新学期の事情 その15
どこまでも思い通りに行かないとはこの事だろう。
「どうしてこうなった……」
ため息混じりにそう零してしまう。
何せ目の前にはニコニコといちゃつく愛ちゃんと間宮。
それは良い。何だかんだ仲良しな2人だし問題ないのだ。
問題はこちら……。
「ちょっ、雄星君フォローしてよ。
南先輩って君の彼女でしょ?」
「うるさい。
ちょっと待て、ポチ」
「えっ、ちょっ、ポチって……」
ショックを受けたような表情を浮かべながらも、言われた通り大人しくなる宮原。
うむ、お前に構っている暇なんか今はない訳だよ。
ってか、こいつも問題じゃなくて、問題は俺の後ろを歩いている3人。
「えっとね……ちょっといい加減にして欲しいかなー」
うわぁ、こえぇ!! 明美先輩めっちゃ怒っているの我慢している声じゃないか!
心配そうに前を行く愛ちゃんはチラチラとこちらに視線を送っているのだけど、のんきな間宮は愛ちゃんに構ってもらうのに夢中で気が付いていないし。
あ、逃げて来たな桐生。
スタスタと俺と宮原を追い抜いて愛ちゃんと間宮に合流しやがった。
って事は、後ろは大惨事じゃねーか?
本気で振り向きたいくないんだけど。
「えっ、すみません。
その、色々お話したいなって思っただけなのですが……」
猫を被っているだろう高宮の言葉。
まぁ、これはいい。今回だけはお前はそんなに悪くない。
いや、全く悪くないとは言わねーけど一番は違う相手だからな。
「明美先輩、本当にどうしたんですか?
らしくないですよ」
だぁもう! 健!
なーんーで! 明美先輩が絡むとお前そんなに行動ミスるんだよ!
そもそもが、明美先輩が愛ちゃんを守るって意気込んでいたのに高宮が明美先輩に興味を持つから話がおかしくなった。
あ、健だけのせいじゃやっぱりないな。
2人とも悪い。
面食らって珍しく曖昧な態度を取ってしまった明美先輩に、グイグイと切り込む高宮。
んで、健に助けを求めたって言うのに楽しそうですね! とかほざいて桐生と話を始めるおばか。
そりゃぁこうやって不機嫌になるって。
それを見てありゃぁっとか思ってふと隣を見れば間宮が愛ちゃんに抱きついて一生懸命話しているし。
引き剥がしたい思いにとらわれたけど、愛ちゃんも嬉しそうに話していた手前引き剥がせず悔しい思いをしているうちに、ただのヘタレに俺は絡まれてしまうと。
「はぁ、ほんとどうしてこうなった。
やっぱり宮原が悪いな」
「え! ぼ、僕!?」
「ったりめーだ。
さっさと間宮に話しかけてこい。
んで俺はその隙に愛ちゃんを奪還するからさ」
「えっ、いや、だってあんなに楽しそうじゃその、邪魔しちゃ悪いかなって」
「……なのに俺に何とかしろって?
ヘタレめ」
「うぐっ」
ダメだこりゃ。
ってか、桐生がナチュラルに話題に入ったのか、すっかり愛ちゃんも間宮も楽しそうにしているし。
俺はヘタレの相手をしているだけだし。
「そろそろ本気で怒るよ?」
「え? お、俺!?
だ、黙って明美先輩と高宮のやりとり聞いてただけじゃないですか!」
だからだよバカ!
下手にフォローも出来ないし、と言うか巻き込まれたくないから聞かないようにしているのだけど、どうしても耳に入ってしまうし。
しかし、いい加減不穏な空気どころかいつ爆発してもおかしくなさそうな雰囲気を感じて、我慢出来ずに振り返る。
ってうわぁ! もう笑顔作れてないじゃないですか明美先輩!
なのに高宮は相変わらず胡散臭い笑顔キープしているし、なんか健は困惑した顔で右往左往しているし。
み、見なかった事にしたい。
「えっと、今どう言う状況です?」
ある程度は察しているけど、あえて聞いてみる。
「見ての通りよ!」
「な、なんかすみません」
完全に八つ当たりでとばっちりを食ってしまう。
うん、それもこれも皆高宮と健が悪い。
ってか健なんで明美先輩の横じゃなくて、高宮を間に挟んで歩いてんだ?
おかしいだろ。
もう今日は先行き不安でしかないぞ。
とりあえず予定通り皆で映画を見てその後喫茶店に入った訳だが、やっと間宮と話せた宮原は舞い上がっているし。
ただ、元々世話焼くのが好きな愛ちゃんがいきいきと2人の世話を焼いているので、愛ちゃんが楽しいのなら構わないかとそちらは放置。
ぶっちゃけそちらは平和だし、愛ちゃんに魔の手が伸びないのは俺も安心ってものだからな。
「なんか、あれはどうしたものかしらねー」
半ば呆れたような桐生の言葉。
分かる、物凄い分かるぞ。
「だなー。健のアホめ……」
思わず溢れる溜息。
溜息を付く度に幸せが逃げるとも言うが、ならば俺の幸せはどれだけ逃げた事やら。
いや、愛ちゃんを奪われている時点でこれ以上ないくらい不幸だけども。
あー、イチャイチャしたい。
「うんうん、分かる分かる。
面白かったよねー」
「そうそう、分かってもらえますか!」
楽しそうに会話を繰り広げる明美先輩と……高宮。
健は完全に空気状態で相槌を打っているだけで、見ているこっちがひたすらにもどかしい。
ってか、ほんと高宮の奴どうやって明美先輩のあの壁を壊したのやら……。
映画館からここに来るまでは愛ちゃんと手を繋いでイチャイチャしていたから分からないのだけど、付いた頃には会話が弾んでいたからな。
桐生に聞いた限り、ずっと真摯に会話してたのが決め手じゃないかしら? とか言ってたけど。
確かに明美先輩が健の態度に不機嫌になっていただけで、高宮は一貫して丁寧に対応してたもんな……やっぱ慣れてやがるなと思ってしまうが、流石に穿って見すぎかもしれない。
「んー、でも私的にはいい気分じゃ無いわねー」
「ああ、分かる分かる。
明美先輩も別に切り替えて普通に対応しているだけなんだろうけど……、今まで健といい雰囲気になったりしてたもんなー。
ってか、健が悪いだけだけど……」
「そうね、まぁこう言う事は外野がとやかく言う事じゃないし、最低限の忠告はしてあるのでしょ?
じゃぁ後は本人達に任せましょう」
長い髪を掻き分けながら紅茶を飲む桐生。
ふと後ろの席の男達が溜息とか漏らしているけど……残念だかこいつ男の上恋愛対象女性だからな?
まぁ目の保養には確かになるかもしれないけどな。
実際物凄い絵になっている訳だし。
「それもそうだな……なんだろう、愛ちゃんにはちょっかい掛けていないからそれは喜んでいいのだろうけど。
あー、やっぱり我慢できねぇ。
俺後で健にガツンと言っとくわ。
完全に外野の余計なお世話だろうけどな」
自分の思いを口にすると。
やっぱり勝手ながら明美先輩と健がくっついてくれるのを結構強く望んでいたのだなと実感する。
そうなれば良いなーくらいに思っているつもりだったけど、ちょっと予想外だったな。
仮にちょっかい出したのが高宮じゃなかったとしてもいい気分じゃなかっただろうし。
「あー、まぁ止めはしないわよ。
まー坊って昔から懐に入れちゃうと本当に大事にするからね」
「あー、それはまぁ自覚あるぞ」
「ふふふ、自分で思っている以上によ。
それに、引き時とか心得ているのだし……でも、仏心を出しすぎるのは良くないわよってだけは忠告しておくわ」
「おー、心しとくわ」
ニコニコと嬉しそうな桐生。
自分で思う以上に……か。
……なんだろう、一瞬引っかかったのだけど……気のせいか?
って、そんな場合じゃないな。
少なくとも表面上は楽しそうに会話する明美先輩と高宮と、どこか困ったような表情になっている健を見ながら……ん?
あれ? なんか物凄い違和感を感じるような……。
とりあえず、自分の勘を信じて健をじーっと見つめてみる。
あ、へらっと困ったように笑いやがった……てことは。
「……騙されたようだぞ」
「え? どう言う事?」
くっそー! 本当に全然気付かなかった。
うん、これ問い詰める相手健じゃなくて明美先輩だな。
ってか、色々おかしかったじゃないか! なんで俺気付かなかった。
不思議そうな表情を浮かべる桐生に、後で教えるよ、俺もまだ全部は分かってないし本人達にかくにんしたいしさと答える。
と、元々は勘の良い桐生だ。
ある程度は察したようで目を見開く。
いやー、マジで凄いっすよ。明美先輩。




