第86話「背負うもの」
連日の出撃。
時折降ってくるメディメ基地への空襲。
迎撃、補給、再出撃、僅かな休息──それが、今や日常となりつつあった。
だが、確実に前線は西へと、押し戻している。
少しずつ、けれど着実に。
その日の任務を終え、ホニーはようやく宿舎に戻る。
休息のための着替えをしていると、不意に同室の声が飛んできた。
「ホニーってさ……なんか、すごいよね」
それは霊都航空隊の隊長であり、親友ジャスミンの呟きだった。
「どうしたの、ジャスミン。まさかまた変な霊でも降ろしてるの?」
唐突な話題にきょとんとしつつ、冗談めかして返すホニー。
「今日は“誇り高き女騎士”の霊だから大丈夫。ちゃんと筋が通ってる」
「……何が“ちゃんと”なのかわからないけど」
苦笑しながらも、どこか嬉しそうにホニーは答える。
「でも、私なんて全然すごくないよ。皆が“奇跡”だの“神話”だの言ってくれるのは……戦意高揚のため。そういう役割だから」
ホニーは自分の役割を受け入れている。
“テンペスト卿”“星渡り”──それらの称号が誰かの心を前に向かせるなら、それもまた意味がある、と。
「そう。そこも含めて、すごいの」
ジャスミンは、ホニーをじっと見つめる。
「……最近ね。降霊術士としての勘というか、気配でわかるの。ホニーの周りにある何か……それが、少しずつ“神”とか“精霊”に近づいてる気がするの」
その目には、心配と不安と、微かな寂しさがあった。
「……私が?」
ホニーは一瞬目を伏せる。
「皆が“神に至る存在”だなんて言ってるけど──本当にそうなら、もっと……救えたはずだよ」
今日も空爆は成功した。
だが、帰れなかった仲間もいる。
気付かないうちに補充され、埋められ、繰り返される“日常”の裏で、命が当たり前のように消えている。
「ホニーの言ってることは、わかるよ。でも──親友として、そして降霊術士として、聞いて欲しい」
ジャスミンは穏やかに、しかし強く言葉を紡ぐ。
「霊ってね、“希望”や“敵意”を背負えば背負うほど、大きな存在になるの。……ホニー、きっと自分では気づいてないだけで、今すごく大きなものを背負ってるんだよ」
ジャスミンの言葉にホニーは、一瞬だけ口を閉ざす。
そして静かに、微笑んだ。
「……ありがとう。でも私は、希望も絶望も、敵意も──全部背負うって決めたから。それが、“星渡り”の役目だと思ってる」
その言葉は、優しく、しかし抗いがたいほどに強い意志に満ちていた。
「……そっか。背負うんだね」
ジャスミンはそれだけ呟くと、布団にくるまりながらぽつりと付け加えた。
「なら、私はホニーの隣に立てるようにならなきゃね。親友として、星渡りの盾として…」
ジャスミンは小さく決意を告げる。
その言葉を受けとめ、ホニーはその背に向かって、言いかけた。
──今の私と、星渡りになった私と昔と変わらず接してくれるのは、ジャスミンだけだよ。
だが、その言葉は届かないと気付く。
静かな寝息が、先に応えていたからだ。
「……ありがと」
ホニーもまた、目を閉じた。
(でも、星渡りの盾ってなんだろう?また今度聞こう。)
***
場所は変わって、タワガー島アーミム──
ローチェ極西戦線の作戦本部。
将軍バルクーイが立つその空間は、静かで、凍るような緊張に満ちていた。
「戦線の後退は、意図を悟られずに誘導できているか」
バルクーイは、機甲師団長クラークスに静かに問う。
「はっ。レコアイトス参戦による戦力増加に押された形を装い、順調に前線を後退させております」
クラークスが答える。
シーレイアは予想通り、港湾と飛行場など戦略拠点の制圧に集中してきた。
地形の制約を読み切り、陸上戦力との全面衝突は避けている。
「よかろう。パピト島各地に潜ませた機甲師団──“星渡り”が西端まで到達した瞬間、全軍で叩け」
バルクーイの声は、感情を含まず淡々としていた。
「奴が空を飛べば、奇跡が起きる。ならば、飛ぶ前に──この島に縫い留め、撃ち落とす」
戦線の後退は、ローチェの巧妙な罠だった。
星渡りの拠点を割り出し、行動のタイミングを見計らい、一気に叩く。
パピト島はもう、ひとつの“巨大な籠”として完成しつつある。
ローチェは、パピト島そのものを──
“星渡り殺し”のための装置として、冷徹に整えつつあった。




