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8話 実家へ②


 車のエンジン音が響いている。

 灰音は、鳳凰寺家の車に揺られていた。隣には、斎が座っている。


「……あの、彼らは……?」

「箔がつくだろう」

「えっと……」


 灰音は、車窓から後方を見た。後続にも似たような黒い車が連なっている。すべて鳳凰寺家の車だ。斎は付き人を十人も連れてきているのだった。


「皆さん、ご迷惑じゃ……」

「俺の結婚に賛成しない奴は連れてきていない。あいつらも喜んでついてきてるさ」


 そう言われては、反論できない。


(少し恥ずかしいけれど……)


 鳳凰寺家の当主さまなのだ、これくらいは普通なのかも……しれない。

 そんなことを考えているうちに、車は甘露桜家の門の前で止まった。

 先に到着していた付き人が車のドアを開け、灰音と斎は降り立つ。


(帰ってきたんだ……)


 灰音は、家の門を見上げる。

 昨夜、鳳凰寺家に泊まる旨を甘露桜家には連絡しておいてくれたはずだが……なんだか無断外泊みたいで、心臓が不安げに音を立てた。

そうしている間にも斎は門をくぐって真っ直ぐ進んでいくので、灰音は慌てて隣に並んだ。ふたりの後ろを、付き人たちがぞろぞろと続く。これも慣れず、なんだか落ち着かない気分だ。

 カラン、と箒が落ちる音がして、灰音は音のした方を振り返った。


「は……灰音さま。その方たちは……」


 こちらを見ていたのは、甘露桜家の使用人だった。突然の大所帯に驚いた様子で、落とした庭掃除用の箒を慌てて拾っていた。

 灰音も知っている使用人だったが、……彼女に丁重に扱われたことはない。


(……大丈夫、大丈夫)


 灰音は努めて落ち着いた声で話す。


「お父さまはいらっしゃいますか?」

「え、ええ。旦那さまは『春の間』におられます。しかし、その……今は梅小路景光さまがいらしていて……」


 ――(うめの)(こう)()(かげ)(みつ)さま。紅葉の婚約者に決まったと聞く青年の名だ。


「そうですか。では、梅小路さまが帰られるまで――」


 どこかの部屋で待ちます、と灰音が言おうとした時、斎の声が重なった。


「その春の間とやらに案内してくれ」

「えっ……」


 思わず、彼の顔を見上げる。いつも通りの涼しげな顔で、なんとも思っていないようだ。

 使用人も驚いたのか、なんと答えるべきかうろたえているようだった。


「し、しかし……」

「鳳凰寺斎が来たと伝えてくれ。すぐにわかるはずだ」

「ほ、ほうおうじさまですか……!」


 使用人は目を見開いて彼を見て、それから灰音を見た。鳳凰寺家といえば祓い屋界隈では有名だ。――なんであんたが鳳凰寺家と? という目線を感じ、灰音はいたたまれなくなる。


「すぐに確認して参ります……!」


 さっとお辞儀をすると、使用人は屋敷へと駆けていった。

 彼女の姿が見えなくなると、灰音は説明した。


「梅小路景光さまは、妹の紅葉の婚約者なんです。今日もその話で来ているのかと」

「ならば、ちょうどいいな」

「そうでしょうか」

「ああ。――ほら、大勢の使用人たちが出てきた。案内してくれそうだ」

「ほ、本当ですね……」


(わたしだけだったら、話を聞いてもらえたかも、わからない……)


 もし、わたしがいつも通り家にいたならば。

 父にも第二夫人にもかわいがられている紅葉の婚約者が来ているということは、縁談のない自分はまた嘲笑のためだけに呼び出されるだけだったかもしれない。

 もし、わたしがひとりで結婚の話をしに来ていたならば。

 話を聞いてもらうまで夜までかかったかもしれない。たとえ景光さまが午前中に帰られていたとしても。

 だから。

 彼の堂々とした立ち居振る舞いに、灰音は少しだけ不安が解消されていくのを感じていた。




 灰音と斎とその後ろに続く付き人たちが春の間に入ると、父はたいそう笑顔で斎を迎えた。


「これはこれは。ようこそいらっしゃいました。鳳凰寺家の当主さまに足を運んでいただくなど……。ご連絡いただければ、私の方から参りましたのに」


 そう言って父は握手を求めた。斎はさっと応じて答える。


「いや。今日は俺の方から――灰音との縁談の話をさせてもらいに来た。こちらから出向くのが筋だ」

「縁談っ!?」


 甲高い叫び声がした。紅葉だった。

 室内には父、第二夫人、弟の(みつる)と妹の紅葉、その隣に見たことのない青年――彼が梅小路景光さまだろう――がいて、父と紅葉以外は座布団に座っていた。全員の視線は、斎に注がれている。

 紅葉が紅樺色の髪を震わせながら言う。


「お姉さま、鳳凰寺家のご当主さまと恋人だったのぉっ!?」

「紅葉。静かに」

「お父さまはご存じだったのぉっ!?」

「いや……。灰音、お前、斎さまとそのようなご関係だったのなら、どうして言わなかったんだ」

「えぇと、その……」


(どうしよう……。どう言えばいいの……?)


 唾を飲み込む。余計に喉が渇いて、言葉が出てこない。

 斎は、そんな灰音の前に出て言った。


「〝俺たちは昨日出会い、一目惚れをして恋人同士になった。彼女は話しも合うし、聡明で美しい。俺は彼女を愛している。ぜひ妻に迎えたい〟」


(い、斎さま……!?)


 それは、建前。そういう(てい)。わかっているのに、灰音は自分の顔が熱く紅潮していくのがわかった。

 父は真に受けたようで、嬉しそうに笑みをこぼした。


「そうですかそうですか……! どうぞもらってください! よかったな、灰音」

「は、はい」


 父から笑顔を向けられるのは、いつぶりだろうか。灰音はぎこちなく見えないように、相づちを打った。

 斎が後ろを向き、付き人になにかを指示している。

 そのうちに、父は灰音に近づいて言った。


「よくやった。お前もようやく役に立ったな。……今日中に荷物をまとめろ。斎さまの気が変わらないうちにな」

「……はい」


 ――そんなことだろうと思った。普通の令嬢ならたった一夜の一目惚れで――なんて話が通じるかは怪しいはずだ。だが、これまで縁談の決まらなかった娘を早く押しつけてしまいたい、ということだ。

 やはり、父の愛はわたしにはない。だけど、……だからこそ、わたしはこの家を出るのだ。


「待たせたな」


 斎と、大きな木箱を持った付き人が父に近づいてきて、灰音は一歩下がった。

 付き人が木箱を畳に置き、斎の合図で蓋を開ける。


「――結納金はこのくらいでどうか? ――五百枚ある」

「お、おお……! これはこれは……! ありがとうございます」


 ヂャリ、と金属が擦れる音を立てて現れたのは、二十円金貨の山だった。

 とてつもない価値だ。これ一枚でも仕立ての着物が買えるというのに。これだけあれば、車を何台も――いや、家だって何軒も建てることができるだろう。


 わたしに、こんな価値なんてないはずだが……。


「斎さま……」

「大丈夫だ」


 彼はそう言って、金貨をかぶりつきで見ている父を満足げに見た。


「どうだ?」

「問題ありません。ぜひ、今日にでも娘を連れて行ってください」

「助かる。俺も早く彼女と暮らしたいからな」


(……!)


 彼の一言で心臓が跳ねる。斎さまも、父の気が変わらないうちに話を進めようとしているだけだ。わかっているのに、まるで本当に言われているみたいだ。


「で、ではわたしは、荷物をまとめて参ります……っ」

「ああ。待っている」

「は、はい……っ」


 灰音はお辞儀をして、退室する。

 私物の量はあまりない。すぐにでもまとまるだろう。

 



 一連の光景を見ながら、紅葉は唇を噛みしめずにはいられなかった。

 部屋から姉がいなくなると、姉の婚約者は父と歓談を始めている。

 彼の容姿は良く、家柄も立派で、そしてあの金貨の量! 姉なんかへの結納金に、あんな額を出すなんて!

 単純に妬ましい。だから、頭に浮かんだ言葉がそのまま滲み出る。


「冗談じゃないわ……。お姉さまが、鳳凰寺家の当主さまと結婚ですってぇ……?」

「紅葉ちゃん、大丈夫?」

「……えぇ」


 紅葉は、隣に座る景光をじろりと見た。顔は良いが、線が細く頼りない印象だ。それに、家柄の階級も中級位だ。下級位の甘露桜家に比べると良い縁談のはずだが、無能な姉が上級位の、それも当主と結婚となれば話が変わる。

 紅葉は、自分の婚約者が急にみすぼらしくなったかのような錯覚を覚えた。


「私、ちょっと出てきます。すぐに戻りますわ」

「うん。わかったよ」


 彼の穏やかな物言いも、今は頼りなさを助長するだけだった。

 ため息をこらえながら紅葉が退出すると、後ろから充が声を掛けてきた。


「姉さま! 待ってよ」


 紅葉は黙ったまま廊下をずんずん歩くと、庭に出たところでようやく止まった。


「なによ」

「いやぁーびっくりだよな。アイツが婚約者を連れてくるなんて!」


 そう言って充はカラカラと笑った。……冗談じゃない。笑い事じゃないわよ。

 そんな紅葉の心情には気がつかない様子で、充はなおも斎を褒めた。


「鳳凰寺家って御三家っていうけどさ、やっぱ金あるんだなー。あんな金貨の数、見たことないよ! こないだ会合で女子がキャーキャー言ってたけど、なんかわかる気がするわ。付き人も多くてやばいし」

「…………」


 ぎりっ……と拳を握る力が増す。


「なんでお姉さまにあんな方が……」

「ん? ああ、姉さまには景光さまがいるじゃん! オレは景光さまもイケメンだと思うけど。中級位だし!」

「そうね……」


 景光も今日結納金を持参してきた。その額は、二十円金貨の五十枚。華族として一般的な額だったが――斎の持参金の十分の一であった。

 紅葉は充に背を向けると、蔵の方へと歩き出す。


「姉さま?」

「今すぐ灰音姉さまの髪の毛を持ってきなさい。毟ってもいいから、今すぐよ」

「はぁ? なんでそんなもん……」

「いいからッ! 早くッ!」


 ダン! 紅葉が足を踏みならすと、充は後ずさった。


「う、うん……。わかったよ」

「お姉さまは部屋にいると思うわ。――私は蔵にいるから」


 充が走り去って行く足音を聞きながら、紅葉は地面を睨む。

 雲が立ち込めて、日差しが遮られていく。紅葉の影が暗く覆われ、地面はすべて同じ色になった。


「お姉さまの方が幸せになるなんて、許せないわ……! だから少しくらいイジワルしたって、構いやしないわよ……!」


 ふん、と鼻を鳴らすと、紅葉は呪具のしまってある蔵へと入って行った。




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