新学期の事情 その2
「おー、今年も同じクラスか。宜しくな!」
間宮を引き連れたままクラスへ向かえば、先に着いていた親友の林 健から声を掛けられる。
まだ1年しか付き合いはない訳だが、ウマが合うし、俺の大切な友人の1人だ。
「おー、こちらこそ宜しく!」
「健っち! 宜しくねー」
と、今度は健に突撃していく間宮。
こいつは俺や愛実先輩のグループ相手には全く自重しないからなー。
いつもの如く抱き着かれてそのまま倒れる健。
これ見たらまた明美先輩が嫉妬しそうだなぁ。なんでこいつは他人の事はすぐ気付くくせに自分の事となるとどこまでも鈍くなるやら。
「く、苦しい! 翔子ちゃん、早くどいて」
「あわわわ、ごめんなさい」
どうやら倒れた際、お腹に膝が入ったようでそのまま蹲って苦しむ健。
うん、同情はしないぞ。
して欲しいなら、ちゃんと明美先輩の不器用なアプローチに気付くんだな。
後間宮、慌ててどくまでは良いのだけど、なんで俺の腕に引っ付く。
「とりあえず夫婦漫才をやめれお前ら。
それと、俺の腕は愛実先輩専用だと何度言えば良いのかな?」
「あ、ごめんなさいお兄ちゃん」
慌てて離れる間宮と、夫婦漫才ちゃうがなと言いながら立ち上がる健。
まぁ、去年と同じ風景の訳で、新たに同じクラスになった面々は驚いているけど、去年から同じクラスの奴らはまたかと言った顔をしているな。
あ、間宮の同級生キャラだったあいつはこっちを睨んでいた。
……あの事件の後しばらくして気付いた訳だが、そんなに気になるなら話しかけてくればいいのに。
何を遠慮してんだかなー……ゲームの主要キャラって思い込みが激しそうだし、変な勘違いをしてなければ良いのだけど。
「あらー、今年は私も同じクラスなのねー」
うわ、面倒くさいのが来た。
って、こんな事を思ったらいけないのだけろうが、この桐生 薫と言う人物は俺にとって複雑で、正直2人きり以外ではあまり会いたくない。
そして、2人きりで会うのも男の癖に女装して、しかもそれが異様に似合っている以上あまり会いたくはない訳で。
つまり、決して嫌いな訳ではないのだけど、結論ある程度の距離感が欲しい相手な訳だが……同じクラスになった以上無理くさいなー。
傍観を決め込める場所ならこの人は本当に傍観に徹する癖に、嫌でも関わらないとならなくなると途端に全力でからかうのに走る不思議な人だもんなー。
「よ、宜しくね。き、桐生君」
誰かに声を掛けられれば、異常とも呼べるほど喜ぶのが常なのに、何故か俺の影に隠れる間宮に、その反応を見てやっと桐生は苦手なんだっけと思い出す。
去年は別のクラスだったから、全く絡みに来なかったからてっきり忘れていたぜ。
あ、桐生の奴物凄く楽しそうに笑ってる……こりゃぁ間宮おもちゃ認定されてんなー。
その後、にこやかに挨拶を交わし合う健と桐生を見つつ、改めて状況を整理しておくことにする。
この世界は実は乙女ゲーの世界と酷似していて、で、その主人公が実は間宮だったりする。
そして、目の前で邪悪に微笑みながら間宮いじりを開始した桐生は隠し攻略キャラだったりするのだが……。
いや、これは今は重要じゃないな。
他の攻略キャラも、去年間宮がハーレムを築こうなんてバカな真似をした所為で、今も熱い視線をこちらに送ってくる間宮の幼馴染を除いて最早間宮と関わり合いになろうとする奴は居なくなった。
そのお陰で今まで平和だったのだけど、実は今年度後輩キャラと言うのが入学してくる訳で……ゲーム時代の知識を遡れば、こいつはかなりの曲者キャラの訳だ。
何が曲者かと言えば、誰かと結ばれていようと、ハーレムだろうと、また、誰とも結ばれていない状態だろうと、それぞれのケースに合わせて引っ掻き回す役どころだったからだ。
とりあえず現行誰とも結ばれてはいない間宮だが……果たしてどんな奴が現れる事やら。
更に言えば、ライバルキャラが色々受けたお陰で1人1人にライバルキャラが準備される事となったりしているのだけど……そっちはぶっちゃけどうでも良いか。
個人的にお世話になった去年の生徒会書記でありゲームの頃の攻略キャラだった先輩に関しては、困った事になれば力になろうと思っているが、他の奴らは俺的には迷惑かけられただけだから知っちゃこっちゃないし。
流石にこちらにまで迷惑が来たら、相応の対応はするけどな。
「ちょっと! まー坊聞いてるの!」
「お兄ちゃん! 無視は良くないと思うの」
「雄星……骨は拾ってやるぞ」
考えに没頭しすぎたようで、怒っている風を装いながら物凄く楽しそうな桐生と涙目の間宮に責められる。
うん、健、後でお前も道連れにしてやるからな。
「ごめんごめん、なんか賑やかだなって思ってさ」
とりあえず、話の流れなんてさっぱり分からないので笑みを浮かべて誤魔化そうとしてみる。
あ、桐生がにやぁっと嫌らしく微笑んでるから失敗したかも。
まぁ、間宮が複雑そうな表情になったから一概に失敗だったと断言もできないだろうけど。
とりあえずフォローを重ねつつ健を巻き込むか。
それにしても、仲良くしていた先輩方が卒業してしまい、今年から寂しくなるかもとか思っていたのだが、全然そんな事はなさそうだ。
うん、賑やかなのは別に構わないし、学校生活も程々に楽しんでいくかね。
「へー、そうなんだー」
や、やばい。
俺は何を間違えた?
家に帰れば、愛実先輩が手料理を準備してくれていて、新婚気分を味わっていたのだけれども。
その後話題は俺の学校の話となり、話せば話すほど表情が消えて居心地もどんどん悪くなる。
お、おかしい。最初は結構いい感じだったのに、今や物凄い責められているように思える。
「えっと……先輩? どうかしました?」
「べっつにー。楽しそうだなーって思ってー」
不貞腐れている様に口にする愛実先輩に、ようやく何をミスったか思い至る俺。
うん、一緒に暮らせる事実に舞い上がりすぎるのもいい加減にしないとな。
それにあぐらをかいてしまう所だったぜ。
思い至ればすぐに行動に移すべきで。
ガタっと音を立てて立ち上がり、はっと怯えたような表情を浮かべた先輩に無用な心配をさせないように微笑みながら近づく。
「すみません、言い方を間違えていました。
ちゃんと訂正させて頂きますね」
「えっとね……その、別にね、怒ってた訳じゃ……」
近くなるほどしどろもどろになる先輩。
そう言えば、昨日から月の物も来ていたはず。
そりゃぁ情緒不安定になるのも頷けるし、ここまで気の回らない自分にただただ呆れるものの、その反省は後回しだ。
「いえ、その輪に先輩がいらっしゃればって、ずっと思っていたんですよ。
賑やかではありますが……先輩と一緒の時間には敵いません。
それに、辛いのに家事もいつものようにして下さって、本当にありがとうございます」
言いながら頭を撫でる。
サラサラの髪に手を通し、静かにその幸せを噛み締め先輩の様子をうかがえば、照れたように下を俯く先輩。
可愛いなー。
「ん。
その……私も大人気なくてごめんね」
「いえいえ、今回は完全に僕の配慮が足りなかっただけです。
寧ろ珍しい反応に喜んでいたくらいです。
僕ばっかり好きな訳じゃないんだって再確認出来て嬉しいですよ」
「あうっ」
完全に黙ってしまった先輩が愛らしくて、しばらく頭を撫で続けた物の、男の性的にこれ以上は限界だと本能がうったえて来たので、泣く泣く髪から手を話す。
「あっ」
「すみません、これ以上は我慢出来ずに襲ってしまいそうです。
いえ、愛し合うのは以前から言っている様に望むところなのですが、やはりちゃんと責任を取れるようになってからしたいですので」
素直に吐露すると、再び真っ赤に顔を染めて俯く愛実先輩。
自然と口元が上がって行くのを自覚しながら、冷めてしまう前に食べてしまいましょうと口にして食事に戻る。
うん、これ以上ないくらい幸せだけど……生殺しだよなー。
はぁ、早く大人になりてー。