布団がふっとんだ
十月はじめのうららかな日曜日。まだ朝の9時ちょいと過ぎ。
MIROC東日本支部技術部特務課サンライズ・チーム主任アオキ・カズハル、コードネーム『サンライズ』は、今日もただのおっさん……本名・椎名貴生として、布団にながながと寝転んでおりました。
久々の休み、久々のわが布団なり。
しかし!
布団が急に巻き上げられ、彼はごろんと畳の上に投げ出された。
おそるおそる目を開けると、独裁国家ユリカの総統、椎名由利香が仁王立ちになって、彼を見おろしているでは。
「ごめんなさい」
とりあえず謝ってしまう、哀しいサガ。
「お布団干すから、9時に起きて。って、昨夜言ったよね、ワタシ」
ああ、やっぱり謝ってよかった。しかしそれで許されるなどとは思ってはいない。
なぜかここで言い訳が口をついて出る。
「寝てるとさ……天気分かんないし」
「天気予報、見てたよね、ゆうべ一緒に」
「当るか分かんないしさ」
「高気圧しか、なかったよねえ」
「世の中には想像もつかないこともあるのです。もしかしたらブラックホールが発生して」
うわ、奥さまは笑うどころではない。
「分かったよ、」プチ逆切れしてみる。
「起きりゃあいいんだろ、起きればさ」
「起きたついでに、お布団干して」急に明るく、総統がのたまう。
「オレまだパジャマですけど」
彼のその言葉にまた妻の声が低くなった。「十秒で着替えられる、って前に自慢したよね」
ささっとパジャマを脱いでTシャツとジーンズに着替える。速度の新記録を更新したかも。
由利香はパジャマを拾い上げ、
「お願いね、ワタシのと子どものも」
独裁者特有の明るさをこめ、そう言いつけて洗濯機へと去っていった。
ベランダに出て布団を干している間も、椎名さんは身を低くして、なるべく周りから姿が見えないように気をつけた。
急にお使いを頼まれた時もそうだったし、子どもらの面倒を一人でみることになった時も偶然とは言え、会いたくない連中にばかり会っていた。
また、シゴト絡みのヒトにこんな所でばったり出くわしたくない。
しかし、向かいの奥さん、確かハカバさん? いやナカバさんだったか? に庭から声をかけられる。
「あらぁ、おはようございますぅ。ご主人、お珍しいわぁ」
じろじろ見られている。この家にオレがいて悪いか。もっと首をひっこめて
「ちす」と口の中で挨拶。
我が家なのに、めちゃくちゃ居心地がよくない。
そう言えば、朝ごはんがまだだった。腹が鳴る。
しかし布団を全部干さなければ、ご飯もいただけない。少しだけ急ぐ。
ところが
「あぅ」よりによって、娘の掛け布団を落としてしまった。
やばい。総統がご覧になっていなかっただろうか?
あわててベランダからのぞくと、布団はすぐ下の軒に引っ掛かっていた。
微妙な位置。その下のカーポートに乗ってくれるか下まで落ちてしまえば庭からでも簡単に取れるが、ここだとベランダからひっぱり上げるしかない。
手が届くか? 無理だぁ。
椎名さんはキョロキョロとベランダ近辺を見回す。
あ、土間箒みっけ。シュロの部分をわしづかみにして、うんと伸びをして柄を下ろす。
届く、もう少し。柄の先についた紐がぶらついて布団のふちに当っている。
馬鹿にしているような動きだ。
「タカさあん」階下の声にはっとなった。
「ご飯できたよぉ」「今行く」答えた瞬間、ずるっと足を滑らせた。
「だあああぁ」
側転の感じで、まず手が布団に届き体は脚から横向きに回転して軒を越えて落ちる。
カーポートの屋根に左足かかとが着地、穴が開くか、と思った瞬間なぜか体が弾んだので手を伸ばし左手で屋根を押す、なんか高すぎ、もう一回転か? やばい車道に落ちる、というタイミングでほろ付きのトラック、しかも幌の上に転落。ちょうど家の脇で徐行中、これから本気で加速というところ。
なぜか幌はざっくりと割れ、中に落ちる。痛くはなかった。
というかカーポートの上あたりから、記憶が飛んでいたのであった。