新学期の事情 その10
「やられた……」
笑顔で手を振る間宮と、それに応えるように手を振って去って行く後輩キャラの姿を確認するや口から溢れる。
こうならない為に元から着いてこようとしなかった桐生だけでなく、健に後は任せたと頼んで出てきたと言うのに。
と、隣に居た健と視線が合ったので睨めば、苦笑いを浮かべて来る。
フォローはしたけど接触はともかく、仲良くなるのすら拒めなかったと言う事だろう。
ぶっちゃけ俺が居た所でどうこう出来たとも思えないのだが、やるせなさだけが募っていく。
そして、案の定隣で固まっている宮原に思わず深い溜息が溢れる。
「ったぁ! どうしたの急に?」
周りに音が聞こえるほど思いっきり背中に平手打ちをかました訳だが。
それを言わねば分からないのか? と言う意味を込めて睨みつけてやる。
うっと声を零したところから、完全に伝わったとまでは行かなくともある程度は察しただろうか。
はぁ、凹むような立場でもあるまいに、頼むぜ。
気持ちは分からんでもないけどな。
「なんか上の空だな」
微笑ましいを通り過ぎもどかしいやり取りをしている間宮と宮原を健に任せ、いつもならからかい9割ながらも要所でフォローをする筈の桐生にそう問いかける。
「あら? そんな事ないわよ」
ニッコリと言い切る桐生。
後で聞きに来いって事だろうな。
有無を言わせないその笑みにそう察して、おー、そんな気がしたんだけどなー。すまんな。とだけ返しておく。
これで健……は気付いたか。まぁ間宮と宮原は誤魔化せたから良いとしよう。
ってか、健お前察し良すぎるだろう、何でそれを自分の恋愛に活かせないのやら。
「お前って本当に残念な奴だよなー」
「えっ、ちょっ、何で急に俺またディスられてんの!?」
素で慌てふためく健を桐生とともに笑い飛ばす。
間宮と宮原はようやく気付いたか目を丸くしてこちらに視線を向けていたが、お前らはどうぞそのぎこちないやり取りを続けてくれ。
正直もう少しぎこちなさが抜けなきゃ普通に絡みづらいからさ。
手をひらひらと振りながらどうぞ続けて続けてと口に出せば、再びぎこちなく会話を再開させる間宮と宮原。
お前らほんと初々しいなー……、宮原の勘違い俺が忠告させてなきゃ絶対加速してたぞ。
ってか、今も絶賛勘違いしそうなので、時折顔を輝かせた瞬間に足を踏みつけるのは怠らない。
涙目でこちらを向いてくるからわざとらしく首を振っている、多分流石に本意は気付いてくれているだろう。
寧ろ、間宮が心配してくれて距離詰めてくれているんだから感謝してくれてもいいぜ。
な場合じゃなくて。
「そういやさ、あの何か目立つ頭の後輩何しに来たんだ?」
聞き忘れそうになっていた大事なことを切り出すと、健が苦笑いを浮かべて口を開く。
「いやー、普通に美人と噂の間宮先輩を見に来たって言って、で、友達になりたいですって言い出してさ。
止める暇もなく間宮ちゃんが嬉しい! 友達になって! って食いついちゃったからなー」
あー、やっぱりそう簡単に飢えは収まらないか。
いや、これはもう性分にまでなっているのかもしれない。
「まぁ、一緒にいた訳だけど、猫被るのあの子上手いわねー。
たけるんも騙されていたでしょ?」
しみじみと口にする桐生に、驚いた表情を浮かべる健。
って、聞き捨てならないぞそれ。
「あら、2人とも面白い顔。
ふふふふ、私だって騙されそうになったんだから仕方ないわよ。
だから、まー坊はたけるんをこの糞無能の使えねーって名前に改名しろよなんて思わない事よ」
「いや、思わねーよ。ってか、お前毒舌全開だな」
絶句している健の代わりに苦笑いを浮かべて口にする。
ったく、そんな不器用にごめんなさいって言われても分かるの俺だけだぞ?
俺だけに伝えたかったの位分かるけどさ。
ってか、俺でも前世の記憶なけりゃ普通に勘違いするぞそれ。
「……前々から言おう言おうと思ってたけど、お前偶にマジでムカつくぞ」
と、耐え切れなかったか、健が険しい表情で口にする。
それも当然だな。
あー、桐生……兄さんの野郎笑みを浮かべるだけ浮かべて更に勘違い促しているし。
ったく、兄さんはそれで良いかもだけど俺は良くないぞ。
故に、桐生的には不本意も甚だしいだろうが無視して健の耳を引っ張る。
案の定表情を険しくした桐生だけど、知った事か。
痛がる健も無視して、耳元で他の誰にも聞こえないよう囁く。
「たけるんを桐生に置き換えてみろ。
物凄くわかりづらいが、さっきのだけに関してはそう言う事だ。
普段の言動はこの場合のブラフの意味もあるからな」
最低限だけ伝えて手を離す。
目を白黒させている健に、なぁ、面倒くせー奴だろー。とだけ普通の声量で零す。
「わー、2人ってモーホー? 私そう言うの見るの楽しくないから是非喜ぶ人達の前でだけやってくれない?」
はい、照れ隠し乙。
と言いたい所だけど、何で吃驚した表情浮かべてんだよ間宮と宮原は。
「か、肩を叩かれたから何事かと思ったら……まさか友達がそんな性癖だったとは」
「だ、ダメだよお兄ちゃん、お姉ちゃんは絶対裏切っちゃダメ!」
だ、ダメだこいつら早く何とかしないと。
詰め寄る2人にわざとらしく溜息を吐き、余裕を持って口を開く。
「どうせ俺が健に耳打ちした場面を見てと桐生の言葉だけしか聞いてないだろうが、俺は愛ちゃんだけを心の底から愛しているから心配するな。
健の心配はしてやってくれ」
堂々と言い放ち、2人の視線が健に集まる。
あ、あいつ桐生に絡んでたのか咄嗟に対応出来なくて、その所為で先に間宮と宮原が言葉を投げつける。
「ぼぼぼぼぼ、僕は友達の友達も、その、ひ、否定何かしないよ!」
「明美お姉ちゃんも裏切っちゃダメなの! お願いだからノーマルになって!!」
「えっ、ちょっ、俺はノーマルだ!! 無実なんだぁぁぁぁ!!
桐生、てめぇこの責任取りやがれ!」
あ、馬鹿。
テンパったのかもしれないけど、そのセリフはダメだ。
「よよよよよ、男なら誰でも構わないのね。
でも、私は女の子が好きだからごめんなさい」
「違うわああぁぁぁぁぁああああ!!」
わざとらしいリアクションを取る桐生に健の絶叫が響く中、無情にも休み時間を終える鐘が鳴り響く。
うむ……健。誤解解くの頑張れ。
「んで、どう言う事だ?」
放課後、空き教室で待っていた桐生に問いかける。
普段の飄々とした様子はなりを潜め、代わりに真剣な表情が浮かんでいた。
「……ごめんなさい、ちょっと予想外だったわ。
あの子……気を付けてね」
申し訳なさそうな声色が響く。
「何がどう予想外だったかは分からねーけど、元々気を付けるつもりだったから大丈夫だ。
ってか、そんだけ? らしくねーぞ」
言葉通り肩透かしを食らった気持ちでいた訳だが、すっとより鋭くなった眼差しが俺を貫く。
「ううん、気を付けなさい。
お願いだから……」
必死な音色に、逆に疑問が湧き上がってくる。
「……お前、何が見えているんだ?」
カマかけ半分疑問をそのまま口にしてみた。
のだが、それは笑顔で躱される。
ふむ、当たらずといえども遠からずか、もしかするとズバリかもしれないな。
つっても、これはてこでも口を開かないつもりだろうから、話題を変えるか。
「因みに、予想外ってのは聞けるのか?」
今度は大丈夫のようで、言葉を返し始める桐生。
「単純な話よ。想定を超えるほどあの子……複雑よ。
家庭環境はまー坊も知っている通りなんだけど、トラウマが酷いわ。
更に拗らせまくっている感じね。
あれは……多分、絶対に人を信用しない上に壊れるのを楽しんでしまっているわ……」
なるほど、言わんとする事は分かるし、言葉を相当選んでいるのも分かる。
つーか、何を隠そうとしているんだか……ナチュラルに無茶するタイプでもあるから心配になってきたな。
人の手借りるの躊躇しなくて得意な癖に、意地張ると暴走する悪癖は健在か。
「ありがとう、状況は分かったよ。
んで、俺も忠告。
変な意地張りすぎるなよ」
俺の忠告に目を見開く桐生。
いや、普通に分かるぞそのくらい、ってか、普通に心配だって。
ったく、相変わらず自分を低く見せたがるのもそうだし、悪癖こそ生まれ変わったなら直って欲しかったんだがな。
まっ、仕方ないか。
「ええ、ちゃんといずれ伝えるから……。
ふふふ、しかし、私がまー坊に心配されるなんてね」
「おう、おかしいか?
普通に友達なら心配するだろ」
そう返せば、嬉しそうに笑みを浮かべる桐生。
……何だろう? 俺と違って前世の記憶を持って転生してて、俺らより遥かに精神年齢は高そうなのに……実は殆ど変わらない気がして来た。
そんな思いを抱く物の、話は終わりと言った雰囲気に逆らってまで聞く事じゃないなと思いそのまま別れる。
ぶっちゃけ聞いても答えが返ってくるか……いや、何となくだけど、そもそも気がついてすらいないような気もするからな。
それに何より、愛ちゃんに早く会いたい訳で。
最低限は話せているのでよしとするべきだろう。
うむ、愛ちゃんと一緒に居る時間と比べれる物なんて俺にはないからな。
さ、遅くなった分走って帰りますかね。




