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ちょっと霊感少女・奈緒  作者: 五十嵐。
ずっとそこにいた
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 こっちから行ってもいいかどうか連絡しようと思ったけど、あれからすぐに美咲から連絡してきた。

「ランチ、作るから、また遊びに来ない」


 理由をつけて訪れる手間が省けた。私はまた聡を連れてお邪魔をしていた。

 美咲は、スパゲッティを作ってくれた。先日の話でどうしてもみんなで食べたいと思ったらしい。

「本日のメニューは、たらこをまぶしたスパゲッティに、自分の好みのトッピングをするということにしました」

 納豆といくら、梅しそ、炒めてある玉ねぎとマッシュルーム、刻みのりなどが用意されていた。


「うわあ、うまそう。全部トッピングしちゃってもいいかな」

 聡がそう言った。

「えっ、全部? 素材同士がケンカしちゃわない?」

 私がそう指摘する。


「大丈夫、全部混ぜるんじゃなくて、ピザみたいにここには梅しそ、ここには納豆を置く。そうすればその部分はその味が楽しめるだろ」

 美咲が笑いながら聡を見ている。

「いい考え。私もそうしちゃう。本当に聡くんって楽しいよね」

 結局私達は、聡に習い、美咲が用意してくれたトッピングを全部使った。なんて贅沢なんだろう。


「もう夏休みが半分終わっちゃうね。なんか気が重い」

 高校二年生だから受験に向けて勉強中心になっていく。特に美咲の学校は進学校だから、夏休みもかなり勉強をしているらしい。

 耳が痛い。聡にすれば私よりももっと耳が痛いはずだ。聡は私が参加したから、一緒に二週間集中の夏期講習を受けたが、その後は毎日のようにサッカーの練習に溺れていた。


 今回、聡は霊感探偵の助手としてなかなか役に立ってくれている。やはり三人の方が会話もスムースになるし、間が保てる。聡がうまく美咲との会話を盛り上げて、二人が話している最中に、私は例の食器棚の奥の地縛霊に集中していた。


 やはり、その目はこっちを見ていた。向こうも私だと認識しているのがわかった。なんとなくだけど、場の空気が変わったからだ。それは決して悪いものではないとわかった。

 そしてさりげなく、母に言われていたことを美咲に尋ねた。現場情報を知ることにより、その地縛霊の存在がよりわかるということだから。


「ねえ、この洋間って新しいけど、いつ改築したの? いいよね、和室と洋室が一緒になってる部屋って」

「そうね、冬は和室に炬燵がおけるから便利よ。ここは五年前に増築したの。元々はお祖母ちゃんの部屋だったの。狭い六畳間だったけど、こじんまりしていて好きだったな」


「お祖母さんの部屋? ここ全部が?」

「うん。六年前に亡くなったの。その後、壁を壊してもう少し広げた」

 そうか、お祖母さんの部屋だった。するとあの目は、美咲のお祖母さんなのか。


 そう思って食器棚に目を移す。

 はっきり見えた。優しそうな目が笑っていた。そして左目じりに小さなほくろ。きっと私がそのことに気づいたから喜んでいるようだった。

「お祖母さんって、目のところにほくろがあった?」

 私が急に立ち入ったことを聞いたから、美咲が驚いている。

「あ、うん。左目じりにね。昔は泣き虫だったから、泣きぼくろがあるんだってよく言ってた」


 美咲はそう答えながらも、なぜ私がそんなことを知っているのか不思議そうにしていた。美咲には私が霊感があることを知っている。だから私が言うよりも早く気づいた。

「あ・・・・もしかして、見えるの? お祖母ちゃんのこと、ねえ、そこにいるの?」

 気味悪がられたらどうしよう。そういう躊躇しながらもうなづいていた。


「ん、いる。私には目だけしか見えないんだけど」

 美咲は宙を見るようにして、祖母の姿を探していた。

「あそこ。食器棚のとこ」

 中にいるとは言えなかった。

 美咲は言われたように食器棚の方へ行く。


「お祖母ちゃん・・・・。ごめんね。そこにずっといるってことは、私達を怒ってるの? ごめんなさい。一人にしてしまって・・・・」

 美咲が声をつまらせる。そして、食器棚の扉に抱き付くようにして泣いていた。私達はどうしていいのかわからずにいる。私には食器棚の奥にいる目が悲しんでいるように見えた。

「美咲、大丈夫?」


 美咲は涙をぬぐいながら私達の方を見た。

「あ、ごめん。お祖母ちゃんね、一人で死んだの。あの日、皆で食事に行こうって言ったのに、お祖母ちゃんは頭が痛いから家で寝てるって言うから、私達だけで出かけてた。帰ってきてもてっきりお祖母ちゃん、よく寝てるんだと思ってた。けど、一度も起きてこないからお母さんが様子を見に行ったら・・・・もう息をしていなかったの」


 ああ、なるほど。母の言う通りだ。お祖母さんは寝ていて、そのまま息を引き取ったのだろう。だから、自分が死んだという意識がないのだ。霊には時間の感覚がないから、いつものように起きて、忙しそうにしている家族を見守っていたんだろう。


「私達、最期に一緒にいてあげられなかったの。一人で寂しかったでしょうに・・・・だから、お祖母ちゃん、きっと私達のこと、怒ってて、ここにいるんだ」

「あ、それは違うと思う」

 美咲が、お祖母ちゃんの霊がここにいるのは最期の時、誰もいなかったからだと思っている。でも、それならあんなに淡々と美咲のことを見守ってはいられないだろう。寂しかったとしたら、そのことをもっとアプローチしてくると思った。


「お祖母さん、たぶん自分が亡くなったこと、わかっていないんじゃないかと思う」

 そういうと美咲が首を傾げた。

「まさか」


「だって頭が痛いって言って寝てたんでしょ。そしたらそのまま・・・・。突然死とか事故って、死ぬっていう認識がないまま、自分が死んだことがわかっていないこともあるんだって。もしかしたら、お祖母さん、ずっとそこにいて、いつものように美咲たちを見守っているんじゃないかな。だってね、こっちを見ている目は全然怒っていないし、寂しそうにしていないの。ここは応接間になって、いつも誰かがいるから、そんな気がしないんでしょう」

「本当に?」


 私は食器棚の奥を見た。美咲が具体的にその時の状況を話してくれたからだろうか、さっきよりずっと鮮明にお祖母さんの顔が見えた。本当にそこに座って、私達を見守っているようだ。ただ、非現実的な様子は、お祖母さんは棚の中にいるということ。その頬に皿があり、その頭には仕切り板が刺さっているように見えた。私がその皿を退けてやるとその目がかすかに笑った。

 私は美咲の手を取り、お祖母さんの顔の輪郭を確かめるように教えてやる。


「ねえ、ちょっとお母さんに連絡してみる。聡、美咲の側についていてあげて」

 聡もその状況をわかっていたから、真剣な目でうなづいた。


 私はそっと廊下に出て、母に電話をした。美咲から得た情報を告げる。

 母は一言、それなら家族一人一人がお祖母さんにお別れの言葉を送ればいいんじゃないかと言った。そして、家族がいる部屋をお祖母さんがいつも見られるようなところに仏壇を移動することも。そうすれば皆がいつもお祖母さんのことを思い出せるし、手を合わせられ、語り掛けることもできる。仏壇はあの世からお祖母さんが家族の顔を見られる窓のようなものなのだと私は思った。


 その旨を美咲に伝えた。お祖母さんの位牌のある仏壇は、隣の和室にあったが、襖の陰に隠れていて見えない。

「お父さんと相談して、お祖母ちゃんがいつも見えるところに移動する」

 そう美咲は言った。



 その後、美咲からメールがくる。

 お仏壇を洋間の一番いいところに移し、一人一人がお祖母さんに語りかけて成仏してくれるように、そして家族を見守ってくれるように祈ったという。


 私は安心した。美咲の家族がそんなことを信じてくれるかどうかちょっと心配だったからだ。それをすんなりと受け入れてくれたということは、他の家族も何となくそれを感じていたのかもしれない。


 母もなんとかおさまったことに気をよくしていた。


「ああ、よかった。今回はその家のお祖母さんだったから丸くおさまったのよね」

 母が意味ありげな言い方をする。

「無理にことを急ぐと、向こうの機嫌を損ねちゃうことってあるの」

「えっなに、それ」


「いい? あちらさんはもともとこの世に生きていた人なの」

 うん、それはわかる。

「普通の人に接するみたいにしないといけない。そしてその美咲ちゃんって子が、お祖母さんの霊がそこにいることを受け入れてくれたからいいけど、もし、彼女が霊を恐れたらどうする? 家族がその洋間を恐れることにでもなったら? 今まで家族に気づかれなくても満足していたお祖母さんの霊、余計なことをしてくれたって、怒ると思わない?」

 まあ、そうかなと思う。でも今更そんなことを言われても困る。

「打ち明け方、もう少し勉強した方がいいかも」


「もうっ、それならもっと早くそう言ってよ」

 私はそう叫んでいた。私だってかなり唐突に言っちゃったかなと反省はしている。気味悪がられたらどうしようって思った。そうか、美咲が受け入れてくれたからよかったんだ。今度からは相手が霊という存在を受け入れられるのかどうかを探ってから打ち明けた方がいいんだと思った。


 母が昔を思い出して、その理由を語ってくれた。

「お母さんね、中学の修学旅行の時、失敗したの。泊まるホテルの部屋に地縛霊がいた。しかもその霊、壁の中にめり込んでいた。顔だけが出ていたの。それに気づいたのは私だけ。他の友達は全然、気配さえも気づいてなかったの。そのままにしておけばよかったのよ。ただ見られていただけなんだから。それなのに、私、食堂から海塩をもらってきて、いきなりかけちゃったの。悪霊退散っていう感じでね」

 私はごくりと喉をならした。

「そしたら、霊に噛みつかれた」


「えっ、噛みつかれた?」

「そう、指にカッターで切られたかのような傷、ざっくりとね」

 すごい、それ。


「私、余計なことをしてしまったの。その地縛霊は別に悪さをするつもりもなく、ただ、そこにいただけのこと。私が見えたから、向こうもこっちを見ていた。たった一泊だけだったのに、そんなことをしちゃった。誰だっていきなり塩をまかれれば怒るわよね。それに同級生にも気味悪がられたの。いきなり塩をまいて、指から血を流すなんて、信じられないって。その後はしばらく悪霊に憑りつかれた女ってことで学校中の話題をさらったってわけ」

 お母さん、そんなこと淡々と言ってるけど、つらかったんだろう。

「いじめられなかったの?」

 そういうネタはいじめっ子が喜びそうだ。

「私が? まさか」

 母は、アハハと笑った。

「いじめられそうになったら、あなたの後ろに霊がいるって言っちゃう。そんな私に誰も意地悪なんかしない」

 転んでもただでは起きない頼もしい母。



 なにもかも解決したと安心したその夜、私はふたたび美咲からメールを受け取っていた。その文面を読んで、ぎょっとした。


《ねえ、もし、本当に聡くんとのこと、ただの友達だったら、私がモーションかけてもいいかな》 


 美咲のメールに、すぐ返信できなかった。確かに聡とはつきあっているわけではない。けれど、美咲と聡がつきあうなんて考えると複雑だ。けど、今更なんて言えばいいのか。

 改めて思う。私達ってなんて中途半端な関係なんだろう。


 その後、すぐに聡から電話があった。

「なあ、美咲ちゃんから映画の誘いがあった。奈緒は行かないんだって?」

 聡の声には戸惑いの色がある。

「あ、うん。ちょっと用事があってね。いいじゃない、行っといでよ」

 私はそう言ってしまっていた。


「私はお墓にいません~」みたいな歌詞の歌がありました。亡くなった方の霊はお墓に留まってはいないという意味なんだと思うのです。でもお墓や仏壇はあの世とつなぐ窓のようなものだと思うので、お墓に行って、語り掛けてもいい。霊はあの世からこちらを見てくれているそうですし、仏壇、墓以外のところでもその亡くなった方のことを思い出せば、気づいてくれる、そう思っています。供養などは生きている人たちの心を落ち着かせるためもあるということです。


私の家には仏壇はありませんし、お墓も遠く、お墓参りも行かれませんが、写真を見てお水を取り替えています。チィ~ンという鐘のミニチュア版でその場の邪気も払っています。

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