17 美貴
美貴の家族は破たんしていた。
それでも美貴が中学生の頃までは、笑い声も起こり、みんなで食事に出かけることもあった。だから、割と普通の家庭だと思っていた。
父親は仕事人間で、朝早くから夜遅くまで会社にいた。たまに休みは家で寝ていることが多かった。性格もおとなしく、真面目で羽目を外すということを知らない人だと思う。
母親は、昼間パートにでていたが、一つ違いの妹が中学へ入ると勤務時間も増え、責任ある仕事を任されるようになった。忙しいが、やりがいがあると笑顔で言っていた明るい母だった。
父と母はすれ違い夫婦だった。破たんした理由は、滅多に顔を合わせることがないからなのかと思ったが、母に言わせるともう美貴が生まれたころから、父はそこにいるだけの存在だったという。
そんな母が爆発したのは、美貴の高校受験の時だ。
美貴の志望校は、地元でも一番大きい進学校で、かなり倍率も高かった。その当時、美貴の成績は中の下。あまり熱心に勉強をしなかった。ランクを一つ落とした方がいいと担任に言われていた。
母はずっとそのことを父と相談したかったらしい。そう言っても今は忙しいとか、時間がないとかわされていた。それでも話をしたいと、夜遅くまで起きて待っていた時の会話で、爆発したのだ。
今まで父は子育てに全く口出ししてこなかった。たぶん、父は美貴と妹が何学年のどのクラスにいるなんてことも知らないと思う。急に美貴の相談事を持ちかけられ、どう思うかなんて言われてもなんて言っていいかわからず、困ったのだろう。
「お前のやりたいようにすればいい」
そう、いつも言っている台詞だった。
しかし、母は逆上した。
娘の進学のことを、お前がやりたいようにって、どういうことだと。母が決められることならとっくにそうしていたが、娘の将来のことだった。少しくらい考えてくれてもよかったはずだ。
先生はなんて言ってる? とか、美貴は?、お前はどう考えているんだと聞いてくれれば、まだ答えることができた。
母は完全に父を見限った。
それからは、母が父の食事の支度や洗濯をすることを拒否した。今までそれをすることで最低限、家族として繋がっていたのに、それすらもなくなっていた。
それに父の休みの日には、父の寝ている部屋の前で、聞こえよがしに皮肉や嫌味を言った。
さすがにそれがずっと続くと父も黙っていなかった。今まで何も言わなかった父が感情を表にだし、母を怒鳴りつけるようになった。いつも喋らない人が突然怒るのは怖い。
母がまくしたてると、一言「うるさい」「黙れ」と一喝した。その声は美貴を心底震えさせるように恐ろしく響いた。
喧嘩が始まると二人で部屋に閉じこもる。耳を塞ぎ、ベッドの中で泣いたこともあった。
二人は美貴のことで喧嘩をしているんだと思い込んでいた。それなら、自分が頑張ればいい、無事に合格できれば、また、以前の生活に戻れるかもしれないと、真面目に勉強をした。
そんな甲斐あってか、第一志望校にみごと合格したが、父と母の仲はよくならなかった。
やがて、母は今年一月早々に妹を連れて出て行った。
そのこともショックだった。美貴は父と一緒に置き去りにされた。母と一緒に行きたかったのに、母は美貴ではなく、妹を選んだ。
母は、実家に身を寄せていた。そこからだとかなり遠いため、美貴がせっかく合格した高校へは通うことができないと考えたらしい。だから、高校を卒業するまでということで、美貴を置いて出て行った。
しかし、美貴はそんな母の言い訳を聞いてはいなかった。理由なんてどうでもよかった。事実上、美貴は母に捨てられたのだ。
なぜ、美貴は選ばれなかったのか。それは父に似ているからだとわかった。妹は母似でかわいい。それほど努力しなくても成績はいいし、愛嬌もあった。それに比べて美貴は、気が利かないし、ぼうっとしているところが父に似ていると母が言っていたのを思い出した。
美貴は父と共に捨てられたのだ。