夏休み ー「夕立」と遊び場ー
夏休み —「夕立」と「遊び場」—
迫力のある雷が鳴った。
大粒な雨が叩きつけるように降ってきた。
道路は一息に濡れて、すぐにコンクリートの濡れる匂いがした。
ざっと降ってさっとあがる。
隠れていた木の下から出てみる、もう大丈夫だ。
地面の上は蒸していた。
厚い雲の隙間から、また日が照ってくる。
蝉は夕立の間、鳴くことを休んでいたのかどうか分からなかった。
また広場に出た。
忠魂碑
けんけんぱーけんぱー。
けんけんぱーけんぱー。
夕立がやんだので広場に出ると、「けんぱ」がまたはじまった。
けんけんぱーけんぱー。
けんけんぱーけんぱー。
忠魂碑のいくつもの大きな石を登り、天辺の碑があるところまでいくと「いい景色」を眺めることができたが、彼にはできなかった。いつも同じところで怖くなって足が出なくなった。だから彼はいまだに忠魂碑からの「いい景色」を眺めていない。もうチャンスはない。かりに1人で登ったとしても、そんなことはあり得ないが、それでは成功したことにはならない。それにはみんなの承認が必要だ。
忠魂碑というのは、戦没者を慰霊する碑のことで、そんな場所で遊ぶこと、ましては碑に登ることは、罰当たりなことに違いなく、何度も何度も「遊んだらダメやぞ!」と大人たちから言われていたけれど、子供にとってはこれ以上の遊び場はなかった。そこには十分な広場があった。「けんぱ」や「缶蹴り」、「キックベース」、「ドッチボール」、「体力測定」、「陣取り」、「ヨーヨー」、「誰かがモンキーセンターに行ってきた話」、「スターウォーズの話」・・・・・いまはもう忘れてしまった遊びをした。
あれから何十年か経った・・・・か。いまはもう忠魂碑で遊ぶ子供はいない。毎年、お盆の時期にお年寄りたちが集まって厳かに式典をするだけだ。
彼たちは忠魂碑で遊んだ最後の世代だろう。
おやつは、農協の購買部でアイスなんかを買ってたべた。アイスは30円と50円のがあった。もちろん消費税はなかった。
朝のラジオ体操が終わって朝ごはんを食べてから集まりだし、昼ご飯のあとまた集まり、夕暮れになると帰った。
日の暮れは、家族が呼びにくる子もいた。
「次郎!ご飯やぞー」「太郎!帰っておいで」
彼はいつも姉が呼びに来てくれた。
それが夏休みの間繰り返された。
けんけんぱーけんぱー。
けんけんぱーけんぱー。




