第89話「空の覇者」
空に竜が戻る──
それは、南部戦線の象徴を取り戻すということ。
《オペレーション・ドラゴンズスカイ》が始まる。
パピト島の全島奪還、そしてその支障となるタワガー島東部への強襲作戦。
この一戦が、シーレイア南部諸島軍の行方を大きく左右する。
作戦概要を知らされたとき、ホニーは言葉を失った。
竜使いと天竜が、精霊技術を応用した新兵器と共に多数投入される。
そして作戦名──《ドラゴンズスカイ》。
まさに「空に竜を取り戻す」象徴的作戦。
天竜はもはや後方支援の存在ではない。
前線の空を制し、神話として語られる力を、もう一度実戦で証明しようとしている。
それだけに、ホニーには懸念もあった。
「新兵器を装備したとして……本当に、戦闘機に勝てるのかな」
空母 《コタンコロ》の竜舎。
マートの鱗には偽装用の灰色顔料が塗られ、ホニーもまたグレーの飛行服を身にまとっていた。
「勝てるって判断されたからこそ、出されたんでしょ」
マートは、いつも通り落ち着いた声で応じる。
「後方で物資警戒とかやってる方がよっぽど安全。それを前に出すってのは、ちゃんと勝算があるってことさ」
「でも……ノノレさんレベルじゃなきゃ、すぐ落とされるってのも事実だし」
「無理な命令には天竜だって従わない。勝てるから戦うんだ。僕らだって馬鹿じゃないよ」
マートは静かに言い切った。
ホニーは頷く。
(空に戻ってくる……か)
本来なら、ホニーたちも主戦場のパピト島奪還の最終局面に回ると思っていた。
だが先導・偵察は、今回はノノレが担当することになっていた。
「タワガー島の方が危険ってことでしょ? むしろ私たちが選ばれたってことかもね」
マートが軽く笑う。
「それに──ヒサモト司令の言葉、覚えてる?」
「うん。『今回はレコアイトス戦力の勝利として報告する』って」
「そう。レコアイトス参戦によって戦局が動いた、という印象付け。そのための作戦でもあるって」
ホニーは静かに頷いた。
「……じゃあ、私たちも行こう。空が、待ってる」
甲板では《コタンコロ》の戦闘機部隊が次々と発艦していた。
その隙間を縫うように、ホニーとマートは空へ舞い上がる。
***
タワガー島東部上空──
すでに戦闘は始まっていた。
ローチェの戦闘機と、空に復帰したシーレイアの天竜たちが、入り乱れて空を翔ける。
機銃が火を噴き、雷鳴のような音が空に響く。
だが、その弾丸は竜使いから展開された魔法陣に阻まれ、青白い火花を散らして弾かれていた。
シーレイアの新兵器。
精霊との共鳴によって展開される防御シールド。
これにより、天竜が唯一劣っていた「機銃」に対する防衛手段が実現したのだ。
ローチェの戦闘機が旋回しようとした瞬間、
その前方に魔法陣が出現する。翼が触れた次の瞬間──
ガキィィン!
鋼鉄の悲鳴とともに片翼が大破し、戦闘機はもんどりうって墜ちていく。
ローチェの航空戦力は突然投入された新兵装の登場に対応出来ずにいた。
時代遅れで前線にはもう出てこないと思われた武装天竜。
その大群が突然現れ、空の覇権を奪い返したのだ。
ホニーの目にひと際、空で暴れている天竜が目に留まる。
大きな黒竜。だがその大きさからは考えられないほど空を変幻自在に飛んでいる。
次々とすれ違いざまに戦闘機を撃墜していく。
「……すごい」
ホニーはその様子を見守り、息を呑む。
「あれ、ガンブ大尉だ……あれが覇王」
ホニーは初めてテンシェンに訪問した際、訓練と称して何度も受けた突撃を思い出す。
「マート。空に、天竜が戻ってきた……!」
「うん、確かに。僕たちの空に……」
マートが力強く応じる。
神話は過去のものではない。
それはいま、再びこの空に舞い戻ってきたのだ。
「よし。私たちも行こう、爆撃機の先導だ」
戦火の中、ホニーとマートもまた、自らの役割を果たすべく翼を広げる。
空の戦場に、天竜が帰還した──。




