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聡は、ゲームコーナーで他の客の小学生の男の子と、楽しそうにもぐらたたきをして遊んでいた。あんなに背が高くなっても、顔を輝かせてはしゃいでいる聡を見て、心は童心なんだからって思う。笑ってしまう。
聡が、入ってきた私に気づいた。
「夜の散歩、どうだった?」
「うん、おもしろかったよ。暗くて景色が見えなかったんだけど」
そう言って笑った。
「少し遊ぶか。相手してやるぞ」
「ううん、私が聡を負かしちゃったら悪いから、やめとく」
「なんだ、それ」
聡がちょっとわざとらしく、大げさに笑った。
私達はロビーのフカフカのソファに座った。目の前には売店があった。そこにいる客たちを目で追っていた。
「最近、ちょっと気分がすぐれなかった。そして、今朝になったら全然体が動かなかったの。そのまま車に乗せられてここへきた」
「そう・・・・・・だってな」
母から大体の状況は説明してくれていたようだ。
「家から離れていくと、ドンドン身体が楽になっていくのがわかった。母がいうのには、スマホを使った何かが私を襲ったんだって」
生霊という言葉はあまりにも恐ろしすぎて使いたくなかったから、そういう言い方をした。
「そうか・・・・・・」
言葉少なに答える聡。どうしたんだろう。なんかいつもの雰囲気とは違う。
「なに? どうしたの。言いたいことがあるなら言って」
「う・・・・・・ん」
目までそらしてくる。言いたいことがあるってバレバレ。
「ねえ、お願い。言ってよ」
私が少々きつく言った。
「じゃ、言うけど。怒るなよ」
「わかった」
そう答えたが、それはその理由次第だろう。
「奈緒はさ、今日、オレと映画に行きたくなくて、ドタキャンしたんじゃないよなっ。本当に体が動かなくなったんだよな」
「え・・・・・」
聡と行きたくないから、身体が動かないという嘘をついたって思われてたの?
「本当はさ、別の映画が見たかったのに、しかたなくつきあってくれていたとか? それか、オレに飽きちゃってたとか?」
まさか、聡が私をそんなふうに疑っていたとは思ってもみなかった。そんなに私は信用がないのか。私達って一体なんなの。
猛烈な怒りがこみ上げた。
「私、本当に体が動かなかったの。聡と映画を見たくないんだったら、私ははっきりという。母に電話をしてもらってまで嘘なんかつかない」
つい、怒鳴っていた。
「ほうら、怒った。絶対に奈緒は怒ると思った」
ブツブツと聡がぼやく。
「あ、ごめん。それは謝る。けど、私だって楽しみにしてたの。映画もだけど、聡と出かけることの方がうれしかった。それなのになんでそんなウソまでつく必要があるの。訳わかんない」
売店から出てきた女性がびっくりしてこっちを見ていた。声が大きかったようだ。
「そうだよな。奈緒らしくないって思ったけど・・・・・・」
聡はつづけた。
「奈緒のお母さんから、伊豆へ来てくれって言われたのも変だって思った。それだったら、オレとのドタキャン、全然意味ないし、おじさんがここの駅まで迎えに来てくれた時もいつものようにニコニコしていたし、奈緒の嘘に加担しているって思えなかった」
「ねえ、そもそもなんで私が嘘をついているって思ったの? 今朝、身体が動かないって言うのに、今、ぴんぴんしているから?」
きっとまだ、私が床に伏せってつらそうにしていたら、信用されていたのかもしれない。昨日まで普通にしていた私が急に動けなくなったってこと、確かに信じられないだろう。
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
また聡が口をつぐんだ。
言いにくそうだった。なにか、まだあるの?
「ね、今日、何があったの。全部教えてくれる? 私、誰かに妬まれているらしいの。今度こそ、怒らないでおとなしく聞いてるから」
「そうか、じゃ」
それでも聡は床に視線を落とした。ブツブツとつぶやくように語り始めていた。
「奈緒のお母さんが、うちの母へ連絡してくれた時、オレ、嘘だろうって思った。その時はただ、行かれなくなったっていうだけで、理由がわからなかったんだ。ちょっと怒ってた。なんでオレに直接電話してこないんだって。すぐに奈緒に連絡したけど出なかった」
「ああ、スマホ、私の部屋に置きっぱなしになってる」
そして、母があの部屋を封印したのだ。
「オレ、奈緒が来ないなら、また次に見ようって思って帰ろうとしてた。その時、奈緒の友達も来るって言ってただろう。その中の誰かに映画のチケット、譲ろうって思いついて、待ってたんだ」
「あ、みんな、もう買っていたでしょ」
「うん、けど一人、チケットを持っていなかった。えーと、名前、忘れた。その人が買い取るって言ってくれた」
誰だろう、いつものメンバーは一緒に買ったはず。もう一人って誰? そして聡も名前、思い出せない人。
「ねえ、それって・・・・・・誰?」
「クラスが違う。最近、よく奈緒たちと一緒にメシ、食ってる子」
美貴だ。
そのとたん、なんとなく欠けていたパズルのピースが浮上し、全体が見えてきたような気がした。
「あの子の顔は知ってた。四月からずっと熱心に、サッカー部の練習、見てたし。あの子、吉沢のファンなんだ。夏前までずっと毎日、毎日だぜ、練習を見に来るんだ。冷たいジュースとか差し入れしてくれたりして」
そんなことがあったなんて知らなかった。
「でも、吉沢が・・・・・・。言うなよ、このことは誰にも言うな」
聡が怖い顔をして言う。
「わかった」
「吉沢、ストーカーされてた、あの子に。家の近くのコンビニに行くと必ず、あの子がいるんだって。それも、偶然、そこで会ったみたいな顔をして会釈してくるらしい」
「ええっ」
美貴の家は知らないが、近所に住んでいてもそう何回もコンビニで会うってこと、ないと思う。
「吉沢の家って、学校から遠いだろ。だから、あの近所で学校の人と出会うってこと滅多にないんだ。それを不思議に思って聞いてみたら、近くに親戚の家があるって言ったらしい。けどそれにしてもおかしいだろっ。そんなに親戚の家へ遊びに行かないよな。それにその親戚の人と一緒にいるとこ、見たことないんだ」
それはおかしいと思う。
「だから、吉沢、そのコンビニに行かなくなった。気味が悪いって」




