新学期の事情 その4
「ただいまー」
家に帰れば明かりが付いていて、予想通り愛実先輩が先に帰っている事をうかがい知れる。
まぁ、式の後片付けやら生徒会の仕事やらで結構遅くなったし、寧ろ帰ってなければ血相変えて探しに飛び出していただろうし、一先ず安心。
後は体調がどうかが心配だ。
月の物が来ている時こそ俺が色々手助けしないと、いくら軽いとは言え顔色が悪いのも辛そうなもの見て察せるからな。
幸い家事全般的に1人暮らしの間にそこそこ出来るようにはなっているし、即戦力になれるのは本当に助かる。
扉を開けた先のリビングにも先輩の姿は無くて一安心。
家事をするのは好きだと言うとおり実に楽しそうに家事をするし、俺に何かをして上げられると言うのが凄く嬉しいと良く口にする先輩の事だ。
ぶっちゃけそれは俺も凄く嬉しいし、何かをして上げられる事に喜びを感じるのも、共に作業して幸せを感じられるのも事実なのだけど、流石に調子が悪いのを押してまでされたくはないからな。
まぁ……これは俺も気を付けとこう。
先輩に偉そうに言ったのに自分は良いとか最悪だからな。
体調管理には本当に気を付けておこう。
「大丈夫ですかー?」
3度ドアをノックし、そう声を掛けるものの返事は返ってこない。
うーむ、これは寝ているのかな?
流石に許可無く中に入るのは躊躇わられた為、とりあえず先に夕食を作ることに。
と、中からうめき声のような声が漏れてきて、これは起こしてしまったかなと申し訳なく思う。
「すみません、起こしましたか?」
止むを得ず声を再び掛ければ、今度は音が返ってくる。
が、小さい上にくぐもっているので何がなんだか聞き取れなかった。
むぅ、布団に包まっているとかかな?
まぁ、無理をさせる必要も無いので、今からご飯作りますから、出来たらまた起こしに来ますと伝え、今度ははーいと小さいながらも聞こえて来たのでキッチンの方へと向かう。
さて、何を作ろうかな?
得意料理と呼べる物もいくつかある訳だが……、なるべく先輩の好きな物を作って気分だけでも良くなって貰いたいからな。
冷蔵庫を開ければ結構食材が揃っていて、少しだけ悩む。
……うん、ビーフシチューにしよう。
俺の作ったそれを美味しそうに食べてくれる愛実先輩を想像して、思わず口元が緩む。
さて、腕によりを掛けますかね。
「よし、これならばっちりだな」
出来上がったビーフシチューを味見して、自分が想像した通りの味になってくれていて思わずそう口から零れる。
前に披露した時は喜んでくれたし、今回も少しでも喜んでくれると良いな。
火を止め蓋をし換気扇も止めて、足取り軽く寝室へと向かう。
料理自体寧ろ好きな方なのだけど、大事な人の為に作るとなると楽しさもひとしおだな。
上機嫌に再びノックをする。
「料理出来ましたよー」
と、今度もしばらくの沈黙があった後くぐもった声が聞こえる。
うーむ、とりあえず入って良いか聞いてみるか。
「先輩、入りますよー」
1呼吸置くと、先輩の分かったーと言う返事が聞こえてきたので、扉を開ける。
中は暗くて、明かりを付ければ先輩が眠たそうに目を擦っていた。
顔色をうかがえばやっぱりあんまり調子が良さそうではない。
「まだ辛そうですね。
起きられますか?」
近づきつつ聞けば、頷きつつ大丈夫ーと弱々しく答える先輩。
しまった、何か飲み物くらい持ってくるんだったな。
自分の気の利かなさを叱咤しつつ、起き上がるのを手伝う為に先輩へと手を差し伸べる。
「ありがとー。
うーん、寝たらだいぶ調子良くなったよ」
にっこりと微笑みを向けながらそんな事を言ってくれる愛実先輩。
どうやら無理をしている様子ではないので、実際マシにはなったと言う事だろう。
「それは良かったです。
一応夕食の準備をしたのですが、食べられそうですか?」
その問いに対し、少しだけ考えた後嬉しいと言ってくれる先輩。
むぅ、これは気遣われているのか空腹を感じているのか判断に困るな。
食欲が本当にあるのなら良いのだけど……、ただ、仮に無かったとしてもこの話の流れから止めときましょうか? と言っても逆に気を遣わせるだけだし、ならばここは先輩の好意に甘えよう。
「分かりました。
お口に合えば嬉しいです」
「ふふふ、雄星君料理上手だもんね。
楽しみー」
嬉しそうにそんな事を言ってくれて、あまり深読みしすぎるのも良くないかと気持ちを改める。
最初に何が飲みたいかを聞いて、先に席に付いててもらう。
手伝うよ? とは言ってもらったものの、お願いですから無理しないで下さいとお願いして大人しくして貰う事に。
先輩が元気ならば仲良く準備するのもやぶさかではないのだけど、こう言う時こそ俺が動かなくてどうするって話だからな。
ただ、じゃぁ雄星君見てるねー。なんてわざわざ口にして嬉しそうに眺められるのは……その、嬉しい反面流石に照れる。
妙に意識して緊張しつつも、無難に準備できてホッと安堵の息を漏らしたのは密かな秘密だ。
うん、ばれてないみたいだし。良かった良かった。
「わぁ、ビーフシチューだー」
無邪気に喜んでくれる愛実先輩に、こちらまで嬉しくなる。
「ええ、以前気に入って頂けたようですので、頑張ってみました。
さ、冷めない内に食べましょう」
今回はお米ではなく軽く焼き色の付いたトーストと共に頂く。
うむ、味見していたけど、我ながら中々の出来だと思う。
それでも不安は消せないもので、愛実先輩を盗み見れば黙々と食べてくれていて、その姿を見てホッとすると共に嬉しくなる。
「うーん、やっぱり美味しい!」
「ありがとうございます。
おかわりもありますが、もし多ければ無理せず残して下さいね」
「わー、嬉しいな。
おかわりはちょっと出来なさそうだけど、このくらいなら残さないよー」
実際嬉しそうに表情を綻ばせてくれているので、こちらも自然と笑みが深くなる。
いやー、誰かと食べるご飯が美味しいとはまさにこの事だな。
嬉しそうに食べてくれる先輩のお陰な訳で、幸せな気分で食事を続けるのだった。
食事を終え雑談を交えつつ、そう言えば大事な事を言い忘れていた事を思い出す。
と言うか、決めてたのについついいつもの調子になってしまってたなぁ。
「あ、そういえば言いたい事があったんです」
丁度話の区切りも良かったので、そう切り出す。
不思議そうな表情を浮かべる先輩に、俺は決めていた事を告げる。
「僕ら先輩後輩の仲ではありますが、恋人同士の訳じゃないですか。
で、先輩も大学生になった事ですし、今日から愛ちゃんと呼びますね」
なるべくなんでもない風を装って口にはしたのだが、やはり緊張してしまうものだ。
うむ、愛ちゃん……うわぁ、心で呟いてもまだ恥ずかしいわ。
先ぱ――愛ちゃんを見れば……口を開けて固まっている。
「愛ちゃん……は不味かったですか?」
その反応に不安に駆られ、早まったかと弱気が出てしまう。
むぅ、もっとスマートに行きたいのだが、俺もまだまだだ。
「え、いや、凄く良い! ……んだけど、ね。
えっとぉー。じゃぁ……ゆう……君?」
……うおおおおおお、何だこれ恥ずかしいぞ!
固まってしまったではないか。
って、そんな場合じゃない。
微笑め! 微笑むんだ俺。
「はい、愛ちゃん」
やばい!
ドキドキがやばい、くそっ落ち着け俺。
「……雄君」
「愛ちゃん」
「雄君! ……えへへへ、これ恥ずかしいね」
「ですねぇ。少しずつ慣れて行きましょうね、愛ちゃん」
照れくさそうにしている愛ちゃんに、何とかそう搾り出す。
くぅ、可愛らしい姿だけでもドキドキするってぇーのに、こりゃぁ愛しさが許容オーバーですわ。
今絶対真っ赤だぞ俺。
あー、顔あちぃ。
「むぅー。何か雄君余裕あるのがなー。
ずるいぞー」
「余裕なんかありませんって。
愛ちゃんって言う度にドキドキしているんですよ」
「えー、絶対私の方がドキドキしてるってー」
そんなこんな、バカップルと呼ばれそうなやり取りをしばらく繰り広げるのだった。
……バカップルって良い響きだよね。