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竜使いの鎮魂歌 ~空の覇権が人に移る時、少女と竜は空を翔ける~  作者: 春待 伊吹
第三章

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第83話「戦争の真価」

コアガルの裏切り──

その報は神都アマツにも衝撃を与えた。


亡国を避けるための“妥協”ならば想定内。

だが、国を保った上で、信仰すらねじ曲げ、テンシェンと結んだその選択は、シーレイア上層部にとって完全な誤算である。


「テンシェンの常套手段ですね。切り崩しと内部崩壊の誘導。それを今度は、コアガル王室に仕掛けたか」

フジワラはレコアイトスからの帰還直後に、その報を受けた。


「フジワラ局長が戻ってきてくれて助かりました。これは軍だけでは判断しきれません」

シーレイア軍参謀総監のキトラが、厳しい表情で応じる。


「問題は、テンシェンの参戦が確定したことで、我々も北部列島に備えざるを得なくなったという点です」

コアガルの宣戦布告とともに、同盟国であるテンシェンも正式に戦線に加わった。

その結果、シーレイア海を挟んで、テンシェン軍・ローチェ極東軍との睨み合いが激化し、

しばらく小康状態だった北部列島の戦闘が再び動き始めようとしている。


シーレイアは今──

南部諸島と北部列島、二つの戦線を同時に支えなければならなくなったのだ。

「……裏切り自体は意外でしたが、恐らく内戦状態に陥るでしょう。国として機能し続けるのは難しいはずです」

フジワラの声に、希望の色はない。ただ冷徹な現実だけが滲んでいた。


「私もそう見ています。コアガル国民のリクリス教に対する拒絶反応は極めて強い。王室は、何を誤ったのか……」

キトラは、腑に落ちないという顔で、思案を巡らせる。


「コアガルは、神の領域に届かなかった国です」

フジワラは、静かに、しかし重々しく語り始めた。


「彼らは“準大国”。神の加護を仰ぐしかない王室に、真の力はない。──神の領域に踏み入れた国のみが“大国”と呼ばれるのです」

キトラが眉をひそめる。


「神の領域、ですか?」


「ええ。御使い様、教皇、天帝、皇帝。

いずれも、神意に最も近づいた存在。シーレイア、レコアイトス、テンシェン、ローチェ。すべての“大国”には、揺るがぬ象徴が存在します」


「それと、コアガル国王に何か大きな違いが?」

キトラがそう問いかけた刹那、言葉にできぬ圧が空間を満たす。


天井が迫るような、底知れぬ重み。

(―潰される…なんだこれは…)

まるで、天の意志そのものが問いかけに応じたかのようだった。


(──これ以上は、踏み込んではならない領域か)

キトラは本能でそれを察した。


「彼らは、その先に“踏み込める”者たちです」

フジワラはそれだけ言い残し、会議の再開を宣言した。


「さて、今後の方針を定めましょう。手を止めている暇はありません」

まるで、さっきまでの会話などなかったかのように。



***


ローチェ極西軍本部──アーミム。

バルクーイ将軍の元に、テンシェンからの親書が届いていた。


「……テンシェンの正式参戦。そしてコアガルの同盟加入か」

手紙を破り捨てたい衝動を、バルクーイは辛うじて抑えた。


テンシェンの好む戦略は、“戦わずして勝つ”こと。

異教徒の信仰を塗り替え、民を取り込む──

信じる神が同じであろうと、その手法は、バルクーイの信じるリクリス正教とはまるで相容れぬものだ。


「我らの消耗を待っていたのだろう。だが……それがテンシェンの浅はかさよ」

彼は鼻で笑う。

バルクーイにはテンシェンがこの戦争で敵のシーレイアやレコアイトスだけでなく、タベマカやインスペリ、そしてローチェの戦力を削ぐことが目的と分かってはいた。



「将軍のおっしゃる通り。あの者たちには、真の意味で何も見えていません」

傍らには、レシャス基地の元指揮官であり、現在は補佐役となったワシャワ少将の姿があった。


「ようやく、お前も信仰の本質を知ったか」

バルクーイは、かすかに笑みを浮かべる。


「テンシェンは、未だに“精霊資源の確保”がこの戦争の真価だと信じている。我々とは土俵が違うのだ」


「星渡りを屠ること──それが、この戦争の唯一の意味。神の領域に至る者、神を煩わせる者を屠ることが出来なければ、勝利しても意味はない」

その言葉に、ワシャワは言葉を失う。


バルクーイの信仰は、すでに常人の理解を超えていたからだ。


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