新学期の事情 その11
「えっと……その……やっぱり恥ずかしいよぉー」
照れる愛ちゃんが物凄く可愛くて、でも、ちょっぴり不満が胸に湧き上がる。
って言っても、俺から言い出してる内は多分難しいのだろうな。
やってくれる時は愛ちゃんから言い出してくれる。そんな予感もしているしね。
「むー、それじゃぁ今日も僕からしますよ?」
「えっ、あっ」
少しわざとらしくリアクションしながら、ゆっくりとお箸を愛ちゃんの方へと持っていく。
「はい、あーん」
ニッコリと笑って言えば、もう何度もやっているのに初めての時のように照れる愛ちゃん。
まぁ、本当に最初にやった時は驚きすぎて椅子から転がり落ちそうになった事を考えれば、だいぶ慣れては来ているみたいだな。
「あ、あーん」
頬どころか顔中を真っ赤に染め上げた愛ちゃんが、潤んだ目で俺を見上げてきて……。
くっ、落ち着け俺。れれれれ、冷静になるんだ。
鼻息がどうしても荒くなってしまっている事を自覚しつつも、少しでも平静を装ってその口の中に俺の作ったハンバーグを入れる。
おおお、変な気を起こすな俺。
もう止められないけど、やっぱり際どいよな。俺の理性が。
美味しいよと言ってもぐもぐしている愛ちゃんに襲いかかるのを必死にこらえ、それは良かったです。ほら、あーんすると益々美味しくなるでしょう。なんて口から漏らしつつ距離を取る。
ふぅ、危なかった。
「じゃぁ、次は私の番だね」
そう言って、愛ちゃんが自身の作った煮物に箸を伸ばす好きに口で深呼吸をしておく。
さぁ、ばっちこーい!
「はい、あーん」
「あーん」
わざと目を瞑って口を開き、そのまま煮物を入れられるのを待つ。
「うん、美味しいです」
数回咀嚼してそう口にはするが……はははは、味なんて感じている訳ねーだろ!
無論、確実に愛ちゃんの手料理が美味しいのは俺の世界の確定事項な訳だが……いやー、俺も何度やってもこのくらい緊張してしまうんだ……なんなのナチュラルにこれを楽しめる奴ら。
いや、最高なんだけども! 余裕を持って楽しむとか今の俺には想像つかないなー。
そんな感じで今日も今日とて最大限に愛ちゃんとの時間を楽しむ。
食事を終え、今日は愛ちゃんに先にお風呂に入ってもらう間に俺がお片付け。
一通り終えても女の子のお風呂は相応に長くなってしまう訳で、今のうちに鼓動の高鳴りを少しでも抑えておく。
ふぅー、しかし本当に愛しいなー。
こんなに幸せで……って、あ。学校での出来事流石にそろそろ話しとかないとなー。
間宮から携帯で連絡を取り合っているみたいだけど、下手に心配させる訳にもいかない。
つい愛ちゃんとの時間を大切にしたいと思いすぎて、他がおろそかになっちまうもんなー。
勉強とかは流石にやる時間をきちんと決めている訳だけど、だからこそ団欒タイムもといイチャイチャタイムは限られている訳だし。
はー、だから面倒事抱えたくはねーんだよな。
ふとした瞬間思い出しちゃうし、愛ちゃんだって疑問を持った時はやっぱり聞いてくるわけだし。
別に皆が大切じゃない訳ではないし、困っているなら助けたいと思っているし、だからこその訳だが……これはこれ、それはそれだよな。
「雄君、次どうぞー」
「あ、はーい。
急いで入ってきます」
ラフな格好で、ぶっちゃけ色っぽすぎて髪をタオルで拭きながら部屋に入ってきた愛ちゃんをなるべく視界に入れずにお風呂へ向かう。
うん、話すとしても俺が風呂に入ってからだな。
あーあ、勉強前の貴重なイチャイチャタイムは取れもそうもないなー……仕方ないとは言え無念。
うん、何はともあれこのムラムラを何とかしてこなければ……うおー、幸せだけど生殺し過ぎて辛いとかもう、あああああああああ!!
「それで、話したい事って?」
若干視線を逸らしながら聞いてくる愛ちゃん。
あー、今俺上着はまだタンクトップだからなー。
思わず笑みが浮かんでくるのをこらえつつ、トレーナーを羽織りながら口を開く。
「学校の事なんですが、ちょっとゴタゴタしちゃうかもしれないので」
んー、そう言えばそろそろ愛ちゃんとタメ口で話していいかもしれないな。
なんて場違いな事を考えてしまう。
いやいや、集中しろ俺。
「え? 何かあったの?」
途端心配そうに聞いてくる愛ちゃんに、意識して笑みを浮かべながら思いを伝える。
「いえ、今はまだなんですが、これから起きるかもしれないって事です」
「それって、どう言う事?」
「はい、実は僕は大丈夫なんですけど、間宮の問題ですね」
「翔子ちゃん?」
不安そうな顔から不思議そうな顔へと変わる愛ちゃん。
多分俺が何かしらあると思っていたのだろうな。
「ええ、と言うのも間宮は幼馴染とごく最近仲直りしたのですが、どうやら幼馴染は未だ間宮の事が好きみたいなんです」
「そう……、翔子ちゃん恋愛したいって感じはなくなっちゃったものね」
何かしら納得したように言葉を漏らす愛ちゃん。
言うとおりそれも問題ではあるんだが、その程度なら別に先に言っておくなんて真似はしない。
多分間宮からその手の話があっても、普通に女の子同士の恋バナで終わりだからな。
「ええ、それは良いんですけど。何やら後輩のある男子が間宮を口説こうとしているみたいで。
いえ、口説いているかはまだ推測なんですが、仲良くなろうなんて彼から言い出していて、男目線から見ればもうそれは口説いていると変わりないわけで……ん? その反応どう言う事ですか?」
男目線からの件辺りでえっと声を漏らし、何やら慌てた様子になる愛ちゃん。
いや、マジで何でそんな反応?
「えっと、その。
あのね、お友達になろうって口説いているの?」
「ええ、そりゃぁ例外も居るかもしれませんが、それは例外ですと言えるほど大抵の場合は口説き文句みたいなものですね。
大丈夫、怒っていませんよ」
そんな言葉を聞かされれば察さない訳がない訳で。
無論愛ちゃんは被害者だから怒ったりなんて訳の分からない事をする事等ない。
が、言ったアホは別だ。
貴様俺の愛ちゃんを口説こうとか俺に挑戦してきた訳だ。
これは愛ちゃんを気遣って大学まで出向いた事なんて1度もなかった訳だが、そんな場合ではないな。
「お、怒ってない人は怒ってないよなんて言わないもん」
「ああ、自分には怒ってますからね。
愛しい人にちょっかいをかけらるのをミスミス見逃してしまった訳ですし。
明日大学まで迎えに行きますね。
本当は送り迎えしたかったのですが、明日のスケジュール的に迎えしか無理そうなので」
ああ、ダメだ、多分怒りを隠せていない。
愛ちゃんを怯えさせたりしたい訳じゃないのに……、て、あれ? 笑顔?
「えっと、その……良いの?」
「良いも何も、僕が愛ちゃんは僕の……俺の物だ誰が許すかバーカ! って牽制しに行きたいだけですから。
寧ろ愛ちゃんは大丈夫ですか?」
「う……うん! 嬉しい!」
醜い嫉妬を丸出しにしてしまったのに、満面の笑みを向けてくれる優しい愛ちゃん。
なんて心が広いんだろう。
益々惚れてしまうなー。
こちらも自然と笑顔へと変えてくれて、そのまま感情に突き動かされるように椅子から立ち上がり、間にあるテーブルが非常に邪魔くさく感じながらも迂回して愛ちゃんの元へと移動する。
その間に愛ちゃんも立ち上がっていたので、そのまま愛ちゃんの両手を俺の両手で包む。
「愛ちゃん……大好きです……」
「私も……」
見つめ合い愛の言葉を奏で、お互いにそのままゆっくりと唇を近づける。
間に何も阻むものがなくなり、その甘い感触をただただ甘受する。
ああ、本当に愛おしい……。
……あれ? 何か話の途中だった気がするけど……まっ、良いか。
そのまま数回口付けを交わした後、名残惜しいですが時間ですねと切り出す。
うん、限界だったんだ。
これ以上一緒にいるだけで間違いなく襲うわ。
愛ちゃんは物凄く躊躇したのだけれども、ちゃんと初めては僕が貰いますからねなんて茶化し半分本気半分で呟いたら笑ってくれて。
それで何とか雰囲気も軽くなったのでお互い距離を取る事に成功する。
うんうん、仮に出来ても籍すら入れられないんだもんなー。
勿体無い思いと激しい未練に包まれるし、こんな状態で勉強してもって感じだけど……上手く割り切らないとなー。
くっそー、早く愛し合いたいぜ。
愛ちゃんのご両親には、我慢出来なかったら仕方ないとか、どんどん行っちゃって良いのよとか言って頂いて貰っているのだけど……。
母さんすらそうなったら良いわねーなんて天然かましてたけど、率先して企んだであろう親父が物の見事に出来たら結婚出来る歳まで引き離すからななんて宣言するんだもんな。
そりゃぁ元々軽率な事なんてするつもりなかったけど、宣言したら必ず実行する親父相手に無茶する訳ない。
ともに聞いていた愛ちゃんも、夜這いは後2年後とか呟いてたし……。
まさか夜這いを期待されているとか本人の口から聞いてしまうとか、そこまで好かれているのかと喜んじまったのだけど……。
あああ、完全に集中出来てないぞ俺。
はぁ、とりあえず飲み物でも飲むか。
甘やかな雰囲気になりすぎた代償は、その後勉強に一切手が付かず、かつ肝心な事を伝えそびれてしまうと言うものだった。




