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その夜は早く寝ようと決めていた。けれど、いざ、スマホ解禁時間になると使わないともったいない気がして、つい、いろいろ見ていた。
美貴と知り合ってから、ヘッド・ページも毎日見ている。だからなのか、多くの人たちが私のページを訪問したという足跡経歴がついていた。何も書いたりしていないのに、その数がぐっとアップしていた。少し気味が悪いくらいだった。
なぜだろう。美貴の友達ってことになっているからなのか。
翌日の土曜日。今日が休みだったらと思う。
頭痛がひどくなっていた。鎮痛剤を飲んでもよくならない。それに肩も凝っていた。痛いくらいパンパンに張っている。
その日の朝、父と母とは顔を合わせていなかった。父は休みだから、私が出かけるときもまだ寝ていたし、日曜日、月曜日と連休をもらう母は、今日、すでに出勤している。
いよいよ明日は両親が伊豆へ出発し、そして私は聡と映画のデートだった。
今日は背筋もゾクゾクしていた。風邪を引いたのかもしれない。授業に身が入らなかった。黒板をうつすのがやっとだ。後で礼香にノートを見せてもらおうと思う。
私は家へ帰るとすぐに部屋に入り、ベッドへもぐりこんだ。心配した母が一度部屋をノックする。
「奈緒? 大丈夫なの」
明日は私を残していくから心配なのだろう。
「うん、風邪みたいだから、このまま寝ちゃえば大丈夫」
「そう? じゃ、薬、置いとくね」
「うん」
私は目を閉じた。母もそうっと出ていった。
そう、その時の私は、本当にそのまま朝まで眠るつもりだったのだ。
けど、スマホ解禁の時間になると、目覚めていた。少し寝たから頭痛は少しおさまっていた。
ベッドに寝ながらスマホを手にする。
明日のこと、聡にもう一度念を押す。少し早めに映画館のあるショッピングモールへ行って、映画の前に朝ごはんを食べようとメッセージを送っていた。
そして、その後はいつものラインのチェック。みんなも明日からの連休、どう過ごすか、会話が飛び交っていた。
ヘッド・ページも訪問していた。美貴のページ、バスケのことが書いてある。
私はそこへ、いいね、ボタンを押し、いつものように終わろうとしていた。けど、ふと、なにかコメントを書いてみようなんて思いたった。
気分も少し良くなっていたし、明日は聡とのデートだ。心がウキウキしていた。
美貴のページ、バスケの君、それが上田だと知っている人は、ここにどのくらいいるのだろう。まったく美貴のこと、知らない人も大勢いるに違いなかった。
私は、美貴のことを知っている側として、何を書こうか思案していた。
たとえ、美貴がそのファンの一人だったとしても、毎日のように顔を出していれば、向こうも気づいているはずだった。その可能性を書いてみようかと思う。
美貴は、ただ、見ているだけで充分だと言っていた。でも、もしできることならデートしてみたいだろうと思う。
【バスケの君も美貴ちゃんのこと、わかっていると思うよ。いつも応援に来てくれている人って、意識しているかもしれないね】
これなら、当たり障りのないコメントだろうと思った。
すぐに美貴からコメントの返事が来た。
【コメント、ありがとうございます。そう言ってもらえるだけで、今まで陰ながら応援してきた甲斐があるって思いました】
そう書いてあった。その素早さに驚く。
夜のこの時間は、誰が見ている時間なのだろう。そして、美貴は私のヘッド・ページにもメッセージを送ってきていた。
【奈緒さんも、何か書いたらいいんじゃない。みんなが読んでくれるし、いろんな人と繋がれるよ。楽しいよ】
みんなと繋がる、確かにSNSはすごいと思う。ヘッド・ページに堂々と自分の顔写真を載せている人もいた。美貴も本名で書いている。それに美貴は、誰でも閲覧できる全体公開に設定していた。私にはそんな勇気はない。友達の友達までしか閲覧できない設定にしていた。
《明日、アタック・オン・タイタンを見に行ってきます。グロイらしいけど、竜馬君が出るから楽しみ》
そんな他愛のないことを書いた。それだけだ。それなのに、見る見る間に、いいね、ボタンが押され、その数が増えていった。美貴からのコメントもある。
《デートなんでしょ。好きな人とならどんな映画でも楽しいよね。竜馬君も素敵だけどさ》
それを読み終わる前に、次から次へ他の人からのコメントが入ってきた。それは知らない人たちばかりだ。
どれも、肯定的な、「うらやましい」とか「彼と行くんだ、いいな」、「その映画、見たい」などの簡潔なコメントだった。
なんだろう。急に人気者になったような気分だった。今までそれほど関心を持たれてはいなかった私のページが、他愛のないことをちょっと書いただけで、こんなに何人もの人が関心を抱いてくれた。
しかし、すぐに私は気づいた。それに対して返事を書かなければならないことに。一生懸命に考えて、控えめなことを一人一人に返し始めていた。
友人申請も半端じゃない数になっていた。
嬉しいというよりも戸惑っていた。別世界に入り込んだような気分だった。
その夜、私のヘッド・ページが落ち着くまで夜中過ぎまでかかった。それでもまだまだ訪問者はいた。もう本当に寝ないと、明日起きられないかもしれない。そう思って、やっとスマホを置いたのは夜中の二時。スマホ解禁時間、九時から十二時という約束が破られていた。




