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肝だめし

「ねっ、隣町の城北中学の旧校舎の噂、知ってる?」

 そう塩崎美咲が聞いてきた。


 私は高野奈緒、高校二年生だ。大学受験に向けて特別の夏期講習を受けていた。美咲はこの講習で知り合った友達。

 私は、その城北中学が今年から新校舎に移転したことは知っていたけど、以前の旧校舎がどこにあるのかは知らなかった。

「あ、オレ、知ってる。愛宕山の、あっちの方だろ。かなりぼろい校舎で、今にもなんかが出そうなとこ」

 最後の出そうなとこ、と怖そうに声色を変えて言ったのは、里中聡だった。

 

 聡とは小学校からずっと一緒で、私によくつきまとっていたから、周りから夫婦とも言われている。絶対にそんなんじゃないのに。でも聡は高校に入ってから急激に背が伸びて、顔つきも大人びたせいか、かっこよく思えてきた。現に周りの講習生も聡のこと、噂をしている。

 けど、私につきまとう時はいつも同じ、子犬がじゃれつくようにちょっかいを出してくる。私にはそれが時々うっとおしくてたまらない。


「あそこさ、来月から取り壊すんだって。市民会館を立てるらしい」

 そんなことを聡が知っていたとは、そっちの方を感心していた。

 美咲が続ける。

「そう、今ならまだ、肝だめしができる」


 私はギョッとした。

 まさか、肝だめしのお誘い? 冗談じゃないわ。


 その日の夜九時。

 結局、私は美咲に泣きつかれて肝だめしに参加することになった。自転車で美咲と待ち合わせて、隣町の愛宕山の方面へ向かっていた。この辺りはもう人家がポツリポツリだ。道路は広いが、街燈は遠いし、寂しいところ。ここに中学があった時は活気づいたとは思う。けど、今はもう他のところに新校舎を建て、四月からはここには誰も通ってこなかった。寂しいだろう。


 自転車に乗って、先を行く美咲が叫ぶように言う。

「ごめんね、ホントにごめん。真梨香たちに誘われたんだけど、たった三人だっていうの。そんなの怖すぎるでしょ。だから、無理やり奈緒を誘ったってわけ」

 その気持ちもわかる。

「いいよ、もう。ちょっと中へ入って帰ってくるだけでしょ」

「うん、そうだと思う」

 美咲は不安そうだった。


 私はちょっとだけ、他の人より霊感が強い。

 母は、それがかなり強いと自称している人だから、その血を受け継いでいるんだろう。だから、小さい頃から事故現場とか、誰もいない山奥の神社なんかへは行くなと言われている。神社は、そういうものを清め、とりはらってくれそうだが、人々がそういうものを払い落しにいくから、霊感の強い私達はそれらをもらってくるのだという。人それぞれらしいけど、母はすぐにひきつけてしまう体質らしかった。


 確かに事故現場は苦手だ。思わずそういう所に遭遇してしまうとなんとなく、ゾクリとして、目に見えない誰かが私の後ろにいるような感覚に襲われる。だから、私は意識してそういう所を通らないようにしている。たとえ遠回りしても事故発生の二、三日は絶対に寄り付かない。


 闇の中に黒いシルエットの愛宕山がそびえたつ。その麓のようなところに旧校舎はあった。その校庭に、同じ夏期講習を受けている田中真梨香と磯崎架純が待っていた。私達を見ると手を振ってきた。

 そこへもう一人がすごいスピードで自転車を走らせてきた。

「間に合った。オレも混ぜてくれっ」

 聡だ。今日、私達の話に混ざっていたから、勝手に参加するつもりでいたらしい。


 真梨香は、聡を胡散臭い顔で見て、「こんなに大勢で」とつぶやいた。彼女としては少人数でやりたかったらしい。

「まあいいわ」

 真梨香が諦めたらしい。私はほっとした。聡が来てくれて安心したのだ。


「おまえさ、昔からこういうのって苦手だろっ。だから心配になった。オレって疎いから、少しはお前を庇えるかなあって思ってさ・・・・」

「そう・・・・、それで来てくれたんだ」

 いつも弟のような存在の聡だった。けど今はたくましく、頼れる存在になっていた。うれしかった。


 私達はそれぞれ、ペンライトのような小さな懐中電灯を手にした。

 まず、校舎の北側から入り、一階を抜け、二階の教室まで一つ一つを覗き、別の棟の特別教室へも足を向けるということになった。

 木造の古い造りだが、今年の三月までは生徒たちがここにいたのだ。そう思うとそれほど怖くはなかった。どの教室も机、椅子などは移動されていて空っぽだった。取り壊されるためにきちんと掃除はしていないが、すっきりと片付いているといえる。どこかの廃屋のようなおどろおどろしいものは全くない。


 一階、二階を周ると私達も闇に慣れ、時々誰かがつまづいて大きな音を立てると笑いが起きた。それほど怖い肝だめしではなくなっていた。本当なら一人づつ歩くのだろうが、言い出しっぺの真梨香もそこまでの勇気がなかったのだろう。

 これなら何ごともなく、帰れそうだった。


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