電車からでんしゃい
新幹線ホームに出ると、ライトニングが黙って合図した。
上り5番線の真ん中寄りホームに、300系だろうか、白くて角ばった車両が見えた。
他のホームには列車は見当たらない、爆弾を持った男は何両目にいるのだろう。
前に行った機動隊らしい連中が点呼を取っている間、二人はいったんホーム下、空いている方の線路に降り、脇の通路を先に進む。
ライトニングが小声で話しかけてきた。
「よく、分かったっすね、ここが」
それに答える声はつい、つっけんどんになる。
「ってさ、知らねえし」
「どういう事っすか?」
ライトニングはすっかりたくましくなったようで、あたりを油断なく見まわしながら、それでも懐かしげな目を彼に向ける。
「支部長から電話行きましたよね、それでここに来たんじゃあないんすか?」
「来てねえ、つうか、電話持ってないんだ。話せば長くなるが、短く言うと事故にあって」
きょとんとしているライトニング。鳩が豆鉄砲を食らった顔、というのだろうか。
「私用で来たんだよ、それでオマエにさらわれたんだ、さっきね」
「あっちゃ~」額を押さえてライトニングがうめく。「てっきり、シゴトかと」
しかしめげていない。
「ここまで入っちゃったんですから、一緒に来て下さいよ」そう、全然動じてない。
「リーダーはオレらがシェイクできるの、知らないんす」
オレも数に入ってるんですか? と椎名さんはつい黙ったまま自らを指さす。
ライトニングはふざけている様子はない、きわめて真面目な表情のままうなずいている。
「リーダーがおとりになって、1号車側から交渉に行く。気を取られている間に、オレらが15号車側からこっそり入る。今、開いてんの一番前のドアだけなんすよ。機動隊は人数少ないっすけど、横からヤツらが逃げないように見張ります」
「ヤツら? 一人じゃないのか? 初めて聞くぞ、オレは」
そう言ってやると
「え?」
一瞬、何かがぞわりと側頭部を撫でた。
「オレにもシェイクかけるなよ、やめろよ」
ライトニングは素直に謝る。「ごめんなさい、つい」
「つい、じゃねえ」
ライトニング、あまり聴いてはいない。はいはい、というようにうなずいて
「二人なんです、犯人は」
人質は一人。どちらが連れているかは分からないのだそうだ。
まあそれはいいとして……椎名さんはがりがりと頭をかきむしる。
これは悪夢か? 罰ゲーム? 布団落としただけなのに?
「時計合わせて、1503」
彼のことばについ癖で腕を出したが、「オレ時計もないし」
あちゃあ、すみません、オレについて来て下さい。と、ライトニング、更に前方に移動。
椎名さんもサンダルが脱げそうになりながらもどうにか身を低くして続く。
「オマエさ、」進みながら、小声で尋ねる。
「リーダーにもシェイク、かけてんの? いつも」
「え?」意外そうな彼。「ダメなんスか?」
そうか、よかったんだぁ。なワケねえよ!
「でもすぐ覚めちまうし」持続性は相変わらずあまりない様子。
急に拡声器の声がした。
「今から入ります、安全要員待機」
オレらのことです、早口で言うとライトニング、一番東より15号車のすぐ近くにそっと上がる。通信機に向かって短く告げた。
「ライトニング、レディ」
柱の影から、彼のリーダーが両手を挙げたままの恰好で新幹線の中に入るのが見えた。
かなり遠い。
「行きましょう」
開いている運転席近くの小さなドアに用心しながら近づく。
中に滑り込む。新幹線は気づかないほどかすかな振動で震えている。照明もすべてついたままだが、人の姿はどこにもない。
ライトニングはドア開閉スイッチの前に立った。
「さて困ったぞ」言うほど困ってない。いくぶん楽しげだ。
「オレがここにいると、センパイはずっと中に入んねばなんね」
急にお国ことばにしてみせたので椎名さんも答える。
「オレがここにいる。オメがナガさ入れ、はぁ」
「いえいえセンパイ中へ」後輩は急に標準語に替えた。
「いえいえお仕事の方が」
美しい譲り合いだ。そこに、急に動きがみえた。
「来た!」
ライトニングが扉のかげに入った。1号車側から、誰か近づいてくる。
車内販売のお姉さんの腕をしっかと掴んだ、若い男。
まだ10月だというのに厚手のジャケットを着こんで、お姉さんに何かどなりながら、足早にこちらに向かっている。手にはトランシーバーのようなものを持っているだけで、他の武器はないようだ。起爆装置のようなものも手にはなさそう。
「前行けや、前、早く」お姉さんは泣いている。
アイツ許せんぞ。
椎名さん、前に出た。しゅっ、と自動ドアが開く。客室との間のドアも簡単に開いて、彼は、犯人とまともに向き合う形になった。
「オマエは……」
あまりにもラフなおっさんが目の前に立っていたので、犯人も、人質のお姉さんも状況を把握するのに、やや、タイムラグがあった。
その隙を利用するのがシェイカーのお仕事。椎名さんは犯人に尋ねた。
「浜松と言えば?」
「うなぎパイ」簡単にひっかかった。ぐい、と思念の分厚い塊が覆いかぶさる、椎名さんはそれを一気に手繰り寄せた。
「逃げられないぞ、手を挙げろ」
犯人は両手をあげ、トランシーバーがぽろりと落ちた。
人質は、泣きながらも前の戸口から急いで走り去る。ライトニングが外に叫ぶ。
「人質の女性がホームに出た。撃つな! 保護お願いします」
ライトニングの通信機が鳴った。すばやく聞きとったライトニングが椎名さんに向かって叫ぶ。
「1号車側、犯人一名確保。起爆装置はもう一人が持ってると連絡あり」
椎名さんは頭痛をこらえながら、片方の手を彼に差し出した。
「起爆装置というのを、みせてもらいましょうか? ゆっくりと」
男は、おそるおそるジャケットの内ポケットから四角い箱を出した。
煙草の空き箱を四つくらいつなげて、ガムテープで留めてある貧相な「起爆装置」が、彼らの間の床に軽い音を立てて落ちた。
ライトニングが前に出て、目の前の男を押さえながらそれを踏み潰す。
いきなり圧縮された空気の音と共に全部のドアが開いた。機動隊員がそれぞれの車両に飛び込んできた。
「遅っせえよ」ライトニングがにやにやしながら男に手錠をかけた。身体検査もして、爆弾に見せかけていた紙筒の束も無事、回収。
ホームに出ると、向こうからスーツの男が全速力で走ってくるのが見えた。
「ライトニング、てめえぇぇ」
無事に終わったのもあるのか、かなりベタに怒っている。
「何か見たことあると思ったら、さっきの人もしかして……」
「やべ」ライトニングふり返る。
「センパイ、逃げて」
「なんでオレが逃げなきゃ」
「後はオレがうまく説明しとくし、あ」
椎名さんを、さっき上がってきたホームにほとんどつき落とすようにしながら彼が言った。
「この御礼はまたこんどゆっくり……すんません、ホント、ありがとうございました」
そうそう、オレはお休み中なんだから遠慮なく帰っていいのだ。しかもやはり頭痛がひどくなってきている。
頭に響かないようにホーム下を小走りに戻る途中、上からリーダーの
「彼はどこだ?」
とがなり立てているのが聞こえてきた。
何となく、ヒトゴトっぽくて急に気分がよくなってきた。