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母たちは今日の法事のこと、久しぶりに集まった親戚の話に花が咲いていた。
私は聡にきちんと謝らないといけないと焦っていた。突然、映画をキャンセルしたこと。本当に申し訳ないと思う。
チラリと聡を見る。向こうもこっちを見ていた。別に怒っている様子はない。
「あの・・・・・・聡。今日、ホントにごめんね。ドタキャンなんかして・・・・・・」
「う・・・・ん、いいよもう。過ぎたことだし」
聡がそう言いながらも、一瞬、何かを思い浮かべ、打ち消したことがわかった。そしてその話題は避けたいというように目をそらしていた。
母たちが一緒だから、言いにくいのかもしれない。本当はかなり怒っているのかもしれないと思った。
私が途端に沈んだ顔を見せたからだろう。聡が慌てて平気そうな明るい声を出す。
「マジで、いいって。気にすんな。その代り、次は奈緒がなんかおごってくれよ」
「うん、それはいいけど」
何かあった、そう思った。
映画を見たのか。礼香たちにいろいろと、からかわれたのかもしれない。聡は口だけを動かし、「あとで」と言った。ここでは言いづらいんだろう。
食事が終わり、母がわかってることを話すからと言ってくれた。どうやら外へ出るらしい。
私は聡とも話したいから、一階のゲームコーナーで待っててくれと言った。
母は旅館の人から懐中電灯を貸してもらう。そこまでして、この暗い夜に、外へ出る意味ってあるのだろうか。そう疑問に思いながらも、母たちの後へついて行く。
私達は、目の前にそびえる黒い山の方へ向かって歩いていた。その黒い影はものすごく大きく、私達に覆いかぶさってくるようにも見える。けれど不思議と、気味が悪いとか、怖いとか思わない。
なんだろう。ここの空間は、すべてを受け入れてくれる、そんな気の流れを感じていた。それは山からくるらしい。そしてこの場所に吹く潮風も、それをさらに引き立たせている。すごく心地よかった。
この旅館を好んで、毎年のように訪れる母たちの気持ちがよくわかった。
母が旅館の新館の建物の裏に、光を向けた。
「奈緒、あの建物の裏に何があると思う?」
「えっ」
そんなことをいきなり言われてもわかるわけない。そう思いながらも光が照らす方を目を凝らして見た。
建物と塀の間にわずかなスペースがある。そこにたくさんの影。所狭しと何かがあった。
「よく見えないけど」
「あれはね、お墓」
「えっ、お墓」
手前の一つに光を当てて、よく見ると小さな墓石がたくさん並んでいた。ものすごい数の墓石だった。
「ここって昔は墓場だったの?」
心地よい空間だと思っていたのに。
「違うよ。たぶん、この旅館って、江戸時代くらいからずっと代々受け継がれていたんだと思う。あの中にはそういう古い石がたくさんあった。ここの旅館の持ち主と奉公していた人々のものなんじゃないかな」
「ええっ」
「すごいでしょ。私達もそれを発見した時、ちょっとぎくってしたの。でも、ここのお墓の主は、みんな満足げに見守ってるって気づいた。旅館が繁盛しますようにってね。この新館が建てられる時、旅館の主人が申し訳ないっていう念を向けて、お墓をここへ移動したこともご先祖様たちはわかっている」
「旅館の人に聞いたの? そのこと」
「まさか、誰にも気づかれないように移動したのよ。客がそれに気づいたらダメでしょ」
母がその場にそぐわないくらい明るい声で笑った。
母たちがそういうのなら、そうなんだろう。私にも変な感じは伝わってはこないから。
母は私を見て、そして叔母に問う。
「どう?」
叔母は少し難しい顔をする。
「う~ん、今はいいけど帰ったらたぶん・・・・・・また」
「やっぱりね」
二人が重いため息をついた。
私はイライラしていた。何も教えてくれないから。
「ねえ、教えてよ。なにが起こってんの? なんで私、動けなくなっちゃったの?」
母が落ち着いた声で、ものすごいことを言った。
「生霊とその呪い。奈緒には生霊が憑りついてる」
「・・・・・・」
絶句した。
「死んだ人の霊が憑りつくのは死霊。生きている人の念もそういう霊のように人に憑りつくことがあるの。それを生霊って呼ぶ」
私は藁人形とか、式神のような物を思い浮かべた。あれも確か生きている人がそういう道具を使って、誰かを恨んだりすることだろう。
「それって私が誰かに恨まれているってこと?」
「ん、恨まれているって程じゃないと思うけどね。生霊って、飛ばしている本人が気づいていないこともあるの。妬む心をむけるだけで飛ぶこともあるから」
「そうなんだ」
「そう、普通なら振り払えるの。奈緒は特に感じやすいから、こうなっちゃったんだと思う。自分にないものを持っているとか、うらやましいってことが裏目に出て、妬ましく思われてしまったってこと、よくあるでしょ。普通、それは誰でも飛ばしている念だけど、今回はそれがなにかの形で奈緒に集中してしまった。だから、今朝のようなことになった」
そう説明されてもショックだった。
「学校の友達にそんな人、いないよ」
そうだ、そんなひどい事する人いない。
今度は叔母が説明をしてくれた。
「わかってる。でもね、相手は恨んでいると思っていないのかもしれない。ただ、自分の生活に面白くないことが起こったとするでしょ。親に叱られたとか、バスに乗り遅れて遅刻したとか、そんな他愛のないこと。そういうことを寝る前に考えるだけでもネガティブな念って飛ぶの」
その程度なら、私にもある。
「人の氣って、身体から一メートルくらいの範囲まで放出して広がってる。外からの影響を受けやすいのよ。いい氣を受け取るんだったらいいけど、悪いものも同じように受け取ってしまう。その落ち込みが大きかったら、いい氣を持った人までが、それに巻き込まれてしまう可能性もある」
「あ・・・・・・」
「それにもっと深い心配事、悩みを抱えていると、人をうらやましいっていう感情が、逆転してしまう。この人はこんなに恵まれているのに、なんで私だけ不幸なのって思う人、いるよね。そういうことなの」
「たったそれだけで生霊なんて飛ばせるの?」
「それに似た念は無意識に飛ばしてる」
「そんな・・・・・・。日常にあったことをただ話しているだけなのに、そんなことを人が考えているなんて思ったら、もう何も話せないじゃない」
悲痛な叫びになっていた。
高校生なんて、不平不満を友達に聞いてもらって、ストレスを発散させているのだ。それが思ったように話せないなんて、しかもそんなことで逆に念を飛ばされたらたまらない。
叔母は続ける。
「でもそれが人ってものなのよ。隣の芝は青く見えるって言うじゃない。誰でも悩みがあるのに、笑顔でいるだけであの人は恵まれている、幸せで悩みがないって思う。そんなもの。みんな、言わないだけで苦労しているのにね。たちが悪いのは、いい氣を放っている人をこき下ろすことよ」
ああ、わかる。あの明るい優衣だって、この間、上級生に目立ち過ぎだって言われていた。かなりショックだったらしい。そんなこと、わざわざ言わなくてもいいのに。
みんないろいろある。けど、それを出さずにいるだけなのに。
江戸時代のお墓、実話です。その昔、社員旅行で宿泊した旅館にありました。
「新館の建物の裏に、古いお墓がいっぱいある。江戸時代からのものもあった」と社長が発見。
窓は付いていませんでした。どうやら、社長はお手洗いの小さな掃きだしの小窓から外を覗いたらしいのです。私も這いつくばるようにして、そのお墓を見ました。下はコンクリートで固められていましたが、ものすごい数の墓石でした。できれば、教えて欲しくなかった事実でした。
こんな空間もあるんだな、とふと、思い出しました。古いお墓は怖くないんですね。




