表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/36

その理由

 聡が私の後ろを歩いてくれるだけで、安心していられた。こんな暗闇なら怖くない。あっけないくらい簡単に本校舎を通り過ぎた。後は別棟にある特別教室だ。


「あたし、聞いたことがある。ここの音楽教室で事件があったこと」

 架純がぼそりと言った。

 私は思わずその足を止めていた。


 そうか、今回の肝だめしにはそんな背景があったからだ。ただの旧校舎の探検ではなかった。取り壊される前に、その事件があったと言われる音楽教室を訪れたかったとわかった。

 そんなことがあった曰くつきの校舎と知っていたら、仮病を使ってでも絶対に私は来なかった。けどもう遅い。その、音楽教室はもう目の前だったからだ。


「十年くらい前に、ここの音楽教師が首を吊ったって・・・・・・」


 美咲が小さな悲鳴を上げて私の腕にまとわりついた。

 ドクンと私の鼓動が、ひと際高い音を立てた気がした。

 聡が私の肩に手をかけてくれる。オレがついてるぞというサイン。本当にありがたかった。


「でもさ、それって十年も前のことなんでしょ。ここの校舎、三月まで使われてたんだよ」

 真梨香が言い訳のようにそう言った。

 確かにそうだ。首を吊ったといっても十年も前のこと。それ以後もここに生徒たちが出入りしていたのだ。もし、なにかが出るのなら、すごい噂になって敬遠されていたはず。


「そうなんだけど、その時のピアノがないの。その先生、ピアノの前で亡くなっていたんだって。当時、そのピアノを動かそうとした先生が手にけがをしたらしい」

「・・・・・・」

 皆が押し黙った。


 架純がさらに続けた。

「縁起が悪いからってそのピアノを廃棄して、新しいピアノを入れようとしたらしいって。でもそのピアノを動かそうとした業者の人までが手にけがをして・・・・・・。たぶん、釘か棘のようなものがピアノから突きでていたんじゃないかって言われたらしいけど、でもおかしいでしょ。二人もピアノに触って怪我をするなんて。怪我じたいは大したことはなかったらしいけど、かなりの血が出たらしいの」


 私達にはなんとも言いようがない。十年前のそんな噂、ちょっと血が出ただけなのかもしれない。それがいつの間にか大げさな話になってしまったのだ。それを知っているのは当時、ほんの数人だけのはず、そんなことが鮮明に描写されるなんて、絶対におかしいのだ。それでもそういう噂は人の口から口へ流れていく。


「それでそのピアノ、動かせなくって今でもこの音楽教室のどこかに隠されているっていう噂」

 架純は私達が怯んでいることに気を良くしていた。得意げになっている。

 私達は、音楽室を目の前にして動けなかった。

「ずっと最近まで、誰もいないのにピアノを弾く音がするっていう噂もあるのよ」


 私は全身に力が入っていた。聡がその肩をもみほぐすようにしてくれた。

「じゃ、オレが確かめる」

 聡が音楽教室のドアを開けた。そしてペンライトで足元を照らしながら入っていった。すぐに顔を出した。

「ピアノなんてないぞ。きれいなもんだ。なんにもない」

 その言葉に、真梨香が聡の後を続いた。架純も後を追うように入った。私と美咲も廊下に取り残されるのは嫌だったから、教室内に入った。


 聡の言う通り、あっけないくらいになにもない。ここが一番きれいだ。私達は床や辺りを照らしながら部屋の中を歩く。

 そんな中、美咲が短い悲鳴を上げた。

「きゃっ」

 皆が息を飲んだ。

「どうした」

 聡がすぐに美咲が立っている側へ行く。


 美咲のペンライトが映しだしているのは花束だった。白百合などの死者に手向ける花束だ。

「いやだ、なんで。しかも・・・・・・まだ新しい」

 皆が花束に注目していた。確かに、昨日今日、花屋で買ってきたばかりのみずみずしい花だ。誰が、何の目的で置いたのか。それはやはり十年前に亡くなった音楽教師のためだろう。


 そう、皆が花束の周りに立つ。そっちに気をとられていた。しかし、私は動かなかった。背筋が凍りついたかのように動けなかったのだ。

 私の後ろに誰かがいた。気配でわかる。聡、だよね。私を怖がらせようとしているんだよ、きっと。


 けれど、そんな考えは打ち消される。だって、聡は私の目の前で、花束を覗き込んでいるのだから。

 私の背後にいる誰か、その人の息づかいまでが聞こえていた。


「そこ」


 そう聞こえた。そう囁かれた。声のない、息だけの囁き。その「そこ」という意味は場所のことだ。その言葉に導かれるようにして私の体は動き始めた。


 私が立っている音楽教室の奥の壁をよく見た。そこだけに不自然なベニヤ板が貼ってあった。それはドアを塞ぐのに十分な大きさだ。きっと今まではこの板の前に棚が立ちふさがっていたのだろう。床にはなにかが置かれていたような跡があった。


 私は「そこ」を開けなければならない衝動にかられた。そのベニヤ板に手をかけると、べりべりという音と共に簡単に剥がれていった。ただのボンドのようなもので塞がれていただけらしい。

 皆が私のしたことにギョッとしているのがわかった。気でも違ったかと思っているに違いない。私だってこんなことをしている自分が怖かった。けど、そうさせる何かがあった。


 そのベニヤ板の向こうには引き戸があった。そこを開けると、・・・・・・そう、そこには古びたアップライトのピアノがあった。

「あった」

 思わずそう言っていた。

 皆が怖々覗き込む。埃臭い小部屋だった。たぶん、ここは楽器を収納する小部屋だったらしい。


「すごい、噂通り」

 架純がそう洩らす。

「じゃ、このピアノが噂の? 音楽室から動かせないから、ここへ押し込めて、この部屋を封鎖したってこと?」

 真梨香が震えるような声で言う。

「うん、たぶんな。学校でもそれ以上、変な噂が立つのを恐れたんだろう。別に処分するわけじゃないし、ここに置いておけば何事も起こらない、そしてこの部屋を封鎖してしまえばいいって」

 そう聡が推理した。さらに続ける。


「安易だけど、それでうまくいってたってことだ。この十年間、誰もこの部屋に気づかなかった。当時のことを知っている人でさえ、忘れていたのかもしれない。それを今、暴いた」

 暴いただなんて、ちょっとひどい。

 そう、それを再び人の目に晒したのは、私。導かれたとはいえ、私がその部屋の存在を明らかにしてしまった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ