プロローグ
春。
それは新しい出会いと別れの季節。
そして、学生は最終学年の卒業と言うイベントを経て進級に進学を迎える。
俺は高校2年生へと進級し、俺の愛しの彼女の南 愛実先輩は高校を卒業してしまって大学へと進学してしまった。
それは仕方のない事なのだけど、決して愉快な事ではない。
何故なら、大学へと進学できた事自体はとてもめでたいのだが、一緒に居れる時間が間違いなく減ってしまうからだ。
くっそー! 何で同じ学年じゃねーんだ! とついつい周りに零してしまったりしたのだけど、ご馳走様としか言われなかったり。
いや、それは全く問題ないしそのくらい俺が先輩に対してちゃんと好意を示せていると言う事だからそれも良いのだけど! 少しは愚痴くらい真剣に取り合ってくれても良いと思う。
俺は毎日毎日まーいーにーちー。愛実先輩が突撃してくる間宮 翔子を構うものだから、ただでさえ寂しい思いしてたってのにさ。
貴方達は本来乙女ゲーのライバルキャラと主人公のはずだろ? 何でまるで親友みたいに仲良くなってんのさ。
閑話休題。
むぅ、やっぱり愛実先輩分が足りない。
勿論休みの間は時間の許す限り一緒にいたのだけど、それだって俺は生徒会があったり、先輩は進学の為の準備があったりで納得出来る程は取れなかったからな。
まぁ、納得出来るだけ居るとなると、ずっと1日中毎日一緒に居るって事になってしまうけど。
そんな事をつらつらと考えながら、不満を隠さずに夕食に望む。
そりゃそうだ。折角先輩とデートを予定してたのに、母さんがポソっと俺とご飯が食べたいと漏らしたらしくて、問答無用で親父に拉致られたのだから。
勿論、この強かな親父は先方には既に連絡を入れていて、先輩に謝りの電話を入れたら、家族団欒楽しんでね、こっちも楽しむからなんて言われてしまって。
うあー、今頃ラブラブ出来てた筈なのに親父めー。
っと、睨み返して来やがった。
分かってるよ、母さんは何も悪くない。
あんたは全く反省してないって言うのに、気にしなくとも良い母さんが申し訳なさそうにしているのは本意じゃないからな。
あんたにゃ後でちゃんとやり返すけど、ここは母さんの顔を立ててやるよ。
「母さん。久しぶりにこうやって家族団欒ってのも良いよね」
「えっ、でもゆうちゃん物凄い不機嫌じゃない。
ごめんなさいね。折角あいちゃんとのデートだったのに」
おい親父、そんな仇を見つけたかのように睨まなくとも良いだろう。
まっ、愛実先輩って彼女が出来てそうする気持ちも痛いほど分かるようになったが、それはそれ、これはこれだ。
「まぁ、親孝行って事でさ。
いや、母さん孝行だな。俺だって一緒にご飯取りたかったんだ。気にしないでよ。
ただ、全部しくんだ親父はちゃんと後で謝ってくれよ。
今言ったように母さんと食事をするのはやぶさかでもないのだけど、別に南家の皆と一緒に夕食を取っても良かった筈なのにさ」
どうせこの親父の事だ、この後俺はさっさと帰るつもりだし母さんとデートを楽しみたいだけだろう。
其の辺は心得ているし、母さんだって何だかんだ親父と2人っきりになると分かれば喜ぶからな。
しっかし、母さんが絡む事に対してだけは本当に単純と言う分かりやすいと言うか純粋と言うか馬鹿と言うか。
何と言うべきか……うん、悩む。
「ほー、ずっと黙ってやっていたが、そんな事を口にするか」
何故かニヤッと意地の悪そうな笑みを浮かべてきた親父。
「つまり母さんと別々に夕飯取らなきゃならない時、あんたは平気って訳だ」
それにムカっと来たので言い返せば、情けない顔を浮かべて視線を彷徨わせる親父。
……おいおい、そんな反応するならマジで止めてくれよ。
どうせ食事の後はバラけられたんだ、WIN-WINの関係で行こうぜ。
と、何故か突然母さんに愛してるよとほざく色ボケ。
まぁ、母さんが突然言われて驚いてはいるみたいだけど、同時に喜んでるみたいだから良いけどさー。
はぁ。
「ったく、分かったよ。貸し借りなしにしてやる。
だから、せいぜい俺に感謝するんだな」
「……親父……ボケるには早すぎると思うのだが」
なんだ、母さんに余計な気を遣わせた事を流してやるって事か?
あんたの母さん至上主義は完全に病気だぞ?
幸い母さんも親父に1番の愛を捧げているから大きな問題は今のところ何も起きてないけど……、もし1歩間違えればどうなっていたか分からないような危機感を感じてしまうのだが。
まぁ、それも今更だけど。
と、何故か再び楽しそうに笑みを浮かべる親父。
おいおい、母さんとのこれからを妄想するもの良いけど、完全にだらしない顔になってるぞ。
まぁ、母さんは相変わらずうっとりと親父を見つめているから、些細な事なんだろうけどな。
うん、2人共俺なりに好きだし、一緒にいて嫌じゃないのだがやっぱり疲れる。
ほんとまた1人暮らし出来るようになって心底安心してるよ。
「まっ、帰ってからのお楽しみだ。
さっ、丁度料理も来た事だし、食べるぞ」
親父のその言葉に、やっと何か企んでる?
なんて思ったのだけど、どうせまた母さん絡みのしょーもない事だろうとあたりを付けて運ばれてきた料理へと意識を集中させる。
それなりにお高いフレンチなんだし、楽しまなきゃそんだしな。
食事を和やかに終えラブラブな2人を見送り、若干――いや、かなり当てられて少々げんなりしながら帰路を急ぐ。
あーあ、愛実先輩がいればなー。
幸い俺のマンションからはそんなに遠くない場所だったので、歩きで帰っているのだが……去り際にも意味深に口にした、急いだ方が良いぞーって親父の言葉が気になる。
何だろう、確かに急いだ方がいい気がする。
もしかして、母さんの思い付きの生モノとかが届いているとか?
合鍵を部下に渡して普通にリビングに放置とかするもんな、流石に痛む物なら早目に保存しておきたい。
それに思い当たると、なるほどあの楽しそうな笑みもそう言う事かと合点が行って走り出す。
全く、子供心があるって言えば聞こえはいいけど、単なるいたずらじゃねーか。
とは言っても、それを迷惑と言うより楽しく感じられる範囲までに止めているのだから、ある意味流石って事なんだろうな。
それにしても何だろう? この前は蟹が生きたままテーブルの上に放置されてたからな。
……うん、楽しい気持ちなんて一瞬で消えたわ。
やっぱり親父は加減を覚えた方がいい。
大急ぎで玄関前へと辿り着き、少しだけ呼吸を整える。
とは言え、そんなに乱れている訳でもなかったので、ロックを解除して扉を開けて――。
「……開いてた? おいおい、流石に開けっ放しは無用心過ぎるぞ」
どうやら最初から開いてたようで、逆に締めてしまった模様。
溜息をこぼしつつ言葉を吐き出して、今度こそ扉を開けて――え? 何で? どうして?
「お、お帰りなさい。
えっと、お、お風呂……沸いてるよ」
ラフな格好でそう口にする愛実先輩。
って、待て待て待て待て。
何で? え? マジでどうして?
疑問符ばかりが頭を巡り、言葉が出てこない。
そんな俺を前に、若干顔を赤くした愛実先輩が早口にまくし立てる。
「えっとね、その。お、お父さんと雄星君のお父さんがね、色々話して決めたんだって。
その、私のね、通学する大学もここからの方がえっと、駅が近いみたいでね」
ああ、良かった。先輩に取っても青天の霹靂な出来事だったようだ。
先輩の姿を見て徐々に落ち着きを取り戻した俺は、先ず何よりも重要な事を口にする。
「先輩。と言う事は、これから一緒に住むって事ですか?」
その言葉を受けて、数回口をパクパクとさせた後、恥ずかしそうに頷く先輩。
ああ、親父よ。感謝しろって意味を今正しく理解したよ。
勿論これ以上ないくらい感謝しているし、どデカイ借りも作ってしまったと思ってるよ。
だがな、1つだけ言いたい事がある。
……俺の理性を、過信したらダメだって。