26話 鎮妖大祓②
「こっちだ」
斎が言って、灰音はその後に続いた。新常宮の端に向かっているようだ。
「あの、会場にいなくていいんでしょうか?」
「もう、俺たちの出番は終わっただろう。確かこっちに休めるところがあったはずだ」
確かに、少し休みたい気分だ。灰音は斎に並んで歩き出した。
「暗いですね」
「零時を超えているからな」
外灯はあるが、それは新常宮の周辺だけだ。少し外れただけで、辺りは暗くなった。
斎の手が、そっと灰音の手を握る。
「はぐれるなよ」
「あ……。はい」
こんなことくらいで、いちいちドキドキするのもおかしいとは思うが――。
ふたりは手を繋いだまま、歩き出した。
それから、十分後――。
「…………」
「あのー……」
「……上から会場が見下ろせる、いい場所があったんだがな」
「えっと……まあ……」
どうやら、迷ったらしい。この事態は想定出来たはずなのに、手を引かれて歩くと、ついその通りに歩いてしまいがちだ。
(やはり、どこか移動するときは事前に目印を聞いておかないと……!)
斎が真顔で周囲を見回している。
それを見た灰音は、思わず「ふふっ」と笑ってしまった。
「いっしょに探しますね」
「いや、……そんなに凄いものでもない。ただ、東屋があるだけなんだ。会場に戻るか」
「ふふっ。戻れるのですか?」
「歩いていればそのうち着くだろう」
(斎さまって毎回こう言うけど、毎回迷っているような……)
もう、こちらも慣れたものだ。
「なんだか、楽しいです」
「……楽しくはないだろう」
「今までは迷われたとき、どうされていたのですか?」
「今までのことはもういいだろう」
「あ……えっと、そうですよね。すみませ――」
少し言い過ぎたかと思っていると、斎が言った。
「……これからは、ずっとお前がいるんだろう? だったら、問題ないだろ」
「……はい」
夜風が吹いて、彼の黒髪が揺れる。
彼の言葉が、全身に染み渡るようだった。
「なんだ、驚くことないだろ。――では、戻るか」
「い、いえ……。あの……! 斎さまが連れて行ってくれようとした場所に、行ってみたいです」
もう少し、彼と一緒にいたかった。
東屋へようやくたどり着いたふたりは、ベンチに腰を下ろした。
深夜になり、闇は深くなっているが、代わりに月の光も一層白く光って見える。
そこは小高い丘のようになっており、遠目に見下ろすと新常宮がある。人はとても小さく見え、太鼓や笛などの楽器の音だけがかろうじて聞こえていた。
(国の安寧のため、今も誰かが演奏しているんだわ……)
灰音は、会場の方を眺めながら言った。
「すごい人数ですね。わたし、ここに来たのは一度だけで……。妹が舞姫に選ばれた年だったんですけど。こんなに長い時間、神事を行っているなんて、知りませんでした」
「もうすぐ、ようやく終わるな。だが、これからは毎年あるぞ」
「毎年……ですか。そうですよね……。斎さまの奉納演舞は素敵ですが、五節の舞姫は来年はちょっと遠慮したいかも、です」
「なぜだ? 綺麗だったが」
斎は真顔で聞いてきた。
灰音は指先をこねながら、曖昧に笑う。
「その、大任すぎてですね……。今日もとても緊張してしまいました」
「そうは見えなかったが。杵柄があっただけとは到底思えないほど出来ていた。努力した成果がでていたと思う」
「で、でも、途中ちょっと、間違えそうになりましたし……」
「そうなのか? 全く気がつかなかった。お前の舞が一番綺麗だった」
「そ、それは褒めすぎでは……!?」
前から少し思っていたが、ストレート過ぎるというか、大げさというか、そもそも彼は真顔で言うので、本気か嘘かもわからない。
「来年も頼んだぞ」
「……はい」
こんなに褒められた後に、これ以上「でも、だって」と並べるのも失礼だろう。
星の綺麗な夜で、そのままふたりはたわいない話をしたのだった。
* * *
鎮妖大祓から数日後。
鏡月院家へ、ひとりの来客が訪れた。
「鏡月院クイナさまでいらっしゃいますね」
「……誰ですの、あなた? ……ん?」
その顔立に見覚えがあり、クイナは目を細める。
やってきた少女は、笑みを浮かべて挨拶をした。
「私は甘露桜紅葉と申します。――鳳凰寺灰音の妹にあたります」
「そう……。道理で顔が似ていますのね。汚らわしいですわ」
「うふふ。そう仰らずに。まずは世間話からいたしましょう? 今年の舞姫はクイナさまだと思いましたのに、どうされたんですか?」
「……今年は分家の者が踊った。ただ、それだけですわ」
「ふふ。面白い」
紅葉は部屋へ入ると、クイナに近づいた。
「私、今日はあなたにとって良いことをお伝えしようかと」
「……いらないですわ。今、気分が悪いんですの」
「――斎さまに婚約破棄をされたのに、周囲にはまだ破棄されていないかのように言ってらしたって、本当ですか?」
「……はて、なんのことでしょう?」
「まだ、斎さまを取り返すチャンスがございます」
クイナは、怪訝な表情で紅葉の顔を見た後、顔を逸らした。
「そんなものありませんわ。所詮、親同士の決めた婚約など、本人の情の前では本当にただの紙切れですの」
「あの結婚に、情などあるものですか」
「……なんですって?」
クイナが食いついたのを見て、紅葉はにやりと笑うと、そっと耳打ちをする。
「実は……。…………」
「……!? まさか、そんな……!? 斎さまが……、見え……?」
「しっ! お静かに」
「……っ」
クイナは、言われたことを反芻する。
「……本当なんですの?」
「でなければ、あんな無能を娶るはずがありませんよ。一目惚れだなんて、ずっと怪しいと思っていたんです」
「……それなら、合点がいきますわ。あれも、これも、それも……」
「うっふふふふ! お気に召していただいたようで、なによりです」
「そんなの、鏡月院の呪具があれば、わたくしだってきっと……! いえ、元々はそういうつもりでわたくしが婚約者だったはず……!」
「そうですそうです、おそらくそうですよ」
「あの女さえいなければ……!」
クイナは、紅葉の顔を見た。
「あなた、紅葉と言いましたわね。なにか考えがあるのでしょう? 詳しい話を聞かせなさい」
「はい。クイナさま……♪」
ふたりの令嬢は、顔を見合わせてにやりと笑った。ふたりの顔は全く違う造形なのに、その表情はそっくりだった。
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