第84話「最高の援軍」
アクルを飛び立ち、ホニーは開戦後初めてパピト島の地に降り立った。
(……ついに、ここまで来たんだ)
占領下の地はまだ多い。奪還できたのは、まだメディメただ一か所。
それでもホニーにとっては深い感慨があった。幼いころからマートと共に遊びに来ていた島。その土を、今、己の足で踏みしめている。
メディメの港には、見慣れぬ空母が停泊していた。
艦橋にはレコアイトスの軍旗がはためき、灰色と青の迷彩塗装で海と空と同化している。
(レコアイトス……本当に参戦してくれたんだ)
実感が、胸にじわりと染み込んでいく。
気を取り直し、顔合わせのため作戦本部へ、ホニーは急いだ。
「失礼します」
室内に入ると、すぐにいくつかの見慣れた顔が目に飛び込んできた。
アクルから共に動いてきた鉄竜部隊のカンラと、霊都航空隊のジャスミン。
ホニーは思わず声をかけかけた──その時。
「テンペスト卿。お久しぶりです」
不意にかけられた声に、ホニーは小さく目を見開いた。
「……アレックスさん?」
振り向いた先にいたのは、かつて星環海横断成功の助言をくれた人物、アレックス・ノノレだった。
「軍は退役されたと伺ってましたが……」
「あの時は、空に上がることすら叶いませんでした。でも──思うところがあって。
相棒のベルギと、もう一度、空を飛ぶ覚悟を決めました」
ノノレは照れくさそうに笑う。
精神に深い傷を負い、空から離れた者が、天竜とともに再び空へ戻ってきた。
それもシーレイアへの援軍として。
その姿に、ホニーは胸の奥で何かが震えるのを感じた。
──天竜は時代遅れ、と言われる今。
それでも、“竜と共に飛ぶ者”の魂は、まだ消えていない。
ノノレの再起を支えたのは、ホニーの星環海横断達成の偉業。
空に戻った彼、実力は今も健在と判断され、援軍部隊として、星渡りとの関係もあり最前線に送られてきたのだ。
「さて──全員、揃っておるな?」
やや遅れて、空母 《コタンコロ》の艦長・シマ少将が本部に現れた。
「当面、メディメ基地の指揮を執ることとなった、シマだ。よろしく頼む」
レコアイトス軍側を見やると、シマは深く頭を下げた。
「援軍、誠に感謝する。君たちの助力がなければ、南部諸島の全島奪還は叶わない可能性が大きかった」
場が引き締まるのを感じながら、シマは作戦説明を開始した。
「これより、パピト島全土奪還作戦の概要を伝える」
***
作戦は明快だった。
既にメディメは奪還ずみ、そしてレシャスもほぼ制圧している。
この流れを利用し、パピト島の戦線を西へと圧縮していく。
基本戦略は、航空戦力と海上戦力による敵補給線の遮断。
正面からの陸戦は避け、ローチェ軍を“干上がらせる”というものだ。
「パピト島の地形は複雑で、ローチェの得意とする機甲部隊の展開には適さない。補給線を断てば、持久は効かぬ」
シマはそう断言した。
「全土制圧は目指さない。港、飛行場、補給基地などの要所のみを制圧し、戦線を圧縮する形を取る」
一部の敵戦力を背後に残すリスクはある。
だが、ローチェ陸軍といえど、この島では機動力を活かせない。
「……他に確認事項は?」
問いかけに誰も反応はなかった。
「では、作戦会議を終了する。各部隊への伝達は、既に命令系統を通じて済ませてある」
シマがそう締めくくると、一同は粛々と席を立った。
***
「テンペスト卿。よろしければ、少しお時間をいただけますか?」
会議の後、再びノノレが声をかけてきた。
「もちろん。すぐに出撃予定ではありませんし、構いません」
ホニーは軽く微笑む。
「ありがとうございます。実は、わが国の部隊の者たちが──テンペスト卿をぜひ連れてきてほしいと、強く希望していまして」
ノノレはやや照れたように説明した。
「問題ないですよ。私も、留学中にはお世話になりました。お知り合いがいれば、お会いしたいですし」
ノノレに連れられ、ホニーはレコアイトスの空母へ向かった。
空母へ案内されるその姿を見たシーレイア兵の一部が目を丸くしている。
同盟とはいえ、軍艦それも空母は機密の塊。そのうえ──これは新造空母だ。
「……私、乗ってしまっても良いんですか?」
「ええ、問題ありません。むしろ、この艦はシーレイアの技術支援で建造されたものです。
そして艦の名は──《ポラリス》。テンペスト卿を迎えるに、これ以上の名はありません」
ポラリス──北の空の中心に輝く一等星。
そして、神話の“星渡り”が契約した竜の名でもある。
レコアイトスが、シーレイアとの絆の象徴としてその名を冠した空母。
ホニーは、その響きに小さく息をのんだ。
「星渡りに、ポラリス……」
ノノレの案内で艦内を進む中、ホニーはふと呟く。
艦の一室──大きな食堂の扉が開かれた。
そこには、懐かしい顔がいくつも並んでいた。
「ホニー教官! お久しぶりです!」
一斉に立ち上がって駆け寄る兵士たち。
かつてホニーがレコアイトスへ留学していた際、臨時教導官を務めていた時期があった。
その教え子たちが、いま援軍として志願しここにいるのだ。
ノノレの部隊に配属された、優秀な者たち。
「……あの頃の皆が……」
次々に声をかけられ、囲まれ、久しぶりに交わされる他愛のない言葉。
戦場にあって、ホニーは束の間の安らぎを得ていた。
次に続く戦いの、その直前に。
星渡りは、仲間と過去と、そして想いを再び重ね英気を養う。




