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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第三章

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第88話「空へ戻る」

パピト島、全島奪還。

その言葉が、もはや絵空事ではなく、現実味を帯びてきていた。


戦線は着実に西へと押し返し、シーレイア南部諸島軍の本部も、ついにアクルから前線寄りのメディメ基地へと移された。


作戦室。

地図の前に立ち、南部司令官ヒサモトが黙考する。


「……詰めが肝心だ」

小さく漏らすように呟く。


隣では、空母 《コタンコロ》の艦長にして、メディメ基地の指揮官を兼任するシマ少将が腕を組む。


「ローチェの陸戦力、妙に粘りが薄いですね。想定よりもずっと」

ヒサモトも頷いた。


「資源が枯渇しているか、仕掛ける余裕がないのか……普通なら、補給断たれてもなお局地戦を仕掛けてくるはずだが」


ローチェ軍が静かすぎる。

パピト島の内部に火種を残したまま、次へ進んでいいものか──


「タワガー島東部への上陸作戦を始めるか、それとも島内の地固めを優先すべきか……」

ヒサモトは唇を噛む。


レコアイトスの援軍により、南部諸島の戦況は確実にシーレイア優位に傾いている。

だが──この“勝っている時”こそ、誤判断が命取りになりかねない。


「本部の判断は?」


「南部諸島は安定している。判断は現地に一任……だとさ」

ヒサモトはやれやれと首を振る。


「テンシェンがターキュ島を狙っている以上、中央もそちらの対応で手一杯か」

シマが苦笑する。


「地固めをしたいのは山々ですが……犠牲の規模を考えると、踏みきれませんな」

防衛強化には兵力が要る。だが、それはすなわち“消耗”でもある。

敵が動き出せば、その余力を失った状態で迎え撃つことになる。


「……分かってるさ。だから地固めはせん。パピト島全域を奪い返す。そのままタワガー島への攻撃も実施する。そう決めた」

ヒサモトの口調は冷静で、そして静かに熱を帯びている。


「テンペスト卿の防衛は、最優先で実施せよ。ローチェの異常な執着──あれは、もう戦術レベルではない」

星渡りが空に現れるだけで、敵は狂ったように砲火を集中させる。

そこにあるのは信仰か、それとも恐怖か。


「……パピト島掃討作戦、件の申請の状況は?」


「通った。結果を“試験扱い”で報告するように、と」


「戦意は?」


「十分すぎるほどだ。むしろ抑えるのが難しいくらいに、な」

シマは力強く笑う。


「成功すれば──」


「アーミムまで、一気に見える」

ヒサモトとシマ。南部戦線の命運を握るふたりの指揮官が、短く視線を交わす。


「メディメはこちらで預かる。コタンコロの戦線復帰、頼んだぞ」


「またドッグ入りさせるような目には遭わせてくれるなよ?」

ヒサモトの冗談に、シマは豪快に返した。


「星渡りの奇跡の対価としては、安いもんだろ」


「……確かにな。では、勝利を頼む」


ヒサモトはそう告げ、作戦室を後にした。



***


シーレイアとローチェ──

もはや互いに、切れる手札を隠す余裕はない。


両者の正面衝突に備え、神都アマツから、竜使いたちを乗せた輸送船が次々と南へと向かっていた。


その中には、ある男の姿もあった。


「……ガンブ大尉。いよいよ、ですね」

声をかけたのは、ホニーの兄、グラル・ドラグーン。


「おお、グラル中尉か。ようやく、天竜が空に戻る時が来た」

かつて“覇王”と呼ばれた竜使い。

戦局の変化と共に、その名を忘れられた男。


今、その顔には皺が刻まれ、白髪も混じる。

だが──その眼はまだ、空を睨んでいた。


「ええ、いつまでも妹だけに天竜の御印を押し付けるわけにはいきません」

グラルもまた、開戦時アクルで負傷しその後前線には出ていない。

妹のホニーだけが、この戦争で天竜としてずっと最前線で戦い続けている。


「今度こそ、奪い返す。奴らに“空”を好き勝手にはさせん」

ガンブは揺れる船の艦橋から南部諸島の方角を見つめる。


再び、天竜とともに舞い上がる者たちがいる。

戦場では時代遅れとされた天竜たちも、新たな兵装を手に入れ、牙を研いでいた。


神話に抗い、神話を背負い、そして神を討つために──


シーレイアの空に、天竜の伝説が戻ってくる。


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