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白頭巾  作者: 蘿蔔 華宵
1/1

―芳月―

美しい寺小姓が白州で語る

何故彼は其処に居るのか


*色々と修正いたしました。


*******************************

芳月ほうげつ


沙依さより


漢字の読み方



芳月ほうげつ 石庭せきてい其処そこ此処ここ其れ《それ》此れ《これ》


舎人とねり


****************************


ああ、ほら


見てご覧


もう、咲きそうだ。


そなたの好きな、好きだった花が


あの、白い雪柳の花が


見せたかったなぁ


一面の白い、小さい花が、風に舞うんだ


其の白い風の中でそなたが笑う


綺麗に


綺麗にワラウ



【問われ語り 芳月】


私とその女は……産まれた場所が同じであっても、定められたモノが違いました

    

都を離れた侘しい村に、代々続く其のお館の大切な姫

    

私は貧しい舎人の一人息子

    

妹が一人おりましたが、赤子のまま死にました

    

次いで、母が死に、父親は僅かな稼ぎを、享楽につぎ込む始末

    

年端もいかぬ私を、当然のように奉公に出そうとした父親を諫め


姿の良さもかわれ、姫さまの遊び相手にと


そんな二人の関わりでございました

    

五つ違いの沙依様を始めてみた時


    

真っ白な雪柳の咲き乱れる中、豪奢な産着に包れたあの方が


光に白く輝くように視えたものでございます

    

幼心に妹が、物を食う事無く死んでしまった妹が、不憫に思えて

    

それとも、あの小さな赤子が、妹の生まれ変わりであるまいかと

    

哀れんでくださった御仏が、この世に返してくださったのかと

    

……そんな風に願うように思いながら花びらの中で私も……

    

……泣いていたそうでございます……

    




「それでは、行って参ります」


その日、お館より出かける私をお見かけになった姫様が、お声を掛けられました


「芳月」


お小さい姫様にそう呼んでいただく事が、私はとても好きでした


可愛らしいお声が、まるで鈴の鳴る様に私をくすぐるのです


常なら、喜んでお応えする筈の私ですが、其の日はどうしても戸惑いを隠せなかったものです


「姫様……」


「どこかゆくの」


「お言いつけで、お寺まで……」


「そう……今日は芳月と雛を出そうと思うてたのに……」


その様は愛らしく


本当に生きた雛人形の様なお顔を


曇らせる姫様を見て、幼い私の心も締め付けられる程に痛みました。


がっかりとなさっているそのご様子に、私は頭を下げて滲んだ泪を隠したものです。


「申し訳ございません」そう私が細く呟くと


「ううん」と小さな頭を少し振る姫様の瞳も


既に潤んでおりました。


其れを見てしまった私には、幼かった私には


嘘を申し上げるしか無かったのでございます。


守れぬ約束を……するしか無かったのでございます。


「急いで戻ってまいります」


「……うん」


「お寺で、雪柳を頂いてまいりましょう」


「ほんと」


「はい。一番よい房を」


「うふふ……気をつけておゆき」


「はい。行って参ります」


「行っておいで」


小さな手を振って、いつまでも佇んで見送っている。

    

楽しみに待つのだろう


…そう思うと、抑えていたはずの泪が、頬を伝って落ちました。

    

私は……何より大切だった姫に


できぬ約束をしたのです。

    


とおを超えた私でしたが、父は変わらずに、遊興に金をつぎ込んでおりました。

    

借財は増える一方。

    

果ては


御恩有るお館様にまで、見放されてしまったのでございます。

    

在る日


村の外れの正安寺から使いの者が参りました。

    

一体何処で見初めたのやら


姿の良い子が居ると聞いて、小姓に欲しいと申し出て参りました。

    

寺の僧侶が小姓を買う。幼い子供を買うのです。

    

仏門に女性は禁物。

    

だから……


姿の良い子を、買って育てるのです。

    

金子に目が眩んだ父親が、手付がわりにとその日すぐさま私を、使いに引き渡したのでした




「嫌っ。芳月を待つんだもの。はよう帰るというていたの、きっと帰るというていたの……沙依の好きな雪柳を…一番良いのを貰ってくると、持ってくると約束したの……沙依が待っていてあげなくちゃ、芳月が、芳月が可哀想よ。おもうたま、芳月が…可哀想よ……」



ああ、きっと待っているだろう……。


揺すられて、痛みの中で姫を思いました。小さなお手も、桃のような頬も。

 

ぎゅっと閉じた瞼の裏に、小さな姫が懸命に手を振り、私を見送っている。

    

けれど私は其れを打ち払うように目を開き、ずっと天井を睨み続けておりました。

    

飾られた雛よりも、触れたらきっと端から穢れてしまいそうな程、清らかな姫様。

    

姫様の知らぬ卑しい穢れを、私はもう


…知ってしまったから……。




在る晩に


どうしても堪え切れなくて、お館へ駆けました。

    

雪柳が、終わってしまうから……約束をした白い雪柳が、散ってしまうから……。

    

私は、僧侶の目を盗み床を抜け出すと裸足で駆けてゆきました。

    

胸に一房、しっかりと雪柳の枝を抱きしめて。

    


そっと部屋に忍び込み、枕元に置いて帰ろう。

    

そうしてもう二度と、逢わぬと心に言い聞かせよう


……逢えぬと……

    

それでも、暫く月明かりに照らされる、白い姫の頬を見つめていました。

    

私は、自分の両の掌を合わせ、祈りました。

    

どうか、此のまま、此の姫に災の降りかかりませぬよう。

    

穢れの及びませぬよう


……神でなく


仏でなく


此の姫に祈りました。

    

その時


「芳月の嘘つきっ」


聞き覚えのある懐かしい其のお声に、私はどれほど驚いた事でしょう。


気づかぬうちに姫様は、気配に目覚め


息を殺しておいでになったのでございます。


「沙依様……」


「戻ってくると言うたのに、帰ってくると……」


桜の花弁を思わせる


小さな唇を震わせながら、やはり其のお声も細く震えていらっしゃいました。



ああ、やっぱり。


お怒りでいらっしゃる。


私はそれでもおずおずと、抱えてきた雪柳を差し出したのでございます。


「……これ……」


「いらないっ。芳月の馬鹿っ……ずっと……ずっと待っていたのに」


「……御免なさ――」


「こんなものっ」


「あ……」


私の手から雪柳を取り、其のまま高く振り上げる。見ると切りそろえた前髪の其の下にある大きな瞳が……。


溢れるほどの泪で一杯になっているではありませんか。


「こんな花、嫌いっ。芳月も嫌いっ嘘つき、嘘つき」


震える声で私を責める姫様は


それでも誰かが起きて来ぬよう


声を抑えて泣きながら



…花の房で私を打ち続ける姫の足元に……

    

無惨に散らされた小さな白い花びらが


はらはらと落ちてゆく

    

ただ私は打たれながら


見つめておりました。


はらはらと舞う小さな花弁は、姫の泪の白い雨。


私は何時しか其の白い花弁に塗れ、まるで白い頭巾が被せられてゆくようで


項垂れ


蹲っておりました。

    

身体を引き裂く痛みよりも、姫の打つ手が痛かった。

    

姫の切ない泣き声が、何より私を苛みました。


そうして思い出させるのです。



ああ、この


身体の痛み。


此の痛みは、幼い姫の与えたそれでは無かった。心の痛みは違えども、此の身を引き裂く其の痛みは


私の僅かな幼心が、引裂かれたモノではなかったか。


私は……今眼の前に居る此の大切な、穢れのない姫とは……違うモノになってしまったのだ。


泣きじゃくる小さな姫。


私の沙依様……貴方を、私は二重にも三重にも裏切ったのでございます。


御免なさい


御免なさい


……私で在って御免なさい


……此処に居て


……此処に在って御免なさい


いっそ、今直ぐ其の枝で、打って殺してくだいませ




私はそう、願って


……祈っておりました。

    



「ほう…げつ……?」


「なんでも――」ございませんと言おうとしても


言えなかった。


言うことが出来なかった。


また、嘘になってしまうから……。


「痛かっ…た?」


「いいえ、少しも」


コレハ 嘘ではありません。あの姫の打つ枝の力など、痛む筈が無いではありませんか。


「でも……」


「なんでもありません」


コレハ 嘘。


「あ、待って……」


「明日、きっと一緒に飾りましょう……」


コレモ 嘘。


「待ってっ。芳月、血が……」と云われ初めて気づいたのです。


引き裂かれた後から血が滴り落ち、幼い私の白い足に赤い筋を作っていたことを。


「足から……」


そう云って触れようとする


姫の小さな手が


穢れてしまう白い手が


恐く思えて私は


思わず大きな声を上げてしまったのでございます。


「触るなっ」


初めて見る私の其の剣幕に、小さな姫は怯えました。


「ふ、ふえぇぇ。御免なさい、御免なさい……」


「……すみません……」


「御免なさい。嫌いにならないで……御免――」


「先程……寺の…境内で転びました」


マタ 嘘


「ほんとう」


「ほんとうです。姫のせいでは、ありませんよ」


コレハホントウ


「嫌いに……」


「なったりしません」


「ほんとう」


「ほんとうに」


ホントウニ


「良かった」


「さぁ、もう涙を」


「うん」


「ああ、誰か来る……行かなければ」


「うん」


そうして私はまた


……地獄の底へと戻ったのです……。




それからの沢山の昼と夜を超え、僧侶が亡くなりました。


其の話……いいえ、先ずはどうぞ想いを話す事をお許し下さいませ。


後生でございます。


その後は、どんな事でもお応えします。


どんな事でも


……お望みのままに……。





さて何処までお話いたしましたか……。


そうそれは、ちょうど僧侶が亡くなって


寺もひっそりと静かになった辺りのこと


「芳月……。いいえ、壽庵じゅあん様」


不意に私を呼び止める若い女の声。


聞き覚えのあるような、懐かしいようなその声に


私は振り向き驚きました。


「貴女は」沙依様……大きく……


其れはお美しく成長された、あの小さな姫。


懐かしい姫様が、目の前に立っておいでになったのです。


どれ程時を過ごそうとも、あのお方を見間違える筈もございません。


私には


ひと目でそうと分かったのでございます。


「父が……亡くなりました」


「お館様が……」


「此方の主も亡くなったと聞きました」


「……」


「もう、終わったのでは」


「何も…終わってなどいません」


ソウ ナニモ


「私も、仏門に入ります」


「いけません」


ナンテコトヲ


「どうしてっ」


「健やかに、お美しく育たれた」


「それならば、私の顔を、此方を見て」


「いいえ。穢れます」


「其のようなことっ」


「どうぞ、お帰りください」


「嫌です」


「…」


「私はもう、一人前の女です。父の残した財があります。母も老いた、戻ってきておくれ」


「僧侶が亡くなろうとも、次のの者が代わります。……私が何故此の歳になって、前髪を上げぬのかお分かりですか」


「前髪……あっ」


「変わらずに努めよと……私は最早、寺の一部なのです」


「そんな、無体な」


「お解りになりましたか……そういうことです。さぁ――」


そう云って踵を返す私の背中を、か細い腕が抱きしめました。


「駄目」


「姫……様」


顕になった生白い細腕。


懐かしい髪の匂い。


私の為に泣いて震えるその声に……。


「嫌、嫌です、もう、お前を誰にも――」


其れから先は聞きたくなく


私は思わず腹に回された其の華奢な腕を引き寄せ、べにに染まった唇を


……奪えばもう抗うことなど出来なかったのでございます。


力の限りに抱きしめると、柔らかな唇を舌で割り、小さな歯を、甘い舌を貪ってしまったのでした……。


なんと


ナント アサマシイ


「……すみません、なんということを、私は」


何故そうしてしまったのか


……私は己が恐ろしくてなりませんでした。


幾年ぶり逢ったその女を……何よりも穢れる事のないように祈った姫を……。


私自身が穢してしまった。


少年の時に思ったあの想い


違ったモノになってしまったと感じたあの想い。


夜毎日毎に繰り返されたあの狂宴に


私は其れ以上の


……アノ、鬼とも思うアノ者共と


同じモノになってしまったのでしょうか。


穢れた鬼ソノモノに……


頭に巡る其の考えに


アレほどきつく抱きしめていたその女を


己の邪なかいなから、ようやっと開放できたのです。




姫は驚き目を見張り、そしてずっと目を閉じていた……。


そして抱きしめてしまった私より


解き放たれ


静かに俯いておいででした。


お怒りになっているのでは、何といってお詫びしようかと


其ればかりを考えておりますと


不意に姫が「……逃げよう」と云うのです。


其の言葉に、耳を疑う私の腕を取り揺さぶりながら


「逃げよう、芳月。一緒に」と。


「いけません」


ソンナコト


……幾度逃げようと思ったと


私が考えなかったと


オオモイダッタノデスカ。


「芳月っ」


アア ソンナアナタハ


「私を…哀れんでくださっても、家を…母君を置いてなどと……口走ってはなりません」


「ずっと……解らなかった……幼い私の遊び相手……何故こんなにもお前のことを思うてしまうのか」


「姫」


「沙依と呼んで」




ソンナコト デキヨウハズモナイ



堂々巡りの押し問答


ああでも其れは私が


貴女を穢してしまったから




「筒井筒」


「つついつつ」


「覚えておろう。 昔読んだあの歌が、きっと二人を結んで放さぬのです。共に……いつまでも共にと……」


熱いまなざしの潤んだ瞳で語る姫


……ですが……


私には全く何のことやら


其のような覚えなどございませんでした。


夢見るような姫のご様子に、私は戸惑い


ただただ静かに頭を振るばかりでございました。


「……そう…それでも私は覚えてる。お前は、ずっと私のモノだということを」


「姫様」と言いかけた私の口に指を当て


「――沙依」と言って嬉しそうに微笑んでいたあの方は美しく


……それはもう、光り輝く笑顔であられました。


其の煌めいた輝きが私には、眩しすぎると感じたものです。


「沙依…………いいえ。いいえ違います。幼い時の思い出と、貴女の優しさが、不遇な私を哀れんでいるだけです」


アアダカラ モウ ホウッテオイテ


「違います」


「違うものかっ、そなたに何が解るっ。他人と触れ合うと云うコトが。触れられるというコトが。そなたの白い指が此の身に触れる度。其の指先が剣となって刺し貫くっ、穢らわしい、穢らわしいと!!」


「駄目っ。やめて。もうやめて……」


ダキシメナイデ


「貴女も、幼い時も……すべてはもう。夢幻……夜毎、日毎の此の地獄が……私の全てなのです……」


ダカラ


「……」


ダカラ


「……さぁもう…お帰りください。そして二度と近寄る事のございませんよう……もし、もしも願いを聞いてくださるのなら……芳月は、あの日寺に行って…死んだと――」


その時


沙依が


沙依様が


自ら衣を脱ぎ捨てました。


さながら椿が花首はなくびを落とす如く


惜しげも無く


脱ぎ捨てたのです。


ほっそりとした白い首


撫でやかな肩


白く薄桃に染まった乳房


豊かな腰もすんなりとした足も


ああ


今こうして目を瞑ると 


ほらくっきりと焼き付いている


美しいなあ


人とは


女とは


此の様に美しいモノなのか






「これが…私の全てです。こうしていれば、私はただの女」


どれ程見惚れておりましたでしょうか私は


その声にやっと我を取り戻しました。


「いけない、なんということを」


「私は…穢れていますか……」


「いけませんっ。ああ、こんなに冷たくなって……」


落ちた衣を拾い


慌てて掛けて差し上げると


驚くほどにひんやりと凍えてしまっておりました。

 

「お前は温かい……」


肩に羽織った衣を其の儘に、端を摘んで私をその中へと包み込むと、沙依様の香が私の頭を痺れさせます。


これは、夢か


ああきっと夢だ


それなら、此の胸に頬寄せている此の女は




コレハ ユメダカラ


「沙依……」


「穢れても良い…触れていたい。芳月に、触れて欲しい」


マボロシダカラ


「沙依」



清く可憐であった私の小さな姫が


…何と激しい


なんと強い女になったものか


柔らかなその胸が


鼓動が


吐息が


凍えきった私の魂を緩やかに溶かしてゆく。


罪が、穢れが、許されるというのなら……

今この頬に伝わり流れ行く泪が、全てを清めてくれるのだろうか……


デモ コレハ イイワケ





「……沙依」


ユメハ サメル


「芳月、見てもう雪柳の枝がこんなに――」


「沙依、もう…仕舞いだ……」


モウ


「なに……なんのこと」


モウ オシマイ


「先ほど知らせが……」


「知らせ」


「寺に……新しい、主が――」


「――!」


「……楽しかった。夢のようだった……だが、もう仕舞いだ……。 夢はいつか終わる……お帰り、沙依…母君のもとに」


「……何を云って……どうして、どうして逃げようと、一緒にとは――」


「いい加減にしろ」


私は、心底苛立っていました。


ほら


夢はさめるじゃありませんか


どうして其れがわからないのか。


分かってくれないのか。


分かりたくなかった


……私が


……私こそが


手放せない


この幸せを


唯の


……幻であろうモノを……





「……ほう…げつ……?」


「あまりにしつこう云いよりおるから、ほんの気まぐれに抱いただけじゃっ。女性にょしょうの身体がどのようなものか、もうたんと味おうた。生臭うて叶わぬわ!」


「芳月っ」


また


打たれました


あの細い指で思い切り頬を叩かれたのでございます



痛かったなあ……



「本当に馬鹿っ、其のような言葉で追い払おうなどと――」


「――何故、何故…………聞き分けのないお方じゃ…お小さい時と少しも変わらぬ」


「芳月こそ、嘘つき嘘つき嘘つきっ」


変わらぬなと


……愛しく思ったものでした。


腹の下におる時よりも


同じ床で眠る横顔よりも


あれ程に


アノオンナを愛しいと思ったことはございません。


綺麗な顔をぐしゃぐしゃと泪で濡らしながら


これでもかという程に拳で私を打つ沙依。


睨んでいる大きな瞳


その時私の胸の奥で


何かがふっとほどけて


溶けてゆきました。


モウ


モウドウデモイイヤ



そんな言葉が脳裏に浮かぶと


駄々をこねる沙依がとても


可笑しく思えたのでございます。



「ふっ」と思わず吹き出すと


一瞬呆けてあっけにとられ


沙依もつられて笑ったのでございます。


それはもう


鈴の鳴る様に


「っうふ、うふふ」と愛らしく笑ったので


「っははは……」


二人で揃ってひとしきり笑いました。


楽しかった


声を上げて笑う


ずっと忘れていたそんな事に、私の胸は喜びで溢れておりました。


どうでもいい


そう思った瞬間に


何かが解き放たれた心持ちがいたしました


雁字搦めに絡まった、幼い頃から己の魂を絡めとっていた呪縛から


解き放たれた気がしたのでございます。



「すぐに立ちます。支度をして芳月」


そういって沙依も


嬉しそうだったなあ……。


「ああ。だが、その前に……」


「そうね、その前に……」


「沙依の手で、前髪を上げて欲しい」


「其処からが始まり」




庭先の、雪柳の花弁が舞い散るのを眺めながら


私は沙依の手で前髪を剃り落としました


あの時


此の瞳に映る全て


耳にする全て


忘れるものかと焼き付けました


此の世の地獄と


恨んで過ごしたあの寺の庭先で


あの時私は


極楽浄土に在ったのでございます。





其処からが……



コレカラ ジゴク マタジゴク



ねえ


だってそうでございましょう


生まれ


…というモノからは


やはり逃げおおせることなど出来無いのです。

    



山ひとつ越えるまでもなく


私達は追手の縄に掛かりました。



男たちに囲まれて、引き離されていく


沙依は


髪を振り乱し


顔を歪ませ狂ったように叫び続けました。


「嫌あああっ、芳月っ芳月、お願いです、芳月をください! 其れは私のものですっ。返して、返して――! 触らないでっ。の人に――触らないでええええっ――!」


ワタシノモノ


そうでした


私は初めて赤子の姫を見たその時から


もうずっとあの方のモノだったのでございます。


    



これが……私達二人の全てでございます……。

    

あの方に、なんの罪科がございましょうか。

    

清らかなあの方を


…私が


たぶらかし、かどわかしたのでございます。

    

私が


攫って逃げたのでございます

    


お咎めは一身にお受けする所存でございます。

    

願わくば


どうか


どうか最後に一つだけ


…お情けにすがって一つだけ


お願いしてはいけますまいか。


産まれた星に弄ばれた此の私を

    

せめて哀れと


思し召さるる事なれば




どうか……








こうしてそなたに認める最後の時に


一体何を綴れば良いか


沙依


雪柳の花は咲いているか

    

あの、白い小さい花は


そなたの幼き頃によう似ておる

    

風に乗り、一面に咲き誇る気高い花。

    

もう一度……見たかったなぁ……

    

ああだけど…本当は見えている……

    

見えているんだ……


 




声劇用に台本として描いたものを加筆修正いたしました。

朗読などにいかがでしょうか

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