第85話「世界最高の竜使い」
翌朝。
ホニーは偵察任務のため、再び空にいた。
彼女とともに飛ぶのは、レコアイトスのノノレ率いる部隊──そして、ジャスミンの霊都航空隊。
異なる三勢力が、今はひとつの目標のもと、同じ空を翔けている。
ホニーとマートの役目は、先行しての敵地偵察。
ノノレとその相棒ベルギは、その補助として随伴する形だ。
(……これは、ノノレ氏の“復帰戦”なんだろうな)
命令の裏に込められた意図を、ホニーは即座に察していた。
天竜と竜使い──
かつては“空の王”とまで称された存在だが、現代戦ではその価値が問い直されている。
高速度・高機動・低被探知性能。
戦場に求められるすべてを、今の天竜が満たせているわけではない。
(でも、見極めるべきは竜じゃない。乗り手の方──)
敵基地への奇襲爆撃の前段階。
二人は飛行部隊本隊より先行して、偵察を開始する。
(最高速度は……やっぱりマートの方がわずかに速いかな)
並走する白竜ベルギを視界に収めながら、ホニーは感覚的に比較していた。
やがて、目指す敵基地が視界の端に姿を現す。
計画通り、ここからはホニーとノノレは別方向へ散開し、基地を包囲するように索敵を行う。
──だが、その直前。
「上がってきた……!」
敵基地から、十数機の戦闘機が一斉に離陸。
明らかにこちらの接近を察知している。
「プラン03に移行」
ホニーは無線で告げる。
「プラン03、了解」
即座にノノレが応じると、二頭の天竜は左右に鋭く分かれた。
敵戦闘機の火線が乱れ、追撃が始まる。
ホニーはマートと共に、雲を切るように低空へ滑り込み、敵の照準をずらす。
(……港は空、空母の姿もなし。なら──)
格納庫、燃料タンク、補給拠点。
ホニーの眼は冷徹に、効率的な破壊対象を探し続ける。
もはやノノレのことを気にする余裕はなかった。
腕があるなら、生き残る。それが戦場の掟、空の世界だ。
(あの空母に彼を乗せてきたってことは、レコアイトスもそれだけ信じてるってこと)
──ならば、こちらも信じよう。
仲間が“空を取り戻す覚悟”を。
タイミングを見計らい、ホニーは無線を開いた。
「敵艦船なし。目標は燃料庫、北東の補給庫。格納庫は未発見」
続く報告が、すぐに入る。
「こちらノノレ。港湾の北西、森林の陰に隠された格納庫を確認。位置は5キロ先。合流後、先導する」
(ナイス!)
思わずホニーは声にならない声で喜んだ。
だがその瞬間、基地からの対空砲火が激化。
すでに飛行部隊との空戦も始まり、空域は一気に火の海と化した。
だが敵は天竜の存在を察知した瞬間、明らかに対応を変えた。
(!? 爆撃機への砲撃を止めてまで……!)
その怒りと恐怖が入り混じったような砲火は、星渡りに対する異常な執着を物語っていた。
「マート、反転! 砲塔を交わして!」
ホニーはマートの鱗に掌を押しつけ、進路を示す。
間一髪。
複数の機関砲弾が、マートの尾翼をかすめて流れた。
ちらりと横目で空を走る影を見る。
それは白竜──ノノレとベルギだった。
(……狙われてる)
ホニーだけではない。ノノレは“星渡り”と誤認されたのだ。
その身体を、猛烈な弾幕が追い詰めていた。
(……でも、避けてる)
彼の飛び方は、奇跡のように滑らかだった。
わずかな体重移動。呼吸するような回避行動。
マートより速度も旋回性も劣るはずなのに、その回避は──むしろ洗練されていた。
(……巧い)
気づけば、ホニーは見惚れていた。
かつての“世界最高の竜使い”──
星環海横断を試み、志半ばで空を去った男。
飛べなかったブランクなど感じさせず、攻撃できないはずの白竜であるのに、敵を圧倒していた。
今、まさに翼を取り戻し、再び伝説を空に刻み始めた。
敵基地への爆撃は、ホニーとノノレが囮となったことで成功裏に終わった。
「作戦完了、全機帰投せよ」
ホニーは静かに告げ、メディメへ帰還する。
先を飛ぶノノレとベルギ。
その背には、消えかけていた“空の魂”が──再び、輝きを放っている。




