第08話
未だに文字が良く分かってない俺です。
セシールその他、俺が過剰魔力症候群らしき何かから回復してすぐに講師としてやって来たディビット・モンドリューに文字を教わっている。全然何が何だか理解する事が出来なかったから、どうやら講師のディビットには少しばかり知恵遅れなのでは? なんて困惑した視線を送られてしまった。
まぁ、言わんとしている事はわかる。
いくらなんでも5歳になる子が一文字も分からないなんて可笑しいのだろう。
困惑と言うより冷めた目で俺の事を思っていたのかもしれない。そう思うと、俺として覚醒したばかりで全くもって事前知識も何もないのに、という思いが苛立ちとして湧き上がってくる。
どうにかして叫びたくなるような気持ちを目の前の文字に向ける。
ミミズのような字を見つる。そのあり方は日本語よりも英語に近い。
ひらがな、カタカナ、漢字。この3種類を組み合わせる日本語とは違ってアルファベットだけで英語は成り立っている。それと同じで、文字の形を覚えただけでは文章を読む事はできない。単語ごとに意味が違ってくるのだ。
――これはダルイ。
日本語として覚えている物も多く、それを全て外国語で覚えなおして書けと言われているようなものなので、全てを覚えるのには時間が掛かりそうだ。
だから俺は、暇な時間を見つけては文字が書いてある紙を広げてはミミズの様な文字を眺めていた。
もう文字じゃなくて記号として覚えよう。そうだ、そうしよう。
……それにしても、覚えるのは早い方だと思ってるんだが、いつまで覚えていられるだろうか。
むぅ、これが『椅子』でこっちが『机』か。
記号は全部覚えたんだけどなぁ。まだ単語の意味が結びつかんなぁ。
「アレン様。こちらは?」
「『窓』で、こっちは『ドア』……この紙に書いてあるものは全部覚えましたよ」
「――そう、ですか」
勉学に興じて2日目。
1日目で講師のディビットさんが教えてくれたものは全部覚えておいた。復習予習は基本だね。予習に関してはセシールに話を聞いたよ。最近、というか一気に親しくなってきたような気がするし、何聞いても嬉しそうに教えてくれる。
色々と何でも教えてくれるもんだから覚えるのも一苦労なんだが、楽しそうに喋ってるもんだからつい止められなくて最後まで聞いちゃうんだよねぇ。
色々教えてくれるから良いけどね。
「う~む……アレン様の習熟さには驚きを禁じえません」
「そうかな」
「はい。これは、すぐにでも魔法の授業を行う事もできそうです」
「てことは、まだ覚えないといけないのね」
「そうなりますな」
魔法の授業ともなると覚える事多いんだろうなー。
攻撃魔法は適当に、補助魔法と回復魔法は割と本気で勉強しようとは思う。いや、でも……もしかしたらに備えて勉強でもしておくか。
「ふむ……アレン様、今日のところは歴史について学びましょうか」
「歴史ね」
「はい、まずは一番身近な歴史としてこの屋敷の主、レーモンド様のお話でもしましょうか」
「お父様の?」
「はい」
そして話されるお父様の話。
レーモンド・ディン・ロッド。それがお父様の名。そしてその子が俺、アレン・ディン・ロッド。
初めて自分の家名を聞いた。お父様は貴族の中でも有数の大貴族らしく、お母様――クリステル・ディン・ロッド――は宮廷魔導部隊の副長を勤めているそうだ。ここで出た大貴族と宮廷については後日教えてくれるらしい。それに合わせて魔導部隊についても触れるそうだ。
さて、俺としてはその後に聞いた話が問題だったのだが。
当時宮廷に仕えて色々と奮闘していたらしいお父様が、そのときはまだ宮廷魔導部隊の一員でしかなかったお母様に一目惚れ。忙し過ぎて動き回っていたお父様はもう少し痩せていたらしく、そしてお母様と言えば、隊員の中でもずば抜けた魔力を有していたこともあってか誰も自分自身を見てくれる人がいなかったらしい。
それもあって、お父様の真っ直ぐな告白はすんなりお母様の心に入り込み、二人はくっ付いたらしい。
大貴族の息子と、宮廷魔導部隊に勤めているとは言え平でしかなかったお母様では些か釣り合わないんじゃ……などと不満の声も上がっていたそうだが、それを押し切って結婚。
その後は順風満帆に結婚生活を送っていた二人であったが、役職が役職。
二人ともに忙しい身。お母様に至っては幸せの感情からどんどん人間としての器が大きくなり、それで魔力のコントロールも巧くなり、とんとん拍子で昇進。今では副長にまで上り詰めてしまったわけだが。
そんな二人にも一つだけ問題があった。
――子ができなかったのだ。