きしますけど
・・・・・ここってどこですか?」
「ここは貴方の死後の行き先を決める窓口です。
仏教で言う閻魔十王裁判。
キリスト教的に言えば最後の審判というやつですね」
「・・・・・・・・は?」
長い銀髪に眼鏡をかけた美人のお姉さんは、眉一つ動かさずにくい、と眼鏡を上げて俺の事を見ている。
「貴方は大型輸送車の激突によって今朝亡くなりました。
で、ここにいます。
死後の世界の入口に」
言われて思い出す。
昨日のバイトとその帰り道。
早朝の歩道に突っ込んできたトラックの恐怖と、鉄の固まりに体を粉砕される一瞬の感覚。
「そうか・・・死んだのか俺」
結局俺の人生とはなんだったんだろうという虚無感と、犯罪を起こしたりせずに死ねてこれでよかったんだという安心感が同時に頭に浮かんだ。
「思い出していただけましたか。
それではこちらに目を通して下さい」
「へ?なんすかこれ?」
アホほど分厚い書類の束を渡された。
表紙に大きく持ち出し禁止と書かれ、俺の名前と輪廻裁断用資料と文字が入っている。
「貴方の生前の悪行善行が全て網羅されています。
我々にとっての判断基準ですが、本人に公開されないのは不公平ですから」
「マジか・・・すげぇな。
うぉほんとだ!
近所の猫に小学校時代の友達の金魚食わせたのがバレてる!
実行犯の三人しか知らない話なのに」
「陰湿というか小物臭い嫌がらせですね」
ほっとけ。
まぁ事実だろうけども。
ていうか。
「・・・・え?なに?
読むんですか?これ全部?」
勘弁してくれ。
百科事典より分厚いぞこの書類・・・。
そもそも俺は字読むの苦手なんだよ。
漫画とラノベとゲームのパラメータ以外。
「読む権利がある、というだけです。
この書類を読み終えるまでの時間は手続きの時間として許容されていますので、気になる部分だけ読むなりご自由に。
書類の内容は天界の名に誓って、全て虚飾のない事実です」
「覚えてないことも多いし、正直ちゃんと読むのは遠慮したい、かな。
ていうか全部読む人とかいるのかこれ」
「天寿を全うされた方などは。
昔を懐かしんで読みますね」
「あぁなるほどそういう・・・」
卒業アルバムの文集じゃねえぞ。
「それでは書類の内容を了承したということでこちらにサインを」
「あーい。
さらさらさら~っ、と」
「では資料は回収させて頂きます、代わりにこちらをどうぞ」
受付のお姉さんがカウンターの下から取り出したのは、まんまipadみたいな機械だった。
言われるままに受け取った俺。
「・・・は、ハイテクすぎじゃねーか?
ま、まあいいか・・・・」
なんと言えばいいのか、小説でいう戦慄らしき感情を覚えた。
天界の近代化とか宗教家が噴火を起こしそうだな。
俺的にもロマンがなくて残念だ。
嫌と言うほどではないにしろ。
「・・・あー・・・なになに・・・?
転生用ポイント?」
「貴方の悪行善行を総合評価して与えられる、死後を左右する得点です。
強盗強姦放火殺人その他悪行を犯すとマイナスとなり、溜まったポイントの分地獄で罪を清算してもらいます。
逆にポイントが多いと天国に行けます」
「・・・・現代的というか現金というか、見も蓋もなさすぎじゃ」
そもそもおっかねえシステムだなオイ。
「死者の年代を加味してのプレゼン方法です。
もっとお歳を召した方にはそれなりのやり方で説明をします」
「まあ確かに分かりやすい。
・・・・・・か?
ふむ。どれどれ、俺のポイントは・・・」
細かいポイントのプラスマイナスを説明した画面をスクロールしていくと、総合評価ポイントという画面があった。
そこには衝撃的すぎる文字が。
「・・・・・・い・・・1・・pt・・・?」
画面を何度スクロールし直そうが、目頭を丁寧に揉みほぐそうが俺にはそう書いているように見える。
逆にそうとしか見えん。
「・・・あ、あの?
何かの間違いじゃ・・・・?
流石に少なすぎじゃないかなーって」
「いいえ。ご覧の評価が貴方の人生の得点です」
人生の得点とか言うなよ!
こちとら1ポイントですよ?
完全に人生失敗してるじゃないの!
まあけして成功してるとは・・・そりゃ・・言わんけどさぁ・・・・。
「何故だ。俺が一体なにをしたと・・・いやわりとやらかしてるな色々と」
「不服であればもう一度資料をお持ちしますが?」
「い、いや。結構デス・・・・・」
あれにきっちり目を通すとか、それ自体が俺には地獄そのものだ。
ていうか目を通したところでどうしようもある気がしない。
「・・・で・・・・1ptってどうするんです?
カードでジャンケンする船でポイントでも増やすの?」
悟りの世界が見えた俺は、質問の仕方も大分雑になっていた。
負けると100万年地下収容所行きなんですね。
わかりません。もういや。
「どうもしません。
天国に行くにはポイントが足りませんが、地獄に行く必要もありません。
ポイントを振り分けて転生して頂きます」
「転生?」
「新たに赤子として生まれ変わります。
生前の記憶は消え、まったく新しい人生の始まりです」
「はぁなるほど。
死んで即転生とか貧乏暇なしみたいでやだなぁ。
まぁ記憶が消えるんならそれも覚えてないか。
で?ポイントの振り分けって?」
「ポイントを消費してある程度、生きていく上でご自分が有利な状況を指定して生まれる事ができます。
例えば平和な国に生まれたり、多少裕福な家柄に生まれたり、強靭な肉体や何らかの才能を持って生まれたり。
逆にポイントの干渉を受けない要素は完全にランダムとなります。
国も家柄も能力も、生まれる世界さえ」
「――――――世界!?
せ、世界って、俺らが生きてる世界以外もあるんすか!?」
「当然です。
この宇宙に限っての話すら、ご自分の生きていた地球の小ささを知らないわけではないでしょう。
まして宇宙の囲いを越えれば世界など三千大千を遥か超えて星の数ほど存在しています」
「も、もしかしてその中には
剣と魔法のファンタジー的な世界も・・・っ!?」
「無論あります。
高いですがポイントで指定もできますよ」
FOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!?????
「ぐぁああああああ!!?
馬鹿なっ!?バカナァアアアア!!?
何てことだ!?こんなことが!!?」
何故!ナゼ俺は生前に善行を積んでおかなかったんだ!!
バカ!俺のカバ!
金髪エルフとキャッキャウフフできたかもしれないのにィイイイイイ!!
「そんなに煩悩だらけで
思い通りに生まれられる程の善行なんて
積めるわけないでしょう」
「ぐふぁっ――――!?」
お姉さんの言うことがこれまでにないぐらいグサリと刺さった。
「まぁ1ptで選べるものなんてたかが知れていますが、折角の機会ですしゆっくり選べばいかがです?
9割方買えませんが」
「ううっ・・・・くそ、お姉さんが冷たい」
「普通です」
出荷される豚さんを見るような冷たい目で見られたので、ポイントを増やしてもらう交渉は諦めてカタログ代わりの機械を眺める。
「どれもこれも高いなー」
すげー、絶対音感とか魔法の才能とか
美意識なんてのもある。
だが高い。ヒジョーに高い。ワロス。
「お姉さーん?
この辺のすごそうな才能とか、買える人いるんですかー」
「買えないものは置きません。
ただし大抵の人はもっと安定志向です。
無理せず買える範囲の安いものをいくつか買われるようですね」
「例えば?」
「比較的普遍的な魔法の才能や肉体的な健康、生まれる国の治安、あとはパラメータボーナスに振り分けたり」
「パラメータボーナス?」
「気付いておられないのですか。
カタログのページを変えると固定の才能ではない能力にポイントを振れます。
肉体、知力、精神力、魅力、運、器用など。
ただし上げていくほどポイントが重くなります。
器用貧乏ならまだしも、完璧超人は無理ですね」
「もろゲームのステータス振り分けだコレ・・・」
「そうですね。
わかりやすくなるように似せていますからね。
なので早く決めてください」
「さっきはゆっくり決めたらって
言ってたのに・・・!?」
「どうせ1ptじゃステ振りぐらいしかできないので。
途中で現実を見るのが嫌になってすぐ終わると思って」
「ひ、皮肉だったのかよ!!
でも事実っぽいぞソレ!」
話をしながらもずっとカタログを見ていたのだが、たしかに1ptで買える才能や安全保証などない。
どれかの能力に割り振って終わりっぽい・・・?
面白味ゼロだよ!!やっぱ現実ってクソだな!?
「中流階級にさえ生まれられないとかマジ終わってるにゃー。
やだ、もしかして俺の来世って・・・詰んでる?」
今世も詰んでたのに?
はは、ありえない・・・。
嘘だッ!!
そんなことがあっていいはずがない!!
「別にポイントで指定しなくても裕福に生まれる事もありますよ。
石油王の息子に生まれるような方はほぼ間違いなく偶然です。
逆に磐石のポイントで生まれても、赤子のまま死ぬ可能性だってありますし」
「詐欺じゃねーか!!」
「人聞きの悪い。
と言いたい所ですが、赤子のまま死ぬと流石に善行の詰みようもないので、そういう方には救済ポイントを差し上げています」
「救済!?
ず・・・・・ずるい!!
俺にもくれよ救済ポイント!!」
「失業保険や年金じゃないんですから・・・
というか貴方の場合は救済要素ゼロです。
死因も自業自得の範疇ですし」
「世知辛え・・・・」
「そもそもポイントで出来る事なんて、たかが知れています。
少し安全を選べたり他人にない要素が付いたり不便をしないぐらいの事です。
世界を救った勇者様だって、次の転生で望んで勇者に生まれる事なんてできません」
「ケチだなぁ。ブーブー!」
「平等と言っていただきたいですね」
「死んだ後にまでその言葉を聞くとは・・・」
自由、平等、正義、どれ一つとして存在を信じられない人生だった・・・。
映画か二次元の中だけだよそんなもんあるのは!
「・・・・・・で?
どのステータスに割り振るか決めましたか?
1ptぐらいどれに振っても同じですよ」
「投げやりすぎる!?
嫌じゃぁ!
ワシは絶対にボーナス買って
ネトゲ的ファンタジー世界へ行くんじゃあ!!」
「現実を見ろ」
「ツッコミまでやる気ないだと!?
死者の扱い酷くない?
マジでステ振りして後は運を天に任せるしかないってのか!?」
勝てるわけないじゃんそんなの!!
運でどうにかできるならこんな死に方しねーよ!
客観的に見ると、日本に生まれたのは決定的な勝ち組ラックだったのかもしれんが・・・。
60分の1か、凄いようなそうでもないような。
ん・・・・・・待てよ?
「・・・・・・あれ?
1ptで買えるボーナスがあるぞ」
もう内容ではなくポイントだけ見てた俺は遂に1ptで買えるボーナスを発見した。
内容は・・・・
「・・・・・ランダム能力取得?」
「見つけてしまいましたか」
「え?なになになに」
天使はやれやれという顔をした。
「外して喚かれても面倒なので、いっそ見つけないまま転生して頂きたかったのですが」
「アンタ本当に天使か!?
果てしなくどす黒い毒が口から染み出てるんですが!?」
「それは貴方のような欲の皮の突っ張った愚か者でも来世に夢が持てるよう、神々が慈悲と面白半分で与えたいわゆる宝くじです」
「俺のツッコミは無視かよ。
ていうかどうして俺は意味もなく蔑まれてるの?
いつからかみんなやるようになったけど流行ってるの?
それとも村の固いしきたりか何か?
ムラハチなの?俺を蔑まないと陰湿な社会的リンチでも受けるの?」
「鏡見たら謎が解けますよ?」
「端的にひでえ!?」
「まあ所詮は宝くじ、9割9分9厘役に立たない外れ能力なので期待しないように。
そもそもこれに人生変わるような意味があるなら、世界の人口はチートで溢れてしまいますからね。
せいぜい他人より少し髪の毛が伸びるのが早くなるとかそんなんばっかりです。
貴方の場合は前世で他人より少し性欲か食欲が強くなる能力でも引いたんでしょうね」
「最悪の言われようだが否定もできない」
「気休めでも能力に振ったほうがまだマシだったことが多いのも事実です。
それでも宝くじひきますか?
宝くじで誰か一人に一億円が当たるのは、全国の庶民が一億を軽く超える損をしてるからなんですよ?」
「もちろん。
私はここでチート当ててエルフや猫耳娘と幸せに暮らすのですから」
「だから説明したくなかったんですよ。
外して泣くほど落胆するのが目に見えてるから」
「うるせェエエ!引くったら引くの!」
「はいはいそうでしょうね。
じゃあはい、これどうぞ」
だんだん最初と違うキャラになってきている気がする天使のお姉さんから、カウンターから取り出した一冊の本を渡された。
「なんですこれ?
結婚式の引き出物選ぶやつ?」
「似たようなものです。
表紙の魔法陣に手を乗せて頂くと魔法陣が反応して勝手にページが開きます。
開いたページに載っているのが貴方の能力になります。
自分で無理にページを開けようとしても絶対に開きません」
ipadが出てきたと思ったら、こんなファンタジーなアイテムもちゃんとあるのか……。
来世の命運を決めると言っても過言ではない一瞬に、ごくりと唾を飲む。
本に乗せる右手が震えていた。
「緊張しようが集中しようが時間変えて乱数ずらそうと足掻こうが出る能力は変わりませんよ。
TASさんにでもなったつもりですか?」
「ちょっと黙っててもらえますか。
とはいえそれも真理か……。
ええい!ままよっ!」
天使の蔑みの視線を受けて、俺は覚悟を決めた。
カウンターに乗せた本の表紙に手を重ねる。
と、表紙に描かれた魔法陣が淡く光った。
「診断が終わったので手を放して下さい。
あとは本が勝手に開きます」
「……………!」
バクバクする心臓を抑えながらゆっくり恐る恐る手を放すと、それとは反対に本が猛烈な勢いで開きページがめくれ始めた。
横から扇風機でも当てたみたいである。
「止まりましたね」
天使の言葉通り、本の動きがスイッチを落としたようにピタリと止まった。
俺は一年溜め込み続けたクリスタルで連続課金ガチャを引いたときのように、祈りながらページを覗きこむ。
このあと俺が泣き叫ぶのを予想しているらしい天使も、確認する必要があるのだろう、溜め息をつきながら上から本を覗きこんだ。
肝心の中身は…………。
「え」
「え?」
「「…………えぇえええええーーッ!?」」
大の大人と天使の二人がすっとんきょうな叫びをあげた。
俺達が覗きこんだそれは、よくチートとされる経験値激増でもなければスキルのコピー能力でもなく、魔法を見ただけで覚えられたり疲れずに動き続けられたりステータスを操作する成長チートでもなく、その幻想をぶち壊したり攻撃を全反射できるわけでもない。
無敵か?と聞かれると首を傾げざるをえない。
しかし最強か?と聞かれるとそれもありえる範囲な気がする。
それは紛れもなく、俺の目には“当たり”に見えた。
聞けば誰もが欲しがる能力に思える。
むしろ本来の使い方の“チート”に近い。
「あの……これって……?」
それも俺のようなニート野郎向けの、即物的と呼んでもいい能力である。
そして天使に至っては俺以上に驚き動揺していた。
「まさか……ありえない……っ!!
レアリティ:黒ですって……!?
禁忌級の能力、世界崩壊もありえるチートじゃない!
この本、こんな能力まで入ってるの!?」
天使は青ざめている。
恐れ戦いている、と言ってもいいほどだ。
現実を受け入れられない、と言わんばかりの顔をして、俺の方を睨み付けた。
「じゃ、じゃあやっぱりヤバいんですかこれ?」
「これがヤバいなんて軽いものに見えるんですか貴方は!?
まったくとんでもないものを引き当ててくれましたものですね!
私も長く死者の裁断をやっていますが、ランダム取得で黒引きなんて初めてです!
あぁ頭痛い……!!」
言葉通り頭を抱えた天使の頭が痛いとは、あながち比喩でもなさそうだ。
「とにかく!レアリティ黒の能力の授与に関しては特別な手続きが必要になります。
永久に転生を凍結されて封印されたりしたくなければ、大人しく私に続いて上司による査問を受けて下さい。
面倒増やしてくれやがって死ね」
「いやー参ったなあ、天界が大騒ぎするほどかー。
ヤバいなー、大事に使わないとなー。
お前が死ね」
どっかのゴリラが書いた漫画で見たことあるようなやり取りをしながら、既に調子に乗りつつある畜生がここにいた。