東名上の透明なる存在
気がつくと、ごうごうと音をたててトラックは走行中。かなり速度を出している。
「なんだ?」時間が少しあやふやだった。何の仕事中だっけ? 自分の服装をみて急によみがえるおぞましい記憶。
ふとんがふっとんだ~
頭の中に、ぐるぐるとどうしようもないオヤジギャグが回っている。
違う、ふっ飛んだのはオレだ。
あわてて後ろの隙間から外をのぞく。
高速道路を、多分西に向かって走行中のもようだった。
屋根をみる、ぽっかりと開いた穴からのぞく青い空、流れる白い雲。
周りには、引越し荷物らしい、ごくごく普通の家具やら電化製品やら。彼はたまたまソファの上に墜落したらしい。
よかった、無事で。どっかりとソファに腰を下ろす。
服装はよれよれの白いTシャツ、ジーパン、素足にベランダ用サンダル(奇跡的に両足残っていた。以前、新潟まで履いていったアレだった。捨てればよかった、とここで激しく後悔する。もったいないのでベランダ限定で使っていたのだが、多分コイツが呪われている)、持ち物は、もちろん無し。煙草とライターのみ。
一服しようかと煙草を出したが、他所様の荷物に匂いをつけるのもはばかられるので、我慢してまたポケットにしまった。
貨物スペースからは、運転台の方はのぞけない。どんどんと叩いて合図を送っていれば、いずれは気づくかも知れないが、こんな高速走行中に急に乗せた覚えのない人間が出てくれば、どんなにびっくりするか。事故るかも。
そのうちにサービスエリアにでも入るだろう、そうしたら事情を話して電話代だけでも貸してもらおう。
腹がぐう、となった。
何か食料でも積んでないだろうか?
すみません、とつぶやきながら積んであった段ボール箱を一つ一つ開けてみる。
食器やら、本やら、CDやら、食えないものばかり。
ようやく片隅に、インスタントラーメンとお菓子の詰まった箱を見つける。
やったぞ。しかし羊羹とか栗せんべいとか、かりんとうとか渋い趣味。
一袋だけごちそうになろう、後日詫びて弁償しよう、と取りあげた時に、白い便せんがひらりと落ちた。
「よっちゃんへ
ひとりで暮らすのは、初めてだから心配です。
いつも肩をもんでくれた優しいよっちゃん、時々は帰ってきてね。
学校ではお勉強をちゃんとがんばってね。
お父さん、お母さんはあんなに怒っていたけど、
ばあちゃんはいつまでもよっちゃんの味方です。
年金があまりなくて、お小遣いはあげられないけど、お菓子食べてね。
大好きなラーメンも入れました。玉子は買ってあげられなくてごめんなさい。
お金を節約して、早く夢をかなえてね。 ばあちゃんより」
椎名さん、手紙をたたんで箱をまた元通りに閉じた。
だめだ、食えねえ。
ソファの上で体育座り。腹はずっとぐうぐう鳴っていた。
うつらうつらしていたのか、急な減速を感じ、はっと頭をあげる。
このカーブの切り方は、サービスエリアか、出口か?
頭を出さないように気をつけてのぞいた。インターだった。
なになに……「焼津?」
自宅を出てから160キロ以上は来てしまったということか? しかもまだ走ってるし。
インターを出たトラックは、今度は普通の道路を北上している。車通りの多いところだが、だんだんと周囲に山や田んぼが目立つようになってきた。
交差点を左折、国道1号線とあった。さらに西に向かう。
いっそのこと、オレをどこか世界の果てにまで連れていってくれ。
椎名さん、心の中でそう叫ぶ。
信号で何度か止まったが、すでに飛び降りる気力もない。こんな所でヘタに降りたら、横浜とのつながりを全て失ってしまう。
今では、トラックの運転手か同乗者(どちらかは、ばあちゃん子のよっちゃんだろう、多分)が自分の唯一の頼みの綱だ。
耐えろ、耐えるんだ。もっと辛い状況でもがんばって耐えてきたんだぞ、オレ。
でも今日に限っては何だかすごくダメ、って思えてくる。
はよ止まれや!
念力が効いたのか? 住宅地に入ったあたりで、トラックはようやく停まった。
一人が降り、誘導している。バックでどこかの路地を下がっているようだ。
「オライ、オライ、オライ~スト~ップ」
はあ、と大きなため息をついて
「おっ疲れ様っす~」降りた方が運転手をねぎらっている。
「運ぶ前に、一服しますか、先輩?」
そうだ、いったんどこかに引っこんでくれ。
「いやいいよ」先輩は簡単に
「まずさあ、荷物だけ下ろそうぜ」
「はぁい」
ついに来た、対決(?)の時が。オレの立ち位置はどうすれば?
天から降ってわいてきた、まるであかの他人のヨコハマのオヤジにふさわしい場所はどこだ?
人生でも最も決定の難しい選択を迫られていた椎名さん、大混乱。
結局どこにも隠れられず、半分出口に向いて半分は奥にもぐろうとしていたところを
「あ」思いっきり、ご対面。
「あ」「あ」みんな、口が丸く開いた状態。
しばしの間があって、先輩が天井に空いた穴に気づいた。
「あれ……」
椎名さんは、丁寧にごあいさつ。
「こんにちは。おじゃましています」返事はない。
「青葉区日の出町に住む、椎名と申します」
2人とも、かなりのショックを受けている。やはり高速で声をかけなかったのは正解だった。
「すみません……今、何時でしょうか?」
街の広報がちょうど、正午の鐘を鳴らした。