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一瞬、美貴の顔に怯えが見えた。別人のような顔。
しかし、すぐににっこり笑う。いつもの顔。
「いやだ、私なんかに彼氏がいるわけないじゃない。いっつも片思い」
「そうなの?」
優衣が意外そうに言う。
香織がなにかを思い出したように言った。
「つい、この間はサッカー部の誰だったっけ、いつも練習、見てたよね」
ぎくりとしていた。
「あ、うん。そうそう。吉沢くんだったの。でも高嶺の花だから、今はバスケの上田君。すっごく恰好いいの」
「ああ、上田君か、彼もモテモテ男子だよね。ハードル高い人ばかり好きになるのね」
優衣が少しばかり呆れて言った。
「そう、自分でも困っちゃうほど面食い。でもいいじゃない。私の理想なんだからさ。かなわない夢って思っていても見てると幸せなのよ」
美貴の大げさな言い方に、私は芝居がかっているように思った。
「そうそう、バスケットって言えば、三年生の村上さんの彼女って知ってる?」
香織が噂話を始める。
話題が移っていた。なぜか美貴がホッとしているように思えた。
その時、一年生の女子、六人が私をじっと見て通り過ぎた。その後、コソコソと話し、笑っていた。なんか感じ悪い。
「なに? あれ」
「聡くんのファンでしょ。奈緒が聡くんの彼女だから、顔を見にきたんだよ」
礼香がそう言った。
「やだ、そんな・・・・」
それで笑われていた。きっともっとかわいい人だと思っていたんだろう。けど、それほどじゃないと品定めされていた。
「奈緒、人がなんて言おうと、奈緒は堂々としていればいいの。万人によく思われたいって思うことが間違いなんだから」
確かにそうだ。その通りだ。さっき、私は聡の彼女としてその子たちがイメージする可愛い彼女を演じられたらいいと思っていた。けど、そんなことは不可能だ。
テレビのアイドルがいい例だ。いくら歌がうまく、きれいでスタイルがよくても絶対に誰かが妬みのような悪口を言う。なんとなく嫌いということまで言われる。
それはみんな、自分が中心だからなんだと思う。自分勝手にいろいろ考えて、ストレスを発散している。人を妬んだり、うらやましがることは人としての向上心を養うことで、決して悪いことではないと聞いたことがあった。けど、なるべくなら、素敵な人には素敵だと言いたい。
周りの女の子の話を聞いていると、やはり家庭での愚痴や、成績、彼氏との心配事が多かった。
ふと節子を思い出していた。おばから教わったおまじないを。
「あ、私、悩みごと解決するおまじない、知ってる」
周りにいた女子の関心が一斉に私に向けられた。
「なによ、それ。なんでもっと早く言わないのっ」
香織が叫ぶ。
「あ、一度だけやったことあるの。紙に悩み事を書いて、その紙に一つまみの海の塩を入れて、つつんで燃やすだけ」
「それだけ?」
みんな半信半疑だ。
「そう、私は燃やすのに抵抗があったから、トイレットペーパーに心配事を書いて、塩を包んで流しちゃった。それでもいいんだって。悩み事を書いて、シュレッダーにかけてもOK。塩と包んで、家の外のごみに入れても有効」
悩み多き少女たちは、そんなの簡単なら、今日、早速やってみようと思ったことがわかった。
「ねえ、それって心配事以外、愚痴でもいいの?」
同じクラスの子だ。
「いいよ。胸の内から外へ吐きだすことが大事なんだから」
「へえ、すごい。魔術みたい」
トイレに流すというのは、現代的な感覚だが、その紙を燃やすという行為が魔女的に感じるのだろう。
「人ってね、心の中にそのまま思ったことを溜めておくとその心配や悩み事が育っていっちゃうことがあるんだって。だから、自分で具体的に書きだすことで、気持ちに整理がつくらしい」
「ああ、なるほど」
礼香が納得したような表情で言った。そっちのほうがおまじないというよりも現実的に受け入れられるのだろう。礼香らしい。
「そういうものなんだ」
美貴が感心したように言った。
それを聞いた他の子が、突っ込んだ。
「美貴さんに悩みなんかあるの?」
その質問もかなりきわどい。少し美貴をバカにした感じだった。
しかし、美貴はいつものニコニコ顔で言う。
「あるよ。今度の日曜日は晴れてくれないと困るとか、駅前のケーキ屋さんのスペシャル特売日を忘れちゃってたとか」
キャハハと誰かが笑った。それもどこか、美貴をバカにした笑い。
美貴って、そんな扱いだったのかと実感していた。
「じゃあさ、人を恨む方法って知ってる?」
大勢の女子の中の一人がどさくさに紛れて聞いてきた。
私ならなんでもそういう魔術っぽいことを知っていると思われたようだ。
「人を恨むって、呪うってこと? あると思うよ。黒魔術っぽくなるけど」
皆が顔を見合わせる。
やだ~、そんなこと、と言いながらも聞きたいらしい。
「残念ながら、私は知らない。でもね、そういう恨み事とか、呪いは自分にかえってくるんだって。だから、絶対にやめた方がいいよ」
さらりとそう言った。
恋敵やライバルを蹴落としたいから、呪いの術を教えてくれと言われかねなかった。
ちょうど予鈴がなる。みんな、はじかれるように立ち上がった。その話はそれでおしまいだった。
私は慌てて食器を返しに立ち上がり、返却口へ向かっていた。
ギクリとした。
その視線を感じていた。その感覚は、誰かに見られているってこと。幸いにも金縛りにならなかった。
その誰かは、たぶん、霊。振り向いたその瞬間なら、その姿が見られるはずだった。
しかし、後ろには何もいなかった。皆が教室へ戻ろうとしていた。私の仲間たちだけが待ってくれていた。そして、もうその気配は消えていた。
ズキリと頭が痛んだ。頭痛がぶり返していた。でも平気な顔をする。霊にも見られ、そういう影響を受けているとわかると目をつけられるかもしれないからだ。
知らん顔をして香織たちのところへ急いだ。