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病弱乙女ゲーム 思い付き

子犬男子はシスコン少年

作者: マヤノ

 西城佑樹には病弱な姉がいる。なんでも知っていて、優しくて、綺麗な美鈴のことが佑樹は大好きだ。姉が熱を出したり、発作を起こしたりしなければずっと会話をしていたいくらいである。


 学校に通えない姉には家庭教師がついている。だが、家庭教師いわく美鈴は物覚えがよく、ほとんど自分で理解しているため、教える意味があるのかわからないらしい。


 佑樹は姉に外の話をする。あまり家から出ない美鈴は、透けるように透明で、消えてしまいそうな儚さを持つから怖かった。大好きな姉がいつの間にかいなくなってしまいそうで、毎日少しの時間でも姿を見ないと心配になるくらいだ。


「いってらっしゃい」


 今日は体調がかなりいいようで、玄関まで見送りをしてくれる美鈴に佑樹はぶんぶんと手を振る。美鈴にはその様子が、可愛い子犬に見えた。





 佑樹は学校が嫌いではなかった。だが、最近は学校に向かう足取りが重くなる。姉に心配をかけたくないのに、心配させてしまうくらい苦手になっていた。


 転校生が佑樹は大嫌いである。名前を覚える気もないほど嫌っていた。


 パステルピンクの色を持つ転校生は、佑樹に姉がいることに疑惑の目を向けた。すぐに可愛らしい笑顔を向けてきたが、大好きな姉のことを否定する様子に腹が立った。


 そして、何よりもべたべたと身体に触れてくるのがいやだった。無駄で過剰なボディタッチが気持ち悪かった。高い声は甘ったるくて吐き気がしたほどだ。


 転校生の情報が流れてきた時に、納得してしまった。彼女は男子の前では可愛く、見た目のいい異性がいれば媚を売る。女子の反感を買っても、自分の見た目に自信がある転校生はうまいことそれを利用するらしい。男子に守られて幸せそうだ。


 転校生はかなりモテる。意味がわからないくらいモテる。


 告白される回数のすごさ、イケメンと言われる男子が周りを固める様子は異様といえた。その輪になぜか佑樹を加えようと狙う様子の転校生を彼は嫌悪している。


 隠しているようだが、佑樹にはバレバレだ。転校生は天然でもなければ、優しくもない。ただの媚を売る女子だ。転校生が可愛いし、綺麗だと耳にした時、佑樹は鼻で笑った。


 彼は自分の姉が大好きである。贔屓目なしに見ても、華奢な見た目と儚い雰囲気を持つ優しい美鈴の方が何万倍も可愛くて綺麗だと思った。


 癒しである大好きな姉と嫌悪する大嫌いな転校生。比べることなどおこがましい。勝負にもならない。


「佑樹くん、クッキー好きでしょ? 特に紅茶クッキーだったよね」


 転校生の言葉に佑樹は冷めた目を向けた。


 クッキーが好きなことは他の人も知っていることだが、紅茶クッキーが好きだとビンポイントで口にする転校生は、確信しているようだ。


 誰にも教えていないことをなぜか転校生は知っている。相手が欲しがる言葉をうまく口にする。そんな得体の知れない彼女に、なぜ多くの男子が落ちたのか佑樹はわからない。ただひたすら、見る目がないと思った。


「名前で呼ぶ許可出してない。それに俺は君と仲良くないから、名前で呼ばないで欲しい」


「え、ごめんね。佑樹くんと仲良くなりたくて……」


 ピンクのリボンが飾られた袋を見て、食欲が佑樹の中から消えていく。


「ふうん。でも、手作りって嫌いなんだ。姉さんのは別だけど」


「私の作ったの、美味しいよ? 佑樹くんのお姉さんのよりもきっと美味しいよ」


 一瞬浮かんだ憎悪を消し、転校生は頬を染めて笑顔を浮かべる。


「名前で呼ばないで欲しいって言ったのに、耳は飾り? それに姉さんのより美味しいわけがない」


 苛々しながら答える佑樹の肩を友人が叩いた。走ってきたのか息を乱す友人は、どこかうっとりした表情を浮かべている。その様子に佑樹は「まさか」と小さく呟いた。


「美人がお呼びだぜ」


 がたりと椅子を倒す勢いで佑樹は立ち上がる。転校生が邪魔をするように掴んだ手を振り払い、走り出した。


 なんで? という疑問が浮かぶが、姉と学校で会えるなど幸せすぎる。転校生に絡まれた時、今日は不幸だ、家に帰りたいと願っていたのがころりと変わった。今日は幸せという認識になっている。


「姉さん!」


 美鈴がいる場所を聞かずに走り出したというのに、佑樹は姉の居場所がわかるように扉を開いた。彼女の体調を考慮して、職員室か保健室にいると考えたのだ。


「佑樹、廊下は走ったらだめなんじゃないの?」


 職員室でのんびりお茶を飲んでいた美鈴は、苦笑を零した。そんな彼女に抱きつく佑樹は、幸せを満喫している。


「西城は姉が大好きだな」


 からかう口調に、佑樹は即答した。


「はい、大好きです!」


 犬の尻尾をぶんぶん振っていそうな佑樹は、満面の笑顔だ。


「あ、姉さん。どうして学校に?」


「病院の検査が終わった帰りにちょっとね。最近、佑樹の元気がなかったから……なんだか元気そうだけど」


「校内で迷ってたから、とりあえず職員室にな」


「広すぎるんですよ!」


 職員室に保護された理由が不服な美鈴は、案内板やパンフレットが欲しいと訴える。


「迷子な姉さん、可愛い。俺が案内するよ」


「え、いいよ。職員室までの道なら覚えたから……多分。他の場所を生徒以外がうろうろしたらだめでしょ」


「つうか、西城。お前はそろそろ授業時間だぞ」


「授業より姉さんの案内が重要です。先生、テストで一位取れば見逃してくれます?」


「嫌味な奴だな」


「姉さん、職員室つまらないでしょ。図書館とか食堂とか行こう。それに綺麗な花壇もあるよ」


 すでに姉しか視界に入れる気のない佑樹は、美鈴の好きなものをあげて興味を引かせる。


「佑樹、提案は嬉しいけど……」


「姉さんは俺が案内するのはいや?」


「いやじゃないよ」


「なら、いいよね? あ、あいつと会わないようにしないとね。姉さんの目や耳が腐っちゃう」


 にっこりと姉に笑顔を向け、佑樹は美鈴の手を取った。


「大丈夫だよ、姉さんがきつくなったら俺が運ぶから心配しないで」


 失礼しました、と職員室を出る。姉と学校に通いたい、そう願っている佑樹は嬉しそうに校内を歩く。授業など放置である。


 体力があまりない姉が歩き疲れ、佑樹に横抱きされて固まる様子が校内で見かけられることになる。その後、西城佑樹に美人な彼女がいるという噂が学校を駆け回ることになるのだが、美鈴は知るよしもない。

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