スイーツ・ガール ~アイスクリーム編~
企画「candy store」用の作品です。
お題は『アイスクリーム』
お目汚しになるとは思いますが、しばしの間付き合っていただければ幸いです。
女の子は甘いお菓子が好きである。それは私、秋山美雨も例外ではなかった。
私があのアイスクリーム屋さんを見つけたのは去年の冬の終わりごろだった。とても寒い、寒い日。とてもアイスクリームなんか食べるような気温でなかったのは確かだ。でも、甘いものを売っているお店でこの街に私が知らない店なんて今までなかった。そしたらまあ……気になるよね。今までなかったアイスクリーム屋わざわざこんな寒い日に店開きするんだ。むしろ気にならないわけがない。入る前に少し店を観察する。よくある屋台タイプのアイスクリーム屋さん。店の屋根には恐らく店の名前であろう。直訳するとお菓子屋さん『candy store』という文字がカラフルに描かれている。正面から見てみるとカウンターには二十歳前後に見えるお姉さんが店の名前が入ったエプロンを身につけて退屈そうに頬杖をついている。敢えてアイスと言わずにお菓子屋さんという英語を店の名前にしたセンスも。屋根に描かれている文字の字体も。それからカウンターのお姉さんにも、なんだか不思議と興味をそそられた。私は店に入ることに決めて、カウンターの前に立った。
お姉さんが顔を上げて、私の顔を見た。そして心底びっくりしたような顔で私にこう言った。
「こんな寒い日にアイス買ってくれるの?」
透き通るような声。まず思ったのはこんな寒い日に店出してるのはどこのあなたですか。そして次に思ったのは、とにかく綺麗、としか表現出来ない容姿だった。正直下手なモデルなんかよりよっぽど綺麗だ。背も私より頭一つ以上はは大きかった。私はお姉さんの問いに答える。
「は、はい」
「嬉しいなあ。君がこのお店初のお客さんだよ」
私は聞きたかった。何故こんな寒い日に店を出しているのか。しかし聞き急ぐこともないだろう。まずはショーケースの中のアイスを眺める。10種類ほどの色とりどりのアイスクリーム。迷った末に私はストロベリーを注文する。何故か? 苺が好きだから。ただそれだけの理由。注文をして私がバッグから財布を取り出そうとするとお姉さんがそれを手で制した。
「君は始めてのお客さんだから、ただでいいよ」
いや、金を払わない客は客とは呼べないんじゃないだろうか……と思ったのだが、確かに今月は財布の中身がピンチなのでありがたく好意と、カップに入ったストロベリーアイスクリームを受け取った。ありがとうございます、と軽く礼をするとお姉さんは笑いながら言った。
「いいって、いいって。こんな寒い日にアイスクリームを買う気になってくれた君の心意気が嬉しいんだから」
そう言って笑ったお姉さんの顔は本当に嬉しそうだった。お姉さんはふと思い出したかのようにワゴンの後ろの方に設置してあるベンチを指差した。
「よかったら食べながらでいいから少しお話しない?」
もちろん私は何も考えずに頷いた。別にこのあと用事もなかったし、冬にアイスクリーム屋さんを出店している理由も気になる。それに、このお姉さんのことをなんだかもっと知ってみたい気持ちがあった。お姉さんは自分の分のアイスをすくってカップに入れる。色からしてチョコレートだろう。そして私を先導するかのようにベンチに座って、自分の横を手で叩いた。座れ、ということなのだろう。私はお姉さんの横に座る。あれ? と思った。横に座ってみると思ったよりも背は高くない。どうやら屋台のカウンターの裏が少し高くなっているようだった。こうしてみるとお姉さんの身長は私と同じくらい、せいぜい155cmくらいしかなくて、不思議とさっきまでかっこいい、という感じだったお姉さんのイメージは途端にかわいい、というものに変わっていった。お姉さんはその隣ですでにアイスクリームを口に運んでいる。一口がすごく小さい。なんだか小動物みたいだ。その時お姉さんが視線に気付いて言った。
「食べないの?」
そう言われて慌ててイチゴ味のアイスクリームを口に運ぶ。
「おいしい……」
思わず口に出してしまうくらい美味しかった。正直今までで食べたストロベリーアイスクリームの中でもトップを争うくらいにおいしい。いちご味、というと割とかなり甘いものも多いのだがこのアイスは甘酸っぱい、という感じが強い。最初は甘く、しかしそのあとに確かな酸っぱさ。そしてその酸っぱさのおかげで味に飽きがこないのだ。お姉さんは私の隣でニコニコと笑っている。きっと自分のアイスクリームが褒められて嬉しいのだろう。笑いながらお姉さんは言う。
「ありがとう」
むしろこちらがお礼を言いたい気分だった。こんなおいしいアイスクリームを食べさせてもらったのだから。しかしそれを言い出すとおそらくイタチごっこになってしまうのでお礼の言葉の代わりにお姉さんに質問をする。
「あの……何でこのお店、冬に出したんですか? すごくおいしいし、夏ならきっともっと売れるのに」
「私も今からその話をしようとしてたんだけどね。何でみんなアイスは冬っていう先入観があるのかなって私は思ったの。確かに夏のほうがおいしいかもしれない。でも冬だってアイスはおいしいし、違うおいしさだってあるんじゃないかって。だから私は冬にアイス屋さんを出すことに決めたの。友達には反対されたけどね」
彼女は苦笑を浮かべながら言う。そして話を続ける。
「最初は暖かいアイスクリームを作ろうかと思ってたんだけどそれはすぐに断念したの。まず私には無理だし、それじゃあ意味ないと思ったからね。冷たくないアイスクリームなんてアイスじゃないと思ったしね。
確かにそうだ、と私は笑った。お姉さんもそれに応えるように笑う。それから私たちはいろんな話をした。今までに食べたスイーツの話、お互いの学校の話。話をして知ったのだがお姉さんは22歳の大学生らしい。今は学校には休学届けを出しているという。たわいのない話をしていたら、いつのまにか2時間以上が経っていて、辺りも暗くなり始めていた。
お姉さんは立ち上がって私に言った。
「今日はありがと、もう今年は店終わりなんだ。だからもし来年、また私が店を出していたらよかったら買いにきてね」
私はこちらこそ、と今日のお礼を言ってワゴンの後片付けをするお姉さんを背に家に向かった。
そしてそれから一年後。雪の降るお昼時。町の広場には一台のワゴンが止まっていた。
看板には『candy store』という文字がカラフルに躍っている。そして店の前には数人だが列が出来ていた。私は列の後ろに並んで自分の前でお姉さんが微笑んだとき私は笑いながらこう言った。
「ストロベリーを一つください」
まずは読んでくださりありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
俺にしては珍しくほのぼのした話が書けたかなあ……と。
感想、アドバイスなどくれたら幸いです。
それでは改めてありがとうございました。