第82話「鎮魂の祈り」
──コアガル艦隊のアクル奇襲が起きる、ほんの少し前。
ホニーとマートは、アクルの外れ、小高い丘の上にある慰霊塔を訪れていた。
それは、開戦当初に命を落とした人々──
この地を守るため戦った兵士や竜、あるいは無惨に殺された民たちを悼むために建てられた塔だった。
まだ、個人の墓標すら立てられていない。
その分、この塔がすべての魂の“依り代”になっている。
ホニーは塔の前に立ち、そっと目を閉じた。
(……お父さん。お母さん。あなたたちが命を懸けて守ってくれた島の皆は、ちゃんと生きてるよ。ラシャ姉もさ、無事に双子を産んだの、ナーグルも成長してた)
このタイミングでどうしても報告しておきたかった。
レコアイトスが参戦し、戦局が大きく動き始めた今──
かつて命を賭した二人に、島のために散った故郷の同胞・友のために、伝えたかった。
静かな祈りの時間。
そしてホニーは小さく呟く。
―数多の星々よ、我らの祈りを受け取り給え
―この地を護りし英霊よ、いま一度我らと共に歩み
―精霊よ、眠りから覚め、友たる我らに力を貸したまえ……!
─ドラグーンの名ににおいて、時津風よ……いま、導かんことを
ホニーが鎮魂祭で読んだ御使い様の鎮魂歌の呪文。ふと、この地に散った人や竜のために唱えたくなったのだ。
呪文を唱え終わると同時に、慰霊塔をほんの僅かな風か駆けた。
「ははは、やっぱ私じゃ御使い様みたいにできないか。」
「ホニー、でも鎮魂の風は吹いたよ。」
涙をこらえているホニーに、優しくマートは話しかける。
ホニーとマートがそれぞれに、思う人々へ祈りを行っていた。
それを破ったのは、突如響いた警報のサイレンだった。
「サイレン……? アクルはもう前線じゃないはずなのに……!」
ホニーが振り向いた瞬間、軍港の方角に赤い火柱が立ち上った。
「乗って!」
マートが先に声をかける。
ホニーは無言で頷き、すぐにその背に飛び乗る。
空から見下ろすアクル港。
ホニーの目に映ったのは、信じがたい光景だった。
「コアガルの艦が……攻撃を!? しかも、こっちの艦に……!?」
味方のはずのコアガル艦が、軍港を砲撃している。
そして、それに対してアクルの砲台も応戦していた。
その時、ヒサモト司令の声が全基地に向けて流れた。
> 「コアガル国がシーレイアおよびレコアイトスに宣戦布告。現在、敵性行動を確認。迎撃に移行せよ」
「……嘘、でしょ」
ホニーは言葉を失った。
(私たちは──コアガルを、見捨てなかったのに)
《オペレーション・ファイアーフラワー》。
未完成だった潜水空母 《アマツ》を実戦投入し、多数の潜水艦を送り込み、彼女自身も命懸けの飛行をした。
その上で、メディメ上陸作戦ではコアガル周辺の敵戦力を掃討し、戦線を押し返した。
(あの国を守るために、どれだけの人が傷ついて……)
それでも、信じていた国が牙を剥いた。
ふと、ホニーの脳裏に浮かんだのは──
コアガル国王・エトモ十二世の姿だった。
表は親シーレイアを語りながら、裏ではテンシェンの動向を伺い、天秤にかけるような態度。
亡命政府の打診や王族避難の話も、今となっては全て“仕込み”だったのだと悟る。
(あのとき、気づけていれば……)
もちろん、気づけるはずもなかった。
だがホニーは、自分の眼力のなさを、どうしようもなく悔いた。
空で思案していたその間に、戦局は一変していた。
シーレイア側の反撃により、コアガル艦隊は瓦解。港には煙が立ち込め、火の手が広がっていた。
マートを操り、ホニーは軍港に着地する。
アクルを奪還してから、再整備されたばかりの港だった。
だが、魚雷で傾いた戦艦、弾薬庫の爆発で焼け焦げた倉庫──被害は決して小さくない。
(これから南部諸島の本格奪還って時に……)
積み重ねてきたものが、音を立てて崩れていく。
ホニーは奥歯を噛みしめたまま、司令室へと向かった。
司令室の扉を開けると、ヒサモトが迎えた。
「テンペスト卿か。……コアガルの連中が、やりおったわ」
声は低く、いつになく重かった。
ホニーは無言で頷き、状況報告を聞いた。
──コアガルは、王室派と政府派に分かれて内戦に突入。
──現政権は王政復古を宣言し、テンシェンとの同盟を結んだ。
──旧政府派の筆頭はヒヌテ首相に空軍レイ将軍。
(……コアガル全部が敵になったわけじゃないんだ)
わずかでも救いを感じて、ホニーの肩の力が抜けた。
「テンペスト卿。混乱しているが、南部諸島奪還作戦は予定どおり進める」
ヒサモトはそう言うと、正面からホニーを見た。
「次の任務はメディメ飛行場で伝えられるはずだ。……向かってくれ」
「了解です」
短く答えるホニー。その表情に、揺れはなかった。
ヒサモトは、わずかに笑った。
「……すまんが、レシャス以上の奇跡を頼む」
「奇跡ですか……」
ヒサモトの意図する”奇跡”。それはホニーも起きてほしいと願うもである。
「“星渡り”が、奇跡を起こす存在だというのなら──やってみせます」
そう言い切る声には、迷いも、躊躇もない。




